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第二十話 塔の図書室

 春になり、中庭の雪も解けるとあちこちに白い花が咲き始めた。

 ナディシャールと呼ばれる花は、ミサキの世界のシロツメクサという花に似ているらしい。


 一面の白い花畑が出来上がり、ミサキを中庭に連れ出した際に白い花を見たミサキの様子が一変したのを感じた。以前のミサキに戻ったことにほっとすると同時に、仄暗い感情が残念だと囁く。


 髪を結うこともリボンを綺麗に結ぶこともミサキを世話することで覚えた。娯楽の一つが無くなってしまうことに寂しさを感じつつ、全身で頼られることで歪んだ喜びを感じていたことをはっきりと自覚した。


 ミサキは竜が去った日からの記憶をおぼろげにしか覚えていないらしい。人は精神的な打撃を受けると記憶を消去したり改ざんすることがある。ミサキも詳細を忘れることで精神を護っているのだろう。残念に思う気持ちと、それでいいと思う気持ちが両立している。


 ただ、時折私が世話していた記憶を断片的に取り戻すようで、何でもない日常の場面で突然顔を赤くする姿は堪らなく可愛い。


 共に温室の世話をし草花の世話をする中で、徐々にミサキの笑顔が増えていく。遠慮がちな微笑みが、笑い声をあげるようにもなってきた。


 ミサキから初めて頬にキスを受けた日、嬉しさで心が震えた。無理に奪う喜びよりも与えられた喜びは数倍心地いい。羞恥に潤む黒い瞳が劣情を掻き立てるが抑え込む。


 ミサキの心が私を求めるまで、ゆっくりと待つことに心を決めた。

 この閉じた(せかい)の中、時間はいくらでもある。


     ■


 塔の温室へと向かう途中、エゼルバルドが途中の扉に興味を示した。

「ここは何の部屋なんだ?」

「図書室。ライトゥーナの人たちが残した本がある筈よ」

 鍵は掛かっていなかったと思っていたのに、エゼルバルドには開くことができなかった。私が試してみると簡単に開く。


「城の図書室より本が多いな」

 エゼルバルドが驚いた顔が可愛く思えて笑ってしまった。壁面や棚にびっしりと揃った本は、確かに数が多い。


「内部の本を見てもいいか?」

「ここはこの城の物でしょう? 私に許可を求めなくてもいいと思うわ」

 図書室の扉を閉めて階段をさらに昇っていく。


 久しぶりに訪れた温室は少し荒れてはいたものの、抉れていた筈の地面は整えられていて焼け焦げた花は全て消えていた。


「ミサキが眠っている間に、俺とジェイクが整えた」

「ありがとうございます」

「言葉も良いが、唇に小さな褒美をくれないか」

 からかうような言葉に顔が赤くなるのは止められなかった。何度も深い口づけをしたのに、キスを要求されると恥ずかしい。咄嗟に首に抱き着いて頬に軽いキスをするのが精一杯だった。


「ミサキ!」

 私をそのまま抱きしめて、エゼルバルドが楽し気にくるりと回った。

「体力が回復したら、また踊ろう!」

「……今度はちゃんと教えて下さい」

 恥ずかしさを隠して告げるとエゼルバルドが笑い出して、私を強く抱きしめた。



 ジェイクが時々、私の前に姿を見せるようになった。以前のような接触はなく、気まずそうな笑顔が遠い。


 ジェイクは母親を人質にされて私を外に連れ出そうとしていたらしい。母親が死んでジェイクが告白したので、エゼルバルドは懺悔と忠誠を受け入れた。


 塔の図書室で本を探すことが増えていて、ライトゥーナの文字で書かれた本の中には、軽く読める物語が豊富に揃っていた。どこか日本の雰囲気を漂わせる物語は、とても面白い。エゼルバルドも読むことに挑戦してはいるけれど、なかなか進んでいない。


「ミサキ、この文章を読んで頂けませんか?」

 久しぶりに近づいてきたジェイクが一冊の本の一文を示した。彼らには難しいライトゥーナ語でも私に付与された意思疎通の能力で簡単に読めてしまう。


「『春の音は二界に右から一。夏の空は一界に左から三。秋の実りは四界に右から二。冬の氷は五界に左から六』・・・これは何ですか?」

 ライトゥーナ語は縦書きだ。短い文が装飾的に頁の中を踊っている。


「おそらく詩集か何かのようです。少しは読めるようになってきたのですが、全く分からない単語も多いので。……では、こちらは?」

 そう言ってジェイクはもう一冊の一文を指し示した。こちらはびっしりと文字が書かれている。さっと見て意味を拾うと儀式か何かの手順のようだった。


「『祭壇は女神に捧げる祈りの場。常に清浄に保つべし』ですね。これは?」


「おそらくライトゥーナの巫女が行う年中儀式を解説した本のようです。異世界に関する儀式がないか探しています。……ありがとうございます。参考になりました」


 本を閉じたジェイクが、私の頭に伸ばし掛けた手を止めた。

 寂しげな笑顔に、私は罪悪感を覚えた。

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