9話
「アルテミシア!今だ!」
「はい!」
おれの合図と同時にアルテミシアが後光を光らせる。
太陽かと見紛うほどに彼女の背後から降り注ぐ光の雨は、薄暗い森を瞬く間に照らした。
それと同時に、正面にいた数匹はいきなりの光に混乱し、更に、圧倒的な光量で目つぶしを食らう。
その隙におれたちは狼の間をすり抜け、一気に駆け抜けた。
「うまくいきましたね!」
嬉々とした顔で綻ぶ彼女。
本来の目的とはかなり違うような気がするが、彼女はそれでいいのだろうか。
まあ満足気な顔なので何も言わないことにしよう。
ひとまず、死地からは抜け出した。
だがまだ、第一関門を抜けただけだ。
問題はここから逃げきれるかどうか…。
獣どもを一度出し抜いたところで、おれたちの足と狼の足では、その速さは比べようもない。
とにかく今は、走るしかない。
「…おい、後光はもういいぞ」
「あ、はい」
彼女の背後から光が止むと同時に、急激に暗くなる辺りの森。
出口、森の終わりは、まだ依然として見えない。
この先どうする?
森を抜けるまで、あいつらと鬼ごっこを続けるのか?
それとも、戦うのか。
どちらも現実的じゃない。
こちらは地理がわかってないうえに、体力勝負では勝てるはずがない。
戦うにしても…、今の状況は勝ち目がない。
どうすれば…。
「ミノルさん…!」
そうこうしているうちに、背後から獣たちの足音が鳴り響く。
もう追いつかれてしまったようだ。
「アルテミシア、もう一度光だ!」
「は、はい!」
彼女は狼たちに向き直ると、これでもかと言わんばかりの光を浴びせる。
正面にいた数頭は直撃を食らったようで、こちらの方を直視できず硬直していた。
他の奴らは…?
まだいたはず。
どこに隠れている?
周囲に視線を送る。
その時、横の木陰から狼が飛び出してきたのが見えた。
まずい…!!
アルテミシアはまだ気づいていない。
咄嗟に体が動いた。
狼とアルテミシアの間に割って入る。
走馬灯のようにスローモーションで狼がとびかかって来るのがわかった。
大口を開けて、軽々とおれの背丈まで跳躍するそいつ。
剝き出した鋭い牙の一本一本さえ見てとれる。
おれは無意識に体を防ぐように腕を突き出し、吸い込まれるようにそいつはおれの腕にかぶりついた。
肉が削げるような感覚。焼けるような痛み。
必死に振り払うと、いくらかの肉を引きちぎってそいつは離れていった。
溢れ出す生温い血液。
腕を見るといくつか穴が開いたように抉られ、そこから血がとめどなく流れ出ていた。
「くそ………」
利き腕が無事ならまだマシか。
「いやぁ………ミノルさん………いや………!」
後ろを振り返ると、この世の終わりのような顔をして泣き出しそうな彼女。
「光を止めるな!!」
「………っ!」
「…止めたら二人とも死ぬぞ」
今にも崩れ落ちそうだったが、なんとか持ち直して涙目でこちらに頷いた。
「ミノルさん………」
「おれはまだ大丈夫だ」
不安げな彼女の瞳を見つめる。
片腕がやられただけだ。
まだ大丈夫。
「だがこの状況…ジリ貧だな」
狼も最初は光に戸惑っていたが、次第に慣れてきているようだ。
何頭かの狼は光を避けるような素振りを見せ、次の機会を窺っている。
後ろの方を囲まれると、正直キツイ。
何か突破口は…。
「ギャウンッ!」
途方に暮れていると、奥の方から狼の悲鳴が急に響いた―――。