おいしい朝食
広い食堂に、レオノーレはひとり朝食を食べる。
実家でもだいたいひとりだったので、いつもの朝という感じだった。
給仕係の手によって、朝食が運ばれる。
紅茶ではなくホットミルクが置かれたので、驚いてしまう。小さい子どもの飲み物だと思いつつも、レオノーレはホットミルクは嫌いではない。蜂蜜をたっぷり垂らして飲んだ。
すると、濃厚な風味が口いっぱいに広がって驚く。思わず、猫耳の男性給仕に問いかけた。
「あの、このミルクはどこのものですの?」
「敷地内にある牛舎で、今朝方搾ったものになります」
「まあ、牛舎がありますのね」
「はい。そこのバターも、チーズも、同じように敷地内にある工房で手作りしたものです」
「ありがとう」
驚いた。王都に届く乳製品は、地方から運ばれたものである。数日経っているので、新鮮さが違うのだろう。搾りたてのミルクがおいしいなんて、初めて知った。
感動はそれだけではない。
給仕が差し出したパンの入ったバスケットは、バターが豊かに香っていた。
皮をパリッと焼いたハードな食感のパン。
パイ生地を重ねて開いたサクサク食感のパン。
皮は薄く、中の生地がもっちりとした食感のパンなど――種類豊富に用意されていた。
その中で、レオノーレは干しぶどう入りのロールパンを選んだ。
一口大にちぎると、ふんわりと湯気が漂う。そこに、バターを塗って食べた。
生地はふわふわしていて、干しぶどうを噛んだらじゅわっと甘みが溢れてくる。バターが小麦の風味を豊かにしてくれた。
焼きたてのパンが、これほどおいしいだなんて知らなかった。レオノーレは感激しきる。
他の料理も、絶品であった。
皮がパリパリ、肉汁たっぷりのソーセージに、新鮮な半熟ゆで卵、朝どれ野菜のサラダ、温室で育てた果物の盛り合わせなどなど。
ディートハルトはこんなおいしい料理を食べていたのだと、羨ましく思うくらいである。
普段はパンを一つ、それからチーズを一切れ食べる程度だった。今日は朝からとんでもない食欲を発揮してしまった。
さすがに食べ過ぎてしまったので、朝食後は、ネネがコルセットなしでも着られるドレスを用意してくれた。
「あれ、このドレスは、初めて見るもののような?」
「ご主人様からレオノーレ様への贈り物ですよ」
なんでも、昨日レオノーレの実家に行き、そのあと閉店している店を開けさせて注文したと。先ほど届いたばかりのドレスだったらしい。
胸の下がきゅっと絞られていて、そこから下はストンとしたスカートという形である。
おかげさまで、苦しかった腹はずいぶんと楽になった。
「少し、歩いて減量をしなければいけませんわ」
「レオノーレ様はお痩せになっているので、減量する必要はないと思いますが……」
レオノーレは天井を仰ぎ、考え込む。
もう、ディートヘルムの婚約者でないのだから、美しくある必要はないのだと。
「それも、そうですわね。しかし、運動は健康によいので」
「でしたら、敷地内をご案内いたしましょうか? 畑や温室の他にも、いろいろ施設があるんですよ」
そういえば、牛舎や乳製品の工房があると猫耳の給仕が話していた。どんなものか、興味がある。
「でしたら、案内していただけます?」
「はい!」
外は寒いので、毛皮の帽子とコート、マフが用意された。ネネは寒さに強いようなので、エプロンドレスのままで行くようだ。
「ネネ、本当に、その恰好で大丈夫ですの?」
「はい、ご心配なく! 私が生まれた村は雪深い土地で、ここの冬は春くらいの暖かさなんですよ」
「そうですのね」
離宮の敷地は広いので、覚悟するようにと言われた。
まず、離宮を出てすぐある山小屋風の建物は、意外な食べ物を専門的に作る工房だった。
「なんだと思いますか?」
「意外な食べ物……?」
厨房とは別にする必要がある、となれば特殊な工程を経て完成するものなのだろう。
「ネネ、ヒントは?」
「甘い物です」
「甘い物……」
甘い物の調理過程など、まったくわからない。だから、当てずっぽうで言ってみた。
「蜂蜜工房?」
「ああ、惜しいです。ここは、飴工房なのですよ」
「飴!?」
その昔、飴の材料となる砂糖は大変貴重で、それをたっぷり使って作る飴は高貴さの象徴として王族や貴族の中で愛されていたらしい。
「今ではそこそこ普及していますが、それでも、庶民にとっては贅沢なお菓子なんですよ」
「そうですのね」
現在でも、週に一度飴が作られているらしい。ディートハルトの好物なのだとか。
「ディートハルトは、飴が大好きですの?」
「はい」
案外、可愛らしい面もあるものだ。内心そう思ったが、ネネの次なる一言によって消し飛んだ。
「口に含んだ瞬間、ガリガリ砕いて食べるのがお好きみたいです」
「なんて食べ方をなさっているの……」
ここで主に作られているのは、蜂蜜を使った飴らしい。そのため、ネネは「惜しい」と言ったようだ。
今日は飴作りの日ではないらしい。中の見学だけさせてもらう。
内部はそこまで広くない。棚には、作り置きの飴が入った瓶が並べられている。ほんのりと、飴の甘い匂いが漂っていた。
調理台には、大きな魔石灯が置かれている。
「ネネ、あれはなんですの?」
「飴細工用のときに使う魔石灯です」
なんでも、さまざまな花や動物を作る芸術的な飴も作られているらしい。食後の甘味の飾りにしているのだという。
「飴はすぐに固まってしまうので、魔石灯で熱を当てながら、加工するようですよ」
「なるほど」
飴作りにも、興味がある。時間ができたら、今度は製作しているところを見学したい。
「ネネ、次に行きましょう」
「はい」
離宮をくるりと回った先にある建物は、洗濯舎。かつて、多くの寵姫が暮らしていた時代は、朝から晩まで洗濯が行われていたらしい。
「一日中、大釜でシーツを煮込んでいたので、中は蒸し暑かったらしいです」
「どうして、シーツを煮込んでいましたの?」
「汚れは、水で洗うよりも煮込んだほうが取れやすいのです。黄ばみ、汗染み、黒カビもきれいさっぱり落としてくれるのですよ」
「そうだったのですね」
洗濯にも、挑戦してみたい。やりたいことが、どんどん増えていく。
他にも、使用人の宿舎に牛舎、鶏舎に乳製品の工房、蜂蜜小屋に畑、野菜の保存庫、温室、薬工房、香水館、野菜畑にぶどう畑、花畑、養蜂園など、離宮の中にはさまざまな施設があった。
「これらの施設を、たった三十人で回しているなんて、大丈夫ですの? お休みは、きちんと取っているのでしょうね?」
「ご心配なさらないでください。みんな、体力も力もありますので」
「頼もしいですわ」
「ええ、そうなんです」
午前中だけで、ずいぶん歩いた。午後からは野菜の収穫をネネが教えてくれるという。そんな話をしていたのだが、狐獣人のヴィリが慌てた様子で駆けてきた。
「レオノーレ様、しばしよろしいでしょうか~~!」
「ヴィリ、どうかされて?」
「あの、あの、王宮から、早馬がやってきたのですが、ご主人様が、荒れて手が付けられない状況になっているそうです」
「なんですって!?」
レオノーレが離宮でのほほんと過ごしている間に、王宮のほうではとんでもない状況となっていたようだ。
現状、荒れたディートハルトをなだめられるのはレオノーレしかいない。
すぐに身支度を調えて、馬車で王宮へと向かった。




