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異世界から召喚された聖女が王太子妃となるので、婚約者だった私は侍女に格下げされるようです  作者: 江本マシメサ


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食わず嫌い撲滅大作戦!

 ディートハルトにニンジン料理を食べさせて、おいしいと言わせてやる。

 今までにないくらい、やる気に満ちあふれていた。

 レオノーレは厨房に向かい、料理人と話をする。


 離宮で料理を任されているのは、見上げるほど大柄の亜人――〝リザードマン〟のオーズだ。

 黒い皮膚に、黄色く光る目、口元から覗く尖った牙、手先に生える鋭利な爪など、恐ろしい姿でいる。

 しかしながら、料理人が着用する白衣をきっちり着こなし、料理帽まで被っていた。見た目こそ強面であるものの、オーズは礼儀正しいリザードマンの青年である。


 夕食の仕込みを終え、一息ついているところに声をかけた。


「オーズ、少し、お時間をいただいてもよろしい? 相談したいことがありますの」

「あ――レオノーレ様。も、もちろんです」


 オーズもまた、ディートハルトが連れてきたワケアリ仲間の一員である。

 かつて、火山活動が頻繁な地域で暮らしていたオーズであったが、仲間とのソリが合わなかった。

 リザードマンは狩った獲物の生肉をそのまま喰らう。それに対して、オーズは丁寧に解体し、手間暇かけて調理した肉を好んだ。

 それらの食のこだわりや好みを、リザードマンらしくないと言われ、群れから追放されてしまった。

 しかしそれは、オーズにとって好都合だった。リザードマンであることを隠し、各地の珍しい料理や、調味料を得る旅を続けていたのだ。

 そんな中で、オーズがふらりと王都に立ち寄る。

 食の観光を楽しんでいたが、運悪くリザードマンであることがバレてしまった。

 リザードマンは凶暴で、人をも喰らう。そんな噂が広がっているため、軍の討伐対象になってしまったのだ。

 涙ながらに殺さないでくれと訴えたが、軍人達は聞く耳を持たず。そんな中で、ディートハルトだけがオーズの言葉を耳にし、助けてくれたのだ。

 以降、オーズは各地を旅して得た料理の知識を使い、離宮の厨房に立つ。絶品料理の数々を、毎日作ってくれるのだ。


 ――というのが、離宮にリザードマンが存在する理由であった。

 レオノーレは最初オーズを紹介されたとき、意識が飛びそうになるほど驚いた。が、王妃教育で身に着けた冷静さのおかげで、にこやかに応対できたのだ。

 当時はびっくりしたものの、今は慣れっこである。

 バールケ伯爵夫人が驚かないように、説明をしておかなくては。と、頭の片隅で、そんなことを考える。


 ネネとオーズ、レオノーレの三人で、小さな円卓を囲む。

 否、決して、小さな円卓ではない。オーズがいるから、小さく見えるのだ。


 まず、昨日、今日と食べた食事がすばらしくおいしかった旨を伝える。オーズは照れているのか、恥ずかしそうに「もったいないお言葉です」と呟いていた。


「これからも、よろしくお願いいたします」

「もちろんです。それで、その、レオノーレ様、相談とは?」

「そうでした。実は、ディートハルトにニンジン料理を食べていただきたくて」


 ディートハルトとニンジンという組み合わせを口にした途端、オーズの表情は曇る。


「どうかなさって?」

「いえ、俺も今まで、なんとかディートハルト様にニンジンを食べていただこうと、努力したのですが……」


 細かく刻んでも、すっても、煮込んで潰しても、ディートハルトはニンジンが入っていると気づいてしまうのだという。


「思っていた以上に、手強いニンジン嫌いですのね」

「ええ」


 ニンジンは栄養豊富である。なんとか食べてほしいと思っているようだが、どれも失敗に終わっていたらしい。


「すったニンジンを練り込んだ肉団子スープを作った日には、〝やっぱりニンジンが入っていた〟と食べる前に気が付かれたくらいで」

「鋭すぎますわね……」


 しかし、ディートハルトの〝やっぱりニンジンが入っていた〟という発言が引っかかる。


「もしかしたら、使用人の緊張感やいつもと異なる挙動で、ニンジンが入っているか否か、気づいている可能性もありますわ」

「そ、それは、あるかもしれません!」


 一時期、使用人一同協力して、ディートハルトにニンジンを食べさせようとしていたときがあったらしい。


「そのとき、きっと給仕係はニンジンを食べてくれるか否か、緊張の面持ちでいたに違いありません」

「でしたらまず、給仕係の演技力から、鍛える必要がありますわね」

「ええ」


 そして、料理のチョイスも重要だろう。


「先ほど、肉団子のスープを見ただけで気づいたとおっしゃっていましたが、何かニンジンらしい特徴はありましたの?」

「通常の肉団子よりも、橙がかっていたのかなと」

「なるほど……」


 ならば、見た目ではわからないように作ればいい。


「それが難しいんですよね。ニンジンの色って、どうしても出てしまうので」

「そうですわね」


 ここで、ネネが挙手して発言する。


「甘露ニンジンはものすごく甘いので、食事ではなく、お菓子を作るのはどうでしょう?」

「ネネ、それですわ!!」


 甘露ニンジンは食事ではなく、菓子との相性がいいだろう。さらに、見た目ではわからないよう、一口大で食べる形に仕上げるといい。

 オーズは何か閃いたようで、ハッとなる。


「何か、案が浮かびましたの?」

「は、はい。甘露ニンジンで作ったクリームを、パイ生地で包むような、一口大のおやつはいかがでしょうか?」

「いいですわね!」

「では、時間を見つけて、試作品を作ってみますね」

「お願いいたします」


 そんなわけで、〝ディートハルトにニンジンを食べさせる会〟が発足される。

 その日の夜――前菜のテリーヌを訝しげな視線で見つめるディートハルトの姿があった。


「これ、ニンジンを使っているんじゃないよね?」

「ソラマメとエビのテリーヌですわ。どこに、ニンジンの要素があるんだか」

「怪しい」


 甘露ニンジンは熟成させることによって、さらに甘みを増す。

 数日は、保管庫で寝かせておくのだ。


 つまり、忘れたころにディートハルトのおやつとして、提供される。見た目ではわからない状態で。

 その日が楽しみだと、内心ほくそ笑むレオノーレであった。


 ◇◇◇


 離宮での謹慎生活を、レオノーレは思う存分楽しんでいた。

 朝食を食べたあとは、生まれて初めてのシーツの煮洗いに挑戦する。


「レオノーレ様、本気で、お洗濯をなさるのですね」

「ええ、本気ですわ」


 ネネの心配をよそに、レオノーレはやる気に満ちあふれていた。彼女だけではない。同行するバールケ伯爵夫人も、洗濯に興味を示している。


「いつも、汚れたシーツが魔法のように真っ白になって戻ってくるので、どんな作業工程を経ているのか、気になっていたんです」

「そ、そうだったのですね」


 ネネは困惑しつつも、洗濯舎に案内してくれた。

 ここで仕事を行うのは、背中にシロフクロウのような羽を生やす翼人ノアである。


 すでに、朝から洗濯したものが、日当たりのよい場所に干されていた。


「あら、何か、歌声が聞こえますわ」

「きっと、ノアさんです」


 いつも、歌を口ずさみながら洗濯物を干しているらしい。

 頭上を、大きな影が通過する。弾かれたように上を見ると、洗濯籠を抱えた翼人が優雅に空を飛んでいた。


「あ、ノアさんです!」


 白い髪を三つ編みに結い上げた二十代半ばくらいの美しい美女が、二階の窓と高い木の間に結んだ紐に、洗濯物を干していく。

 彼女は、まとうエプロンドレスも白だった。

 洗濯物を干し終えると、ネネがノアを呼ぶ。軽く手を振って、レオノーレのもとへと飛んでやってきた。

 思いのほか、長身だったので驚く。ディートハルトよりも、背が高いだろう。


「みなさま、ごきげんよう~。初めましての方が、いますね。私は、洗濯メイドの、ノア、と申します~」


 ネネはレオノーレとバールケ伯爵夫人を紹介していく。

 ノアは翼を折りたたみ、膝を深く折って胸に手を当てて優雅に挨拶した。


「お話は、伺っております。どうぞ、中へ」


 案内された洗濯舎の中は、入った瞬間むわっとした熱気を全身で感じる。

 すぐに作業ができるよう、ノアは大鍋に湯を沸かしてくれていたようだ。


「さっそく、ご説明しますね。まず、鍋に粉洗剤を入れま~す」


 鍋が大きいので、その分粉石鹸もたくさん入れる。


「このお湯の量だと~、三掴み、くらいでしょうか」


 三掴み。初めて聞く分量である。ノアは粉石鹸が入った壺に手を突っ込み、豪快に掴んだものをサラサラと大鍋の中へと入れた。 


「勢いよく入れると、泡がぶくぶく鍋から溢れるので、注意してくださいね~」


 レオノーレとバールケ伯爵夫人は、慎重な手つきで鍋の中に粉石鹸を振り入れた。

 そこから、粉石鹸を溶かすために、木の棒でゆっくり混ぜる。

 ただ鍋の前に立っているだけで、汗が噴き出るような中、作業をするというのは大変だ。


「冬でこの暑さでしたら、夏はもっと大変ですのね」

「ええ。ですが~、これがお仕事ですので」


 普段、何気なく使っている服やシーツ、タオルなどは、洗濯メイドがいるおかげで使えるのだ。


「わたくし、このような苦労も知らずに、暮らしてきたのですね」

「その分、レオノーレ様は、別の苦労をされてきたのでしょう~? 大丈夫です、気にする必要は、これっぽっちもありません」

「ノア、ありがとう」

「いえいえ~」


 粉石鹸が溶けたので、レオノーレは自身が使っていたシーツを鍋にそっと入れた。あとは、十分ほど煮込むばかり。


「こうやって煮洗いすると、汚れや黄ばみだけでなく、布に染みこんだ嫌な臭いも取れるのですよー」

「そうですのね」


 ただ、煮洗いは万能ではないという。


「お鍋でぐつぐつ煮ていると、色落ちしやすいんですー。だから、ここでは、白い布のみ、煮洗いしているんです。それから、煮洗いは布への負担が大きく、傷みの原因にもなります。そのため、毎日煮洗いするのではなく、日を空けてするようにしているのですよ」


 絹や毛皮製品は煮洗いに向いていない。これらの布地が使われたものは、一枚一枚洗濯メイドが手洗いをしているのだという。


「――とまあ、こんな感じですね」

「勉強になりますわ」


 話をしている間に、十分経つ。ノアは慣れた手つきで、魔法仕掛けの火を止める。


「お湯が冷めるのを、待ちますの?」

「いいえー。すぐに、お湯切りをします」

「素手で?」

「まさかー!」


 ノアは驚くべき行動に出る。成人男性が浸かれそうな大鍋を、持ち上げたのだ。そして、大きな浴槽のような窪みにお湯ごと布を流す。水がゴゴゴと音を立てて、流れていった。そして、かいのようなものを使って布を窪みから持ち上げ、丸太のような太く大きな棒が二段に重なったものにかける。

 横にある持ち手をくるくる回すと、シーツは丸太のようなものの間に挟まった。そして、ぎゅうぎゅうと圧縮されることによって、布に含んだ湯が絞られる。


「ああ、なるほど。湯を絞る道具が、あるのですね」


 レオノーレもやらせてもらったが、一回転させるだけでもかなりの力がいる。


「レオノーレ様、どうか、無理をなさらずに~」

「はあ、はあ、はあ……! ノアは、力持ち、ですのね」

「これでも、男ですから~」

「え?」

「私、こう見えて、男なんです」


 ノアが広げた手は、女性のものよりもごつごつしていて大きかった。

 声も女性そのものだし、物腰もやわらかい。信じがたい気持ちになる。


「私、競売で高値が付くように、女として育てられ、喉も声が低くならないように、魔法をかけられてしまったのです」

「そうでしたのね」


 失礼にならないよう、あまり驚かないようにしておく。バールケ伯爵夫人も空気を読んで、過剰な反応を示さないようにしていた。


「ディートハルト様に助けていただかなかったら、今頃好色なおじさまに引き取られて、大変なお仕事をしていたのかもしれません~」


 離宮にいる者達は、皆ワケアリだ。わかっていたものの、それでも驚いてしまう。

 すでに、命を売買する組織は潰えている。ディートハルトが一掃したのだ。けれどそれも、三年もつか、もたないかと話していた。いくら取り締まっても、雑草のように生えてくるのだという。人が生きている限り、撲滅は不可能らしい。


「ここでの暮らしは、毎日幸せなんです~。だから、この生活をもたらしてくれたディートハルト様のお力になれるように、毎日、お洗濯を頑張っています」


 レオノーレも、ノア同様にディートハルトを支えたい。

 手に手を取って、お互い頑張りましょうと気持ちを確かめあった。


 ◇◇◇


 本日は一日仕事をみっちり入れていたが、なんとか時間を作ってディートハルトと茶を飲む。


「レオノーレ、今日は忙しいって言っていたじゃん。どうして?」

「あなたと、一緒に過ごしたくなりまして」

「そっか」


 香り高い紅茶を飲み、ほっと一息つく。

 ディートハルトは一口大のパイを、口に放り込んだ。


「あー、オーズのパイは、おいしいなー」


 それを聞いた瞬間、レオノーレは奥歯を噛みしめる。

 実は、今ディートハルトが食べたのは、甘露ニンジンを使ったクリーム入りのパイだ。

 オーズが丹精こめて、作ったひと品である。


 レオノーレも、パイを一口で食べた。

 サクサクの生地の中に、甘露ニンジンの甘さ引き立つクリームが詰まっていた。

 さすが甘露ニンジンといえばいいのか。まったくニンジンの風味はない。


「本当に、おいしいですわね」

「ねー」


 見事、ディートハルトを騙すことに成功した。 

 

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