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日本のとある県の、とある市。駅裏に広がる聖エテカリーテ女学院の本校舎の地下。
女学院では中々見かけない男性の姿がそこにあった。
身長は176、細いシルエットを感じさせるが、まるでボクサーのような締まった筋肉が赤いスーツの中に隠れている。何よりも特徴的なのは…。
口以外を覆い隠した白色の仮面だろう。
無機質な部屋は学校の教室ほどの広さがあり、仮面の男の後方にボーリングの玉ほどの虹色に輝くクリスタル、それに寄り添うように座る『色のない』少女。
そして男の正面には、三人の少女がソファーに座っていた。
「ごきげんよう。あの『広目天』を倒したそうだね」
よく通る男の声に三人は眉間に皺を寄せた。
「どうした嬉しくないのか?」
「いやぁ、ジョルジュ倒したのはええんじゃけど、新しい敵が出てきおって…」
サンアクアこと、皆城ともりが疑問に応える。
「まぁ、広目天を名乗っている以上、持国天、多聞天、増長天がいるだろうとは思っていたけどね…」
男は仮面から露出している顎に右手の人差し指を充てる。
「あの女の子は、確か毘沙門天と名乗ってたけぇ」
ともりの言葉に固まり、スマホをゴソゴソといじる。
「多聞天のことだね、毘沙門天というのは」
「いま、スマホで調べたな…」
サンフレイムこと鷲羽莉朱が小さく突っ込む。
「確実な情報のためだよ」
「案外、間違っていることもあるので、気を付けてくださいね」
少し心配する空気を帯びるサンガストこと皆城いのり。ともりの一つ上の姉である。
この四人に任せると話が進まないな、とクリスタルの横に座る少女は思う。
「あともう一つ、悪い知らせがあるけぇ。聞いてくれるじゃろ、安曇さん、フェルちゃん」
「ともり、私を安曇と呼んではダメだ。なんのために仮面をかぶっていると思っているんだ。私が時の総理大臣、安曇慎太郎の孫である安曇翔真だとバレてしまう」
総理大臣、安曇慎太郎、孫、安曇翔真の個所を大きくはっきりと主張する。
「……これだから、自己主張の強い三次元の男は……」
そう呟き、莉朱が深いため息をつく。
「まぁ、お約束はええけぇ。わしはええんじゃけど、莉朱ちゃんといのりちゃんが、変身出来なくなってしもうたんじゃ」
ともりの言葉に、翔真とフェルの表情が変わる。
「なんだと…!?」
「本当なの?莉朱、いのり、こっちに来て」
素直にフェルの元に近づいた莉朱といのり。
正直、ここまで近くに来たのは半年前に『アーク』にパワーアップして貰った時以来だ。
フェルは「失礼」と言って、両手でそれぞれの左胸を鷲掴みする。
「わかってても…」
「いやな感じだね…」
眉間に皺を寄せている二人を他所に、フェルは瞼を伏せて何かを探るような表情を浮かべる。悲嘆に満ちた表情を浮かべるいのりと莉朱と相まって滑稽な絵面だな、とともりは思う。
「う~ん。マナが無くなったわけではないわね。ただ回復するスピードが恐ろしく落ちてる」
フェルの言葉にいち早く反応したのはともりだった。
「恋すると変身する力が落ちるって言ってたじゃろ、最初に!恋しとるんじゃ、莉朱ちゃんもいのりちゃんも!!」
「いや、恋に恋する年齢から、人に恋する年齢になるくらいには、マナが減ると言ったけど…」
フェルは、明確な数字を提示するよりいいだろうと思ってチョイスした言葉が、ともりにとってはそのままの意味と受け取られたことに自分の配慮のなさを嘆いた。
(ともりは、勉強はできるんだが…深く物事を考えない…単純なヤツだったな…)
「…そうか、相手は俺だろう…俺はなんて罪作りなんだ…」
「…これだから、男は…」
安曇の言葉に、二人揃ってため息をつく。
「とりあえず、私たちが恋をしているのは本当」
「だけど、恋した時期は少し遡る。だから、恋したら変身できなくなるわけじゃないね」
ふたりの言葉に、ともりは『そっかぁ』と頷くしかなかった。
「じゃあ、相手は誰なんじゃ?」
ともりは小さく小首を傾げる。
「…な、名前は言えないけど、年下で、いつも一緒にして、ほうげ…」
「わしじゃろ」
「ともりだな」
「ともりだよね?」
真っ赤になるいのりを放置し、莉朱に視線が移る。
「あたしの好きな人はいつもあたしを見ていてくれるの、液晶画面越しに」
「アニメキャラじゃろ」
「アニメキャラだな」
「アニメキャラよね?」
自分にしか興味のない安曇、ナルシストのジョルジュ。
この二人のせいで、彼女たちから男性への興味を打ち砕いたのだ。
当然といえば、当然なのかもしれないな、とフェルは哀れみの瞳を二人に送る。
「……確かにこのままでは変身もままならない。今、私ができることは…」
フェルは、一旦言葉を切り、二人を見つめた。
「今残っている二人の力をともりに移して、ともりを『パワー』に進化させる」
「それは、私たちが変身できなくなるということ?」
「いや、違う。マナは回復してはいる。だが、次に変身できるまで時間がかかるということだね」
「一体どれくらいの時間が必要なの?」
莉朱の言葉にフェルは小さく首を振る。
「私にはわからない。それに私はそうセフィロトクリスタルに働きかけるだけで、最終判断はセフィロトクリスタルということになる」
まるで返事をするようにセフィロトクリスタルは虹色の輝きを強めた。
「…私は、いいです。ともりちゃんを強化してください」
「……わかった。あたしもそれを受け入れる」
二人の言葉にフェルは頷いた。
不安に満ちたともりの表情に二人は笑顔で応えた。
「私たちは大丈夫」
「一緒に戦ってあげなくてごめんね」
「いのりちゃん、莉朱ちゃん、わし、わしぃ…」
ともりの頬は涙に濡れた。
軽口を叩く安曇の口は真一文字に結ばれ、事の深刻さを如実に表していた。
いのり、莉朱にクリスタルに触れるよう指示すると、クリスタルは呼応する。
二人が恐る恐るクリスタルに首を伸ばした刹那。
光が地下室を満たした。