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翌日。
まだ肌寒い3月の空気は一週間後の4月の訪れを拒絶してるように思えた。
春休み真っただ中の聖エテカリーテ女学院の職員室で頭を抱える女性がいた。
彼女の名前は、アレリア・シュタインベルク。ドイツ系アメリカ人の24歳。学園長から4月から中等部2年生B組の担任となることを告げられている。担任を持つのはまだ早いだろうと高をくくっていた分、不安のような嬉しいようなよくわからない心理に苛まれている。
そんな彼女が目を落としているのは、一枚の紙。
一人の生徒の本年度の成績が記されている。
その生徒の名を皆城ともり。
神童とよばれる彼女の成績には、ほとんど非の打ち所がない。座学も、運動も、音楽も完璧にそつなく熟す。
だが。
1年生の時100点だった英語が、なぜか3月には70点まで成績を落としていた。
ともりの英語の担任は、何を隠そうアレリアである。
「ご当地アイドルの活動が影響してるんじゃないかしら?」
ともりが加入しているご当地アイドルは、楽器演奏もできるご当地アイドルとして売り出しており、市内のイベントには必ず呼ばれる。
有名なロックミュージシャンの出身地である影響か、県民はロックが好きな傾向にある。アレリアの出身地であるニュージャージー州にもロックの殿堂入りを果たしたロックバンドがおり、アレリア自身ロック好きで、ともりの所属するご当地アイドルも琴線に触れるモノがある。
それ故に、成績不振でアイドル活動に影響を及ぼすことは、アレリアの望むところではない。
ともりには、乾いたスポンジが水を吸うような知識の吸収には目を見張る。
やればできるはずなんだ。
「…でも、英語だけ成績が落ちてるのは、違和感がある」
そりゃアレリアは新任の教師。完璧な授業だったかと言われると『はい』とはいい切れない。
しかし、ちゃんとノルマは果たしているとは思う。授業だって笑顔がこぼれる楽しい授業を心がけていたつもりだ。
わからない。
彼女だけなのだ。露骨に成績が下がっているのは。
何か心に闇を抱えているのだろうか?
「…いやぁ、そんな感じはなかったよね、この前会った時には」
直接、ともりに聞けばいいのだが…。
頭の良いわりに、勉強以外では頭が回転しているとは思えないともりに聞けば。
「わし、成績落ちてるんじゃ?なんでじゃろうなぁ?」
言う!絶対言う!ともりなら言う!!
妙な納得をして、その紙をデスクの引き出しにしまう。
「はぁ、一人で悩んでもどうしようもないかな」
アレリアは『一人で』という自分の言葉に、スマホの待ち受け画面にしている『とある貴公子』の姿が浮かぶ。
その貴公子とは…白い仮面の貴公子、安曇翔真。
「きゃーきゃーきゃー」
アレリア、顔はいいのに男の趣味は最悪なご様子。
なんとも言えない空気を払うかのように、職員室を後にする。
「…アイドル活動が原因でなければ…あちらの影響……?」
職員室のある三階の廊下から、グラウンドを見下ろせば、走り込みをしている鷲羽莉朱の姿。
「……心の闇、発見ね。いま、楽にしてあげるからね」
アレリアは三階の廊下の窓に足をかけ、宙へ体を躍らせる。
いや、空を舞うのはアレリアではない。
毘沙門天アリシアである。