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その得も言われぬ感覚が突如リーシェのいた空間を一気に染めた。
ソファーに座り、サンアンジェとしての戦い方の参考として見せられていた『ふたりの美少女が黒いコスチュームと白いコスチュームに変身して戦うアニメ』が静止、空気の流れが止まる感じ。
同じ部屋で一緒に見ていたフェルといのりが、慌てて立ち上がる。
「ごめんね、リーシェちゃん、もう初陣みたい」
「私たちもサポートとして行こう」
サンアンジェになることをリーシェは了承した覚えはない。しかし、強制ではないにしろ、今のリーシェには選択肢など存在するようには思えなかった。
「わかりました」
憮然とした表情を隠そうともせず、リーシェは立ち上がる。
「近い!グラウンドかも!」
フェルがすぐさま位置を確認する。
決して足は早くないフェルの背後にピッタリとついて走るリーシェ。その横をいのりが走る。
「…安曇さんと、ともりさんは!?」
「この空間は、サンアンジェしか認識できないの。私もフェルちゃんも変身こそはできないけど、元サンアンジェ。安曇さんは、サンアンジェではないから、おそらく背景の一部に成り下がってると思う」
成り下がるって…とリーシェは聞き流せない言葉があったが、あえて問う気にはなれなかった。
「ともりちゃんは、勉強してると思う。あの子は基本的にギターを触っているか勉強をしているか、だから。早く来れればいいのだけれど」
階段を駆け上がり、重い扉を開ける。
初めて浴びる異世界の日光は、アスカの日光より優しく感じた。
時が止まっているのもあるのであろうが。
裏門に近いところに出てきた三人は、だれもいない校舎の横を走り抜ける。
「……リーシェ、これを!」
後ろを見ていないのに、フェルはリーシェに光る板を投げる。
「そのスマホに、自分の姿を映して」
受け取った『スマホ』を覗き込むと、そこには見慣れぬ衣装を纏ったリーシェがいた。
「サンアンジェ起動、フォームチェンジと叫んで」
フェルの言葉通りに、スマホを覗き込みながら「サンアンジェ起動!フォームチェンジ!!」とリーシェは叫ぶ。
なんかダサいぞ、と内心思いながらも、リーシェに拒否する勇気はなかった。
羞恥心の篭った言葉に、スマホが反応。眩く光を灯す。
瞬時、リーシェの着ていた服が光る花びらに変わる。リーシェが自分の体を見下ろせば、裸以外何物でもないのだが、リーシェ以外から見れば、光る花びらに包まれているだけにしか見えないだろう。
その光る花びらは胸、腰、腕、足、そして、頭に張り付いていく。
光から解き放たれたリーシェは、スマホに映っていた衣装を纏ったリーシェだった。
「サンブルーメ!参る!」
脳裏を過った言葉を口にするリーシェ。変身の言葉、全裸、変身後の言葉。すでにリーシェの羞恥心は限界である。
「サンブルーメってどういう意味なの!?」
「私はわからないな」
「私もわからないわ、ごめんなさい」
何語!?
ツッコミを入れる前に、5メートルほどの淡く光る人影がリーシェの網膜に映った。
その人影は、羽をはやしており…ポニーテールを三つ編みにした特徴的な髪の毛が揺れていた。
「まさか!」
フェルが驚きの声を上げる。
「…莉朱……っ!」
一目でわかる。あれば莉朱だ。
リーシェは力強く地面を蹴った。
50メートルはあった『莉朱』との距離は一気に縮まる。
「莉朱さんっっ!!」
『うるさいっ!!』
莉朱とは思えない声と言葉に、リーシェが一瞬たじろぐ。
『私が一番、上手く戦える!』
そんなリーシェに巨大な拳が振り下ろされる。
「くっ!」
舞い散る花びらがリーシェと拳の間に盾を形成。
が、破壊!
「あっ!」
リーシェは地面に叩きつけられる。
霧散した花びらが宙を舞う。
「…大きいのに早いって…」
すぐさま立ち上がり、土まみれの口元を拭う。
「確かに、痛みはない。でも、全くないわけじゃない。スピードは…もしかしたら、莉朱さんのほうが上…」
頭上の莉朱の顔を見上げる。
その表情は、苦悶。
莉朱自身、リーシェと戦いたいわけじゃない…。
でも、反撃をすれば、莉朱に影響はないのだろうか。
攻めあぐねるリーシェに再び拳が振り下ろされる。
そのスピードにリーシェは拳を睨む。右手を虚空に振り上げれば、数多の花びらが宙を舞う。
一気に収縮し形成される花びらの盾。
リーシェはさらに左手を振り上げ、舞う花びらを更に盾に纏わせる。
ガガガッ!
激しい音と共に拳が盾を散らせる。
否、今回は盾が莉朱の拳を通さない。
「やっぱり!圧縮すれば、強度がっ!?」
最後まで言い切る前に、莉朱の巨大な右足がリーシェの左脇腹を襲う。盾に集中していたリーシェの細い体に、巨大な足がめり込み、こらえきれず校舎へと吹き飛ばされる。
その威力は凄まじく、リーシェは校舎に大の字で張り付き、その無残な姿を晒した。
「……つっ」
どうすればいい!?
どうすればいい!?
冷静になれ、リーシェ。
そう言い聞かせるが、リーシェは次の一手を踏み出せずにいた。