1
ここは、日常の世界を複製した空間。
空気の動きも澱み、不快感を覚える。太陽の光も霞む薄暗い空間。
静寂の似合う空間には、そぐわない爆音が鳴り響く。
爆炎の中から転がる人影は4つ。
一人は男。20歳前後の青年の服は散り散りで既に全裸に近い半裸。露出した皮膚は煤けて黒く染まっている。
男の反対側へと吹き飛ばされた3人は、年端もいかぬ少女たち。纏ったアイドルのようなドレスは汚れてこそいるが、解れや破れた個所は見当たらない。
以後、露出狂と少女たちと称させていただく。
「いや、それ、なんか嫌なので、ちゃんと名前でお願いします」
ウェーブしたふんわり空気を含んだ長い青い髪の少女が、呼称を却下した。
三人の少女。
彼女たちは、サンアンジェと呼ばれる愛の戦士である。
ピンクの髪をウォーターフォールに纏めた少女。サンアクア。
先ほどの青い髪の少女。サンガスト。
金髪の長い髪をシンメトリーに揃えた少女。サンフレイム。
その三人に相対するは『広目天』ジョルジュ。
セフィロトクリスタルと呼ばれる不思議な宝石を守るサンアンジェに対し、ジョルジュはそのクリルタルを欲していた。
長い闘いだった。
それが今、終止符が打たれようとしていた。
「さすが、サンアンジェと言うべきか…よくぞここまで成長した!」
起き上がるとわかる巻き癖のある赤毛の美青年であるが。
その身に纏うのは辛うじて股間を隠した布一枚のみ。
滑稽以外、何物でもない。
息絶え絶えに立ち上がるサンアンジェは、その様子を気にする素振りはない。
「また…脱げとるじゃろ…」
サンアクアが肩を落とす。
そう、彼は戦闘が終わる頃には必ず全裸になるのだ。
最初でこそ目を背けもしたが、さすがに53回も戦えば慣れてくるというものだろう。
「さぁ、君たちの成長を僕の体で感じさせてくれ」
ジョルジュのダメージは、サンアンジェより重いのは明白だ。
そんな状況であるにも関わらず、恍惚とした表情を浮かべサンアンジェに近づく姿は、畏怖というより…。
「うわ、なんかキモい。超キモい」
サンフレイムの言葉に、ジョルジュは満面の笑顔で応える。
「来ないなら、僕から行かせてもらうが…」
ゆっくりと、伸ばす右の拳に風が集まっていく。
その風に股間の布も揺らめきだす。
「わし、もう、無理じゃけぇ…最後の力を変態さんにぶつけるけぇのぉ!」
「いや、私も無理です!」
「もちろん、あたしも」
集まる風をかき消すように、三人に光が集まっていく。
それは眩く、ジョルジュも思わず目を細める。
ジョルジュがサンアンジェと初めて戦ったのは、一年前。あの時の危なげで、儚げな少女たちは、もうそこにはいなかった。
「光よ!エンドレスサンシャインセレナーデ!!」
三人が纏った光がまっすぐにジョルジュを飲み込む。
「…よくぞここまで!!僕は嬉しいぞ!!!」
光に掻き消えるジョルジュは、やはり恍惚とした表情であった。
無。
そう思わせる威力だった。
闇に溶けた光の後に残されたのは、既に全裸と化したジョルジュと力なく横たわるサンアンジェの三人の少女たちであった。
意識すら溶けたような四人。
そんな中、辛うじて消えゆく意識を手繰り寄せた少女がいた。
「……ジョ…ルジュ……」
サンアクアは、虚ろな視線でジョルジュを探す。
あれだけ倒しても倒して起き上がる『敵』だ。もしかしたら、起き上がるのではないか。
そんな危惧が彼女に意識を持たせたのである。
(ゴキブリみたいな奴じゃけぇ…)
まるで聖女のような可憐さを持つサンアクアだが、方言も相まって品がない。
必死で起き上がろうとするも、上半身を持ち上げるのが限界である。
なんとか、アクアはジョルジュを見つけた。
アクアと同じくらいの齢の少女に抱えられたジョルジュの姿を。
「くっ……われは、誰じゃあ…」
「私は、『毘沙門天』アリシア。このへんた…広目天は預からせてもらおう」
味方にも変態と思われているようだ。
銀髪の少女は、氷のような冷たい表情をアクアに向けた。
「…うっわ、お尻触った…あとで除菌して除菌して除菌しとこう」
冷たい表情はジョルジュのお尻によるものらしい。
「その変態をどうするつもりじゃあ!?」
「こちらも、それほど戦力がないの。変態だけど、回収させてもらうわ。それとも、私と戦いたい?」
立ちたくても立てない。アクアは静かにツバを飲む。
「…ワレみたいな奴は他におるんじゃろ?」
「私やジョルジュが属すのが四天王ね」
「…もしかして変態さんが一番弱いっちゅーことはないじゃろ?」
「いえ、みんな同じくらいね」
アクアは小さく安堵の息を吐く。
「…実際に試してみる?私の強さ」
アリシアがオーラを纏うのを見た。そのオーラは酷く冷たく、触れれば凍ってしまうのではないかと、思わせるほどであった。
勝てない。
万全の状態の三人なら、なんとか抗えるかもしれない。
しかし、半死半生のアクア一人で勝てる希望など持てるはずもなかった。
「そこまでだよ」
アリシアとアクアの間に降り立つ一人の少女が現れた。
漆黒の長い髪は闇よりなお暗く、吸い込まれるような錯覚を与える。アクアより少し年下だろうか。幼い顔立ちではあるが、凛としたイメージを与える。何よりも目を引くのは右目が赤く、左目が青いオッドアイであろう。日本人らしい顔立ちにミステリアスさを帯びさせた。
「まずは自己紹介をさせていただこう。ボクはサンシエル。ボクの本気はちょっとばかり痛いよ、毘沙門天」
「…君らは、フランス語か、英語か、ドイツ語か、統一したほうがいいんじゃないか?」
「ご忠告ありがとう!だが、断る!」
断るんだ…
「…サンアンジェが4人いたとは、ね」
「ボクも四天王だとは知らなかったよ」
「いや、日本人なら知っておこうよ!日本人であることに誇りを持とう!仏教の四方を守る四天王を!広目天を検索すれば、関連用語で出てくると思うよ、四天王も、毘沙門天も!」
「……そういえば、毘沙門天の化身と言われた上杉謙信って、女だったのかな?」
「私に言われても知らないよ!毘沙門天そのものじゃないもの!」
「…なんじゃ、ばったもんじゃぁ」
「ボソッと岡山弁で発言するの止めてもらえる!?」
「ちゃんと謝ったら止めるけぇ」
「ごめんなさい!じゃないわよ、なんで私が謝らないといけないの!?」
もう、しゃべるのもしんでぇのぉ、と、アクアは重力に抗うのを止め、頭を持ちあげる力もなかった。
と、思ったらもう一度頭を上げた。
「サンシエルさんが加わるとサンアンジェがヨンアンジェに変わる…?」
「サンは、フランス語で聖なるって意味でしょ?4人になっても変わらないわよ」
「そっかぁ、安心じゃあ」
毘沙門天の言葉に安堵し、頭を地面に擡げる。
「……場が白けたわね。私は『コレ』を連れて失礼させていただくわ」
「……次会った時には、覚悟しておくといいよ」
「楽しみにしておくわ」
毘沙門天の姿はゆっくりと、ゆっくりと闇に溶けた。
「…もう少し早く消えれない?」
「う、うるさいっっ!」
敵が失せた空間、振り返ると抜け殻になった三人に目をやり、サンシエルは少しの逡巡を始めた。
「どうしたものか…」
サンシエルは、三人を宙に浮かせると、複製空間から脱出を図った。