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常識的に考えてみてほしい。
いきなり異世界に飛ばされ、見ず知らずの部屋、見ず知らずの5人の人間。
ただでさえ、それが現実なのか夢なのかも把握できない状況で、5人はリーシェに対し、なんら説明を行うことすらせず、不安に苛まれる少女を放置し、何やら推考し始める。
リーシェが5人に不信な視線を送るのは道理とも言えた。
新興国家アスカのアドルド・アグレット上級大将の娘として生まれたリーシェ。唯一の兄弟である兄を魔王軍に殺され、魔王を倒すためだけに腕を磨き、各国合同部隊に参加。仲間たちの死を乗り越え、魔王の城に足を踏み入れた一行。熾烈になっていく魔王軍の攻撃。更なる被害を被りながらも辿り着いた玉座の間。そこはもぬけの殻で、居たのは魔王軍の大将軍アデルバッハ。アデルバッハは語る。
「魔王様は二年前から行方知れずだ。きっと私が魔王様のおねしょを怒ったら、スネて家出をしたのかもしれない」
愕然とした感情はリーシェの立つ気力を奪い、膝が地面に触れた。
そんな矢先だ。
突然、光に包まれ、この異世界に辿りついたのは。
「……おねしょで家出をした魔王……」
リーシェは口にしてみる。
そして、今までの血がにじむような努力、死んでいった兄や仲間たちの記憶が蘇る。
結論。
「……なんだろ、もうどうでも良くなってきた」
そう呟くリーシェの姿を5人は『可哀そうに…突然の異世界召喚に対しなげやりになってる』と勘違いさせた。
おねしょして部下に怒られて家出するような『へちょい』魔王に対し、感情をどう持っていけばいいのかと困惑しているだけなのだが。
「えっと…すまないな。私は安曇翔真。リーシェさん、とりあえず私たちを信用してほしい」
「……無理よ、そんな気色悪い仮面を被っている人なんて信用できるはずないじゃない。きっと他の4人も信用なんてしていないはずよ」
「えっ!?」
リーシェの言葉に翔真は4人の顔を見る。呼応して4人の上下していた首がピタッと停止する。
「……ほら、みんな信用しているぞ」
「あなたの目は節穴…?」
変な仮面は翔真、とリーシェは復唱する。5人の中での年長者は彼だ。異世界人という立場から見れば、胡散臭いことこの上ないし、二人きりになると襲ってくるのではないかと危惧させるが、悪いことができるタイプではなさそうだ。
「おぉ、異世界の人ってでぇれぇかわええのぉ!私は皆城ともり。年齢は13歳!仲良
ぉしようじゃ!」
「……私、あなたの言葉がわからない」
「ええ!?」
まるでお姫様のような清楚可憐な容姿。ふわふわな髪は指を伸ばしたくなるような魅力があり、甘い香りが鼻腔をくすぐる。リーシェは自分の容姿に自信があったわけではないが、この子『ともり』には敵わないと思わせる、その姿は可憐さが具現化したもの。言葉は通じないけど。
「私は皆城いのり、ともりの姉で14歳。ごめんなさい、こちらの手違いで…」
「…え?手違いなの?」
「手違いというか、私たちではどうしようもできないというか…本当にごめんなさい」
深々と頭を下げるいのりに対し、リーシェの印象は悪くない。ともりのような華やかさはないが、いのりも充分に気品を漂わせる美しい容姿だった。ストレートの長い髪は、まるで清流が織りなす滝のよう。姉妹揃っての白い肌は白磁の如く艶やかさを醸し出す。
「あたしは鷲羽莉朱。14歳。莉朱とリーシェ、似てるね。リーシェの世界の話、聞かせてよ」
「…魔王がおねしょで逃避行です…」
「え?魔王が?おねしょ?え??」
頭頂部で結った長い髪をゆったりとした三つ編みで纏めたリーシェの知らない奇抜な髪型。猫のような少し吊り気味の大きな瞳は、姉妹のような近寄りがたい雰囲気はなく、人懐っこい笑顔がリーシェの警戒心を少し和らげた。
「私はフェル。よろしく、リーシェ」
「え、あ、よろしく」
白い。白が人の姿を形作っているように思えた。白く長い髪、白い肌、薄いエメラルドグリーンの瞳。白いワンピース。本当に生きているのか、人形ではないのか、そんな疑問が心をざわつかせる。
「リーシェ・アグレット、だね。歳は…12歳でいいか。誕生日とか、わかるか?」
変態仮面が…仮面の男がリーシェに疑問を投げかける。
「えーっと、共通歴ではアデルハイド3日。アスカ歴では12月3日です」
「戸籍を準備する。これはあくまで非常時の対応だ。皆はマネしないように」
「しないから、早く総理大臣に電話しなよ」
莉朱に冷たくあしらわれ、不満げなオーラを放ちながら、スマホに手を伸ばす。
「…私は、これからどうすればいいの?」
リーシェの言葉にフェルが反応する。
「ここにある宝石はセフィロトクリスタルという。この宝石を狙う敵と戦って貰いたい」
「この世界に軍隊は存在しないの?」
「できれば秘密裏に処理したい。敵も彼らと戦う私たちもオーバーテクノロジー…人類の手に余る技術を有しているの」
「…ということは、この宝石も?」
「トップシークレットね。私たちの存在を知っているのは総理大臣、副総理、与党幹事長の三人だけ」
フェルの言った人物が誰かはわからないが、権力を持った人物なのだろう。
「…野党の背後にどの国がいるかわからないからな…政権を維持していって貰いたいものだが…ふむ、私としたことがボヤいてしまった」
「で、どうやって戦えばいいの?」
フェルがリーシェを頭から足先まで眺めて…
「重くない?そのプレートメイル」
「これは、対衝撃処置を施した樹脂に対魔法コーティングをしたもので、軽いよ」
手慣れた様子でプレートメイルを脱ぎ、フェルに手渡す。
か細く筋肉の有無に疑問を抱かせるフェルの両手に重厚な光が灯る鎧が抱かれる。
「ほお。軽い。あと……汗臭い…」
「に、においをかぐなーっ!!遠征中にお風呂に入れるわけないでしょ」
「…ともり、バスルームを案内してやってくれ」
「リーシェちゃん、お風呂場はこっちにあるけぇ、一緒に行くで」
リーシェの右手を強引に手を取り、ともりとリーシェは扉を出て行った。
静寂が訪れた中、四人は顔を見合わせた。