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リーシェは、以前、魔王の住まう城の手前でサイクロプス種の巨将バルバルディアと戦闘になった経験がある。
バルバルディアは4メートルほどの巨体の上、重戦士のような分厚い鎧を纏っていた。
初見でリーシェは思わず「…常識的に敵う相手ではないですよね」と呟いてしまったと記憶している。
それほど大きな呟きではなかった。しかし、一人の青年の耳には届いていたようだ。
「ほう。新興国家アスカの若き神速の剣姫とよばれたリーシェともあろう者に倒せない敵がいるのか…。貴女はその程度でアスカの代表としてここにいるのか?違うだろ?貴女に倒せない敵など、僕は知らない」
青年の名を神聖ファルエルグ王国の英雄ジャスティ・アルネノーツ。
国家選抜パーティのリーダーを担う青年の言葉に、リーシェは愛刀『神刀桜花乱舞』を強く握り、バルバルディアへ切りかかった。
「そう。私はバルバルディアを倒したんだ。よく見てリーシェ、目の前の敵はバルバルディアより大き……バルバルディアより大きいわね?」
考えてみれば、国家選抜パーティの手厚いサポートがあったし、『神刀桜花乱舞』という心強い相棒がいた。
今のリーシェの現状を比較すれば…巨将バルバルディアより大きい敵、応援しかできない二人の少女、剣どころか、なんの武器も持ってない。
「…常識的に敵う相手ではないですよね」
今回は、その呟きに応える人物はいなかった。
「リーシェちゃんなら、余裕じゃけぇ!自分を信じるんじゃ!!」
いた!
声の主は目にも止まらぬスピードで、『莉朱』との距離を詰める。
そう、声の主は皆城ともり。
いや、歴戦の勇者サンアクアだった。
近づくサンアクアに『莉朱』は数多の火の玉を解き放つ。
「堕天使は!人の!負の感情を!取り出して!形に!したもんなんじゃ!!」
丁寧に、適格に、サンアクアは迫りくる火の玉に水を纏った拳をぶつける。
バババババババババッ!!
あまりの速さに火の玉の爆発音が繋がっていき、一つの旋律のような鮮やかさを見せる。
「堕天使を!倒しても!莉朱ちゃんには!悪い!影響は!無いから!安心して!戦ってええけぇ!」
「じゃあ、莉朱さんは!!??」
「どこか!で!気を失って!おるはずじゃあ!!」
サンアクアが踏み込んだ先に火の玉が降り注ぐ。刹那、迎撃から瞬時に回避へと移行。サンアクアへの火の霰を連続したバック転で回避していく。
当然、3メートルまで迫った間合いは10メートル前後まで開く。
『…サンアクア!貴女はいつも!眩しすぎるのよっ!』
堕天使の前に炎の玉が生まれる。そこへ一気に火の玉を投げつけていく。
生まれたのは直径3メートルはあろうかという炎の玉。
圧倒的な熱量に、さすがのサンアクアも額に汗がにじむ。
「……莉朱ちゃん、それは違う。違うんじゃ。眩しく見えたんは、わしじゃねぇけぇ。莉朱ちゃんの輝きを、わしは模しただけじゃ。わしが、眩しい思うたんなら、莉朱ちゃんが眩しいっちゅうことじゃけぇ…」
叫ぶサンアクアに容赦なく球体の灼熱地獄が解き放たれる。