王弟と話す
さて、離宮に帰ろうか。
サクラから賜った筆記用具を胸に、足取り軽くステップを踏む。が、一歩外に出ようとした瞬間、待ち構えていたバルドゥルの近侍と目が合う。
「レオノーレ様、バルドゥル殿下がお待ちです」
「ああ、そうですの」
どうやら、事情聴取は双子だけではなかったらしい。
断る理由はなかったので、しずしずと近侍のあとに続く。
バルドゥルは自身の私室で、レオノーレを待ち構えていた。
「すまないな、レオノーレ嬢。突然呼び出して」
その言葉に対し、レオノーレは「とんでもないことでございます」と口にして頭を下げる。
「座ってくれ。街で人気の菓子を、用意させたぞ」
レンガのように積み上がったチョコレートは、三時間並ばないと購入できない人気の菓子である。
一回、サクラが食べたいというので買いに行き、二時間半も並んだが売り切れとなって入手できなかったのだ。
「これ、サクラ様が食べたいとおっしゃっていたチョコレートですわ」
「そうなのか? まあでも、お前のために用意させた品だ。存分に味わうといい」
「わたくしのため?」
「ああ」
ディートヘルムとディートハルト、レオノーレの三人に事情聴取をすると決めた瞬間に、近侍に買いに行かせたらしい。
並んで買ったわけではなく、店側に言って用意させたのだとか。
「まあ、それはそれは……」
「続く言葉は、なんたる横暴な、か?」
返事はできず、レオノーレは明後日の方向を見上げた。その反応に、バルドゥルはぷっと噴きだし笑いをする。
「相変わらず、正直な奴め。だが、そこがいい」
「あ、ありがとうございます」
チョコレートを食べつつ、本題へと移る。
「困った双子の兄弟から、詳しい話を聞いた」
「あの、ディートハルトは、サクラ様に何をおっしゃったのですか?」
「それは――そうだな。聖女殿は、ディートハルトが大切にしている存在をそうとは知らずに批判してしまったらしい。それで、演技を忘れて黙れと怒ってしまったようなんだ」
サクラには、身代わりについて話していなかったらしい。
そうとは知らず、サクラはディートヘルムに腹を立てて、数時間ほど口をきいてもらえなかったようだ。
「王宮の者達はほとんど身代わりを知っているというのに、どうしてサクラ様にお話ししていなかったのでしょうか?」
「その辺は、複雑な感情が入り交じっているのだろうな。男の見栄というか」
「よく、わからないのですが」
「ディートヘルムは、これから先も面倒な催しはすべてディートハルトに任せたいのだろう。同時に、それらをひとりでこなしていると、聖女殿に思わせたいのでは?」
「ああ、そういうわけですか……」
ディートヘルムの見栄と、ディートハルトの怒り、そしてサクラの失言が原因で起きた事件だったようだ。それに振り回された周囲は、たまったものではない。
「今回の事件に関して、レオノーレ嬢はどう思う?」
「わたくしの意見を、聞く必要はありますの?」
「個人的な好奇心だ。話してくれ」
まず、レオノーレはディートヘルムの婚約者でない今、公正な目で事態を見るのは不可能であると宣言しておく。その上で、意見を述べた。
「もうこれ以上、ディートハルトに身代わりを頼むべきではないと、わたくしは思います」
「ほう? では、ディートヘルムが、ひとりで公務を担うべきだと?」
「それは、難しいかと」
ディートヘルムは集中力がなく、長い式典は耐えられない。人が多く集まる場所も、具合が悪くなるので王族らしい振る舞いを続けるのは難しいだろう。
「その状態では、やはりディートハルトに身代わりを頼むしかないのでは?」
「いいえ。ディートヘルム殿下の代わりに、バルドゥル殿下が行けばいいだけの話です」
「私が、か?」
「ええ。他にも、公務に行ける王族は、大勢おります。別に、ディートヘルム殿下がしなくてもいい公務は、たくさんあるかと」
なんでもかんでも、王太子に任せすぎなのだ。手が空いている王族は他にいる。
「バルドゥル殿下もお忙しいでしょうが、軍には人が大勢おりますでしょう? そちらの仕事は、信用をおいている部下に任せればよいのです」
一方で、公務は王族にしか務まらない。それらの大半を王太子が担うような取り決めがあるから、事件に発展してしまうのだ。
「過去にも、ディートハルトは何度も生と死の狭間をさまようような事件に巻き込まれているのです。原因は、王太子の露出の高さにあるかと」
「なるほど。レオノーレ嬢の言う通りだ」
さらに、レオノーレは提案する。ほとんど露出しない、女性王族にも公務に参加していただくのはどうかと。
才能溢れる王女達のほとんどが、能力が生かされることなく生涯を終えるのだ。もったいないと、ずっと思っていた。
「――というわけで、この問題はディートヘルム殿下とディートハルトだけのものではございません。王家は内側から変わる必要があるかと」
「レオノーレ嬢の言う通りだ。公務については、陛下に一度話をしてみよう」
「ありがとうございます」
レオノーレはバルドゥルに深々と頭を下げる。
バルドゥルが聡明で賢く、視野が広い人物でよかったと、心から思った。
惜しむらくは、バルドゥルに継承権がないことだろう。
王の器は十分すぎるほど備わっていたが、王位を継承できない理由があった。
彼は遠く離れた国バッシャールの姫君の血を引いており、扱いは庶子。王妃の血を引いていないため、継承権は与えられなかった。
さらに、特例でバルドゥルが王となれば、バッシャールが政治的介入をしてくる可能性がある。そのため、継承権を与えるわけにはいかないのだ。
「生意気に意見してしまい、申し訳ありません」
「いや、有意義な時間だったよ。ここまで考えていたなんて、驚いた」
もしも、これをディートヘルム相手に話していたら、余計なお世話だと叱られていただろう。
女性は政治に介入できない。それは、古くからの因習であった。
「私は、男女関係なく、優秀な人材が国を助けられたらと、常々思っているんだ。そこで提案なんだが、レオノーレ嬢、私の副官になる気はないか?」
「それは、お断りいたします」
スッパリと、見事な切れ味で断った。
バルドゥルは目を丸くしている。即答で断られるとは思っていなかったのだろう。
「レオノーレ嬢、なぜ、断る?」
「今回の事件を経て、思いましたの。ディートハルトの傍にいて、感情を制御できるのは、わたくしだけだと。だから、常に傍にいませんと」
「なるほど。言われてみれば、そうだな。感情的になったディートハルトは、レオノーレ嬢の言うことしか聞かない」
それも、困ったことではあるが。
一方で、バルドゥルの副官が務まる優秀な者は、大勢いるだろう。レオノーレがしなくてはいけない理由は、特にない。
「いやはや、やられたな。まさか、断られるとは」
「申し訳ありません」
「いや、謝らなくてもいい」
もう一点、バルドゥルは知らせなければならないことがあるという。
「それは、なんですの?」
「君との婚約話が、浮上したんだよ」
「なっ!?」
昨日、ディートヘルムから婚約破棄されたばかりなのに、すでに新しい結婚話が浮上しているとは。
動いているのは、レオノーレの父しかいない。
ディートヘルムに次ぐ、国内で影響力のある男性を選んだ結果、それがバルドゥルだったのだろう。
「お父様ったら……!」
「それで、結婚についてはどう思う?」
「わたくしが結婚したら、ディートハルトのお世話ができなくなります」
「ならば、独身を貫くと?」
「ええ」
逆に、ディートハルトと結婚するつもりはないのかと聞かれる。
「そ、それは、わたくしが決めることではありません」
「それもそうだ」
なぜか、ディートハルトとの結婚について考えると、盛大に照れてしまう。忘れるようにと、思考の端っこへ追いやった。
「まさか、公私にわたって振られてしまうとは……」
「あの、なんとお答えしていいのやら」
「いや、レオノーレ嬢の心には、ディートハルトしかいないことがよくよくわかった」
「そ、それは、幼少期からずっと一緒におりますので」
「兄妹のように育った、というわけか?」
「ええ、まあ……。説明は難しいのですが」
「わかった」
バルドゥルが控えていた侍女に、合図を出す。すると、残っていたチョコレートが箱に詰められた。
「持ち帰って、食べるといい。あ、聖女殿に渡さなくても、いいからな」
「ありがとうございます」
帰ったら、ネネと一緒に食べよう。そんなことを考えつつ、ありがたく受け取った。
「では、また。今度は、ゆっくり話そう」
「はい」
バルドゥルと別れ、今度こそ家路に就く。
◇◇◇
玄関先で、ディートハルトが待ち構えていた。
しゃがみ込んでいたようだが、レオノーレが馬車から下りてくると瞬時に立ち上がる。
そして全力疾走で駆け寄り、新聞記者のように早口で質問を投げかけてきた。
「バルドゥル殿下に捕まっていたんだって?」
「少々、お話ししていただけですわ」
「俺以外の男とふたりきりになるなんて」
「部屋には侍女や近侍がおりました。二人きりではありません」
「俺の言うふたりきりは、俺以外の男と向かい合って座ることなんだ」
「なんですか、その独自のルールは。聞いたことありませんわ」
「今作った」
「なんて横暴な」
昔から、ディートハルトはレオノーレに執着している。けれどこれは、男女の間にある恋や愛ではない。産まれたばかりの雛が、初めて見たものを親と思い込む刷り込みと同じなのだ。
親離れしてもらわなくてはと思う時もあったが、離れるのは難しかった。
距離を取ると、レオノーレも寂しくなってしまうのだ。
共依存――ディートハルトとの関係を、レオノーレはそう思っている。
「バルドゥル殿下と何を話していた?」
「兄弟喧嘩について、どう思うか、とか」
「なんて答えたの?」
「ディートハルトに責任を押しつけすぎだと」
「そっか」
ディートヘルムの身代わりはしたくない。それが、ディートハルトの望みである。
もう、十分頑張っただろう。そろそろ、ディートヘルムはひとりで頑張ってもいいのではと、レオノーレも考えている。
「バルドゥル殿下が、動いてくださるようで」
「動くって?」
「ディートヘルム殿下の公務の一部を、担ってくださると」
「ああ、なるほど。それがいいよ。バルドゥル殿下も、国民から人気があるし」
このまま立ち話が続きそうだったので、レオノーレは中へ入るようにと促す。触れた手は、氷のように冷え切っていた。
「ネネに、温かいホットミルクでも作ってもらいましょう」
「なんで、ホットミルク?」
「朝飲んで、おいしかったからですわ」
「なるほど」
ディートハルトと並んで座り、ホットミルクを飲む。そんなささやかなことが、レオノーレには信じられないくらい幸せに思ってしまった。
◇◇◇
翌日、レオノーレは王宮に出仕する。
出かける前、ディートハルトが行かないでと引き留めてきたが、聞くわけにはいかない。
しっかり務めを果たさなくては。
「レオノーレ、俺と仕事、どっちが大事なの!?」
「申し訳ありません、ディートハルト。あなたも大事ですが、課せられた仕事もまた大事なのです」
「そんな、酷い……!!」
ディートハルトを振り切って、レオノーレは馬車に乗り込んだ。
姿が見えなくなると、ふうとため息が零れる。
出勤前に大変な労力を消費してしまった。仕事について理解してもらうために、話をする必要があるだろう。
朝からぐったりしつつ、王宮にたどり着いた。
サクラは相変わらず、制服に〝妃の最上衣〟を合わせた恰好でいた。
なんでも、制服は毎日洗っているらしい。魔法使いを呼んで、風魔法を使って一晩のうちに乾燥させているようだ。
「レオノーレ、これからディートヘルムがやってくるの」
「伺っております」
「もうそろそろ、許してあげてもいいと思う?」
昨日、ディートハルト扮するディートヘルムが、サクラに怒鳴りつけたのだ。それに対して、彼女は怒っていたと。
「許せない気持ちはまだあるんだけれど、もういいかなって気持ちもあるんだ」
「ディートヘルム殿下が謝ってきたら、許すという方向でよいのでは?」
「だよね。もしも謝ってきたら、私も同じように謝ればいいし」
そんな話をしていると、ディートヘルムがやってきたという知らせが騎士より届く。
サクラが「入ってもいいよ」と許可すると、ディートヘルムが気まずそうな表情でやってきた。
「その、サクラ。昨日は、すまなかったな」
「あ――私のほうこそ、ごめんなさい」
ふたりが謝罪し合う様子を眺めながら、サクラはディートハルトになんと発言したのか気になる。
ぼんやりしている間に、ディートヘルムとサクラは仲直りしたようだ。
「そうそう。サクラが欲しいと望んでいたものが、手に入ったぞ」
ディートヘルムは近侍に目配せし、運んできたものをテーブルに置いた。
何か、鳥かごのようなものに布がかけてある。それを、取るようにサクラに説明していた。
サクラは満面の笑みで、布を取る。
かごの中に入っていたのは、薄紅色の毛並みにルビーの魔石が額に輝く、魔石獣であった。




