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異世界から召喚された聖女が王太子妃となるので、婚約者だった私は侍女に格下げされるようです  作者: 江本マシメサ


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王宮の乱

 朝――狐獣人の使用人ヴィリがやってきて、レオノーレに深々と頭を下げる。


「レオノーレ様、申し訳ありません! これからディートハルト様が王太子殿下の身代わりをするため、お出かけになるんです。どうかお見送りを、していただけないでしょうか?」

「別に、構いませんが」


 実に半月ぶりの、身代わりであった。


「すこぶるご機嫌が優れないようで」


 なんでも、ディートヘルムが急遽、旅行にでかけたらしい。スケジュールはびっしり詰まっていたが、放り出して無理矢理出かけてしまったと。


 王太子の責任とはいったい……。

 レオノーレと婚約破棄してから、奔放な態度が目立つようになっているようだ。


「当たり前ですわ。勝手な行動に出ようとしていたら、わたくしが阻んでいましたもの」


 ディートヘルムの側近に、無謀な行動を止めてくれと泣きつかれたのは数え切れないほどであった。


「聖女様に、王太子殿下の行動をたしなめるのは、難しいのかもしれませんね」

「それ相応の教育を受けていないので、期待するだけ無駄ですわ」

「ええ……。ディートハルト様も、たいそうお怒りのご様子で」

「でしょうね」


 ディートハルトもまた、予定が詰まっていた。紅茶商の仕事に熱を注いでおり、それを邪魔されたので余計に腹立たしいのだろう。


 レオノーレが立ち上がると、イルメラが肩に飛び乗る。最近、ここが所定の位置となっていた。


「イルメラ、すぐに戻ってきますので、ここで待っていてくださいまし」

『ぐるる』


 イルメラとディートハルトは相性が悪い。喧嘩になる可能性もあるため、肩から下ろして背中を優しく撫でる。


 出発時間直前だったようで、玄関まで急ぎ足で向かった。


「レオノーレ様、重ね重ね、申し訳ございません~~」

「よろしくってよ」


 田舎暮らしは体力勝負。そんな話を小耳に挟んでいたので、一日一時間半ほど運動をしていたのだ。ちょっと走ったくらいでは、息が上がることはない。


 エントランスの螺旋階段を駆け下りていると、玄関の扉が開かれる。出て行く瞬間に、滑り込むようにして間に合った。


「ディートハルト!」

「レオノーレ?」


 振り返るディートハルトに、レオノーレは駆け寄った。


「どうしたの?」

「身代わりに、出かけるというので、見送りに」

「そうだったんだ。ありがとう」


 エントランスにはピリピリとした空気が流れていたが、レオノーレに気づいた瞬間に和らいだような気がした。


「大変かとは思いますが、どうか、心を静めて、務めてくださいませ」


 ディートハルトの瞳は暗い。

 なんだか、妙な不安が過る。レオノーレはお守り代わりだと思い、背伸びをしてディートハルトの頬にキスをした。


「レオノーレ!?」

「魔除けのお守りです」

「あ――うん」


 ディートハルトは突然のキスに驚いていたようだが、レオノーレがじっと見つめているとやわらかくはにかんだ。


 自分からキスをするなんて、幼少期以来である。

 羞恥心に襲われたが、耐えるしかない。


「レオノーレ、ありがとう」


 今度は、ディートハルトがレオノーレに頬へのキスを返す。


「行ってくる」


 そう言って、出かけていった。

 レオノーレは頬を押さえたまま、呆然とする。

 やられた! と我に返るのは、しばらく経ったあとだった。


 ◇◇◇


 今日は畑の様子を見に行こう。そう予定していたのに、思いがけない訪問に目を剥くこととなる。

 やってきたのは、聖女サクラの侍女。アーレント侯爵夫人の取り巻きのひとりだろう。


「突然の訪問を、どうか、お許しください」

「それはいいとして、何のご用ですの?」

「そ、それが――」


 サクラがディートヘルムの正式な婚約者となり、アーレント侯爵夫人は王宮に部屋が与えられた。

 彼女に与えられたものは、部屋だけではなかったのだ。


「その、王太子殿下の執務の一部が、届くようになりまして」

「ああ」


 通常、正式に結婚していない婚約者に王太子の仕事が振り分けられることはない。

 ディートヘルムが「こんなのひとりでさばききれるわけがない!!」と発狂しかかったので、特別な許可を得てレオノーレが一部の執務を担っていたのだ。

 それがそのままサクラに届いたのだろう。

 彼女は執務能力がないため、アーレント侯爵夫人のほうへと渡ってしまったのだ。


「それでその、アーレント侯爵夫人がおひとりで片づけるのは困難なため、レオノーレ様の手を借りられたらな、と」

「アーレント侯爵夫人が、それを望んでいたのですか?」

「いいえ。私個人の、判断です」

「でしょうね」


 アーレント侯爵夫人はレオノーレを敵対視していた。助けを求めるわけがなかったのだ。


「私共も、アーレント侯爵夫人にこれらの仕事は王太子殿下にお返ししたらどうかと申したのですが、聞き入れていただけなくて」

「そうだったのですね」


 アーレント侯爵夫人にも、自尊心というものがあるのだろう。

 日々、周囲に当たり散らしながら、執務を続けている。彼女の周囲にいる付き合いきれない侍女は、ひとり、またひとりと辞めているようだ。


「このままでは、侍女が全員辞めてしまいます。レオノーレ様、どうか、お助けいただけないでしょうか?」

「わたくしが行っても、アーレント侯爵夫人の神経を逆なでするだけだと思いますが……」

「それは、そうかもしれませんが、私共では、どうにも押さえ切れず……」


 しかしながら、アーレント侯爵夫人が仕事を滞らせたら、身代わりを務めるディートハルトにも影響が生じるだろう。


「わかりましたわ。王宮に、行きましょう」

「レオノーレ様、ありがとうございます!」


 馬車で王宮へと向かう。急ぎ足で、アーレント侯爵夫人のもとへ向かった。

 聖女サクラのために用意された部屋には、護衛騎士の姿はない。外出でもしているのか。

 と、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 扉の前にたどり着いた瞬間、ヒステリックな叫び声が聞こえる。


「どうして、この私が、こんな雑用をしなければならないの!!!!」


 何かが割れるような音や、侍女の悲鳴も聞こえる。

 レオノーレは腹を括り、扉を開いた。


 アーレント侯爵夫人は涙を流しながらも怒るという、壮絶な表情で入ってきたレオノーレを睨みつけた。


「あ、あなた、な、何をしにきたの? わ、私を、笑いにきたの?」

「いいえ、違いますわ。あなたを、助けにやってきました」

「は?」

「ずっと、働き詰めだったのでしょう? 少し、休まれたらいかが?」

「――ッ、そもそも、あなたがこんな仕事を受け入れるから、私がしなくてはならなくなったのよ!?」


 アーレント侯爵夫人は執務机にあった書類を握りしめ、レオノーレに投げつけた。

 書類の束はレオノーレがいる位置まで届かず、ハラハラと宙を舞っていた。


 感情が高ぶっているときは、何を言っても無駄なのだろう。レオノーレは床に散らばった書類を拾い上げる。

 最後の一枚に手を伸ばした瞬間、アーレント侯爵夫人が書類を踏みつけた。

 思わず、レオノーレはアーレント侯爵夫人を見上げる。


「あなたのせいで、私はいつも、惨めな思いばかりしているわ」

「心当たりが、まったくないのですが」

「しらばっくれないで! 王太子妃には、私がなる予定だったのに!」


 〝あら、そうでしたの〟という言葉を、口に出す寸前で飲み込んだ。

 彼女が王太子の婚約者候補だったなんて、レオノーレは知らなかった。 

 だから、敵対視されていたのだと、納得する。

 しかしながら、現状で与えられた執務をこなせないとなれば、王太子妃になったときに苦労するだろう。この国では、王妃も王太子妃も第一線で働く。

 ディートヘルムの侍女の選定は、的外れだったようだ。


「なんて、生意気な目なのかしら! 教育が、必要だわ」


 そう言って、ドレスの裾を持ち上げる。踵の高い靴が、チラリと見えた。

 危ない!! 

 気づいた瞬間には、遅かった。アーレント侯爵夫人は、レオノーレの手の甲を靴の踵で踏みつけていたのだ。


 声にならない悲鳴を上げる。

 叩きつけられた踵は、手の甲をえぐるようにぐりぐりと押しつけられた。


 誰か、助けて――!

 叫びたかったが、声が出ない。こういうときにも、感情を表に出さない王妃教育のせいで咄嗟の反応ができないのだ。


「ほら! 痛いでしょう? 痛いはず! どうして、何も反応しないのよ!」


 ぐりぐりと踵を押しつける攻撃から、踏みつける攻撃へと変わった。

 だん、だんと、強い力で踵が手の甲に押しつけられる。


 何をするのか。

 レオノーレは、渾身の睨みでアーレント侯爵夫人を見上げた。


「ヒッ!!」


 睨んだだけなのに、アーレント侯爵夫人は短く悲鳴を上げる。だが、それで怯まなかった。


「あなたなんか、あなたなんか――!」


 手は限界だ。内出血し、青く腫れ上がっていた。

 アーレント侯爵夫人が落ち着くのを待っていたが、激昂する一方である。

 もう、我慢できない。

 眦に涙が浮かんだ瞬間、何者かの手によって扉が開かれた。


「何をしている!!」


 それは、ディートハルト演じる、ディートヘルムの声であった。

 手の甲の痛みに耐えるために、振り返ることすらできない。


「あ……殿下!」

「お前は、彼女に、何をしていた!?」

「い、いえ、私は、し、仕事ができない彼女を、教育、していただけです」

「教育だと!?」


 ディートハルトはレオノーレの隣にしゃがみ込み、青くなった手の甲を見てギョッとする。


「こんな暴力が、教育なわけがあるか!」

「し、しかし、彼女は――」

「言い訳は聞きたくない。誰ぞ、この女を、捕らえよ!!」


 命令により、親衛隊が駆け寄る。アーレント侯爵夫人は瞬く間に、拘束された。

 取り巻きの侍女も、目撃参考人として連行される。

 部屋には、ディートハルトとふたりきりとなった。

 視界がぐらりと歪み、倒れそうになる。ディートハルトがレオノーレの体を支えてくれた。


「レオノーレ!」

「ディートハルト……どうして、ここに?」

「回復師を呼んでくるから、待っていて」

「いえ、大丈夫。自分で、できるから」


 余力を振り絞り、回復魔法をかける。集中力に欠けていたからか、完全に治すことはできなかった。


「やっぱり、回復師を――」

「大丈夫。もう、ほとんど痛まないから」


 ディートハルトのマントの下から、イルメラがひょっこり顔を覗かせる。


「あら、あなた!」

「レオノーレの危機を感じて、離宮から飛んで来たらしい。どうやって助けたらいいかわからなくて、俺を頼ってきたみたい」

「そうだったのですね」


 怪我をしていないほうの手で、イルメラを撫でる。安堵するように、目を細めていた。


「っていうか、何があったの? 手の甲を踏むとか、とんでもない暴行なんだけれど」

「サクラ様の仕事を代行していたようで、それに対する不平不満が爆発してしまったようで」

「それ、単なる八つ当たりじゃん」

「本当に」


 アーレント侯爵夫人はサクラの侍女から外す方向で処分するという。

 担っていた執務も、しなくてもいいように決まった。

 再度、侍女の選定を行う必要があるだろう。今度は、王弟バルドゥルに任せようと、ディートハルトは呟いていた。


 ちなみに、サクラはディートヘルムと旅行に行っているので不在らしい。

 アーレント侯爵夫人をはじめとする侍女とは関係が上手くいっていなかったようで、旅行には連れていかなかったようだ。


 その辺も、アーレント侯爵夫人の自尊心を傷つけるような行為だったのだろう。

 完全に、レオノーレは鬱憤を晴らすために攻撃されてしまったわけだ。

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