8話
「ミノルさん………」
アルテミシアのか細い声が、すぐ傍で聞こえた。
不安げな声。
彼女を視界の端で捉えると、おれの右腕にぎゅっとしがみついていた。
「………」
辺りを見回してみる。
1、2、3、………。
両手では数え切れない数の狼が、おれたちを囲んでいた。
「…八方塞がりだな」
全方位で狼たちがおれたちに目を光らせている。
二匹ならまだしも、この数では………。
それに、彼女を守りながらでは、限界がある。
「…わたしたち、死ぬんでしょうか」
色の失せた声が隣から聞こえた。
「女神でも死ぬのは怖いのか?」
「当たり前です。死ぬといっても、肉体から魂が剝がれるだけですが…。あなたと同じようにちゃんと恐怖も痛みも感じるんです」と、彼女は弱々しく抗議する。
「…そうか、わるかった」
「別にいいですけど…、どうするんですか、この状況」
彼女は辺りを見渡す。
周りには十を超える野獣の群れ。
こちらは頼りない棒っきれを持った男と頼りない駄女神が二人…。
正に絶体絶命。
「…後で覚えておいてくださいよ」
隣から彼女が睨みをきかせていたが、それどころではない。
狼たちは少しづつこちらへ距離を詰めている。
いつこちらへ襲い掛かって来るとも分からない状況だ。
「何かいい案は…」
考えを巡らせてはみるものの、だめだ。
手持ちのカードが少なすぎる…。
少し途方に暮れて上を見上げた。
視界には鬱蒼と生い茂る木々が目に入る。
「………そうだ」
「ん、なんですか?」
「木の上に逃げよう」
「木の上…ですか?」
「ああ」
「………これ、登れますか?」
「おれは登れるけど」
すぐ傍にある、木を見上げる。
手を回して届くか届かないか位のいい太さだ。
手の届く距離に枝がなく、取っ掛かりはないが、まあ少し上に上がれば枝も生えているから大丈夫だろう。
「私、木に登ったことないですし、むりですよ」
「そうか…じゃあ短い付き合いだったが、ここでお別れだな………ぬおっ!?」
気にせず幹に手をかけようとすると、尋常じゃない力で襟を引っ張られた。
「いい加減にしてください」仁王像のような表情で憤慨する彼女。
「す、すまん…」
ふざけすぎたか。
本気で怒らせると怖いタイプだな、気を付けよう。
「ミ、ミノルさん!そろそろやばいです。もう、すぐそこまで来てます!」
気づけば、彼女の言う通り、もう目と鼻の先。
獣の荒い息遣いも聞こえて来る。
「グルルルルルルル………」
前方の一匹が威嚇するように唸り声をあげた。
悩んでいる時間はない。
「………逃げるぞ」
「でも、どうやって!」
「あれ使えるよな?”後光”だっけ?」
「あ、はい。使えますけど…」
「合図したら最大出力で出せるようにしておいてくれ」
「わかりました」
「失敗したらごめんな」
「その時は末代まで恨んであげます」
「女神がそんなこと言うか…」
「来ますよ!」
アルテミシアの声が響いたと同時に、狼が動き出した―――。