7話
「お、おい!待てって!」
「待ちません!放っておいてください!」
「そうはいってもな…」
なぜかおれは、訳も分からず走り出すアルテミシアの背中を追いかけていた。
ネックレスを取られるのがそんなに嫌だったのか?
だったらそう言ってくれればいいのに。
「ほら、これ、返すよ!悪かったって!冗談だから!」
おれは掴んでいたネックレスを前に掲げる。
それを彼女はチラッと振り返って見たが、プイっと前を向いてしまった。
違うのか…?
彼女からの反応は無く、むしろスピードが上がっているようにも思えた。
運動音痴だと勝手に認識していたが、なかなかどうして、逃げ足の速いやつ…。
だがその鬼ごっこも、唐突に終わりを迎える。
「うわ!おい、急に止まるなよ!」
脱兎のごとく走っていた彼女が急に止まったのだ。
おれの言葉に反応は無く、硬直している彼女に近づく。
「おい、どうしたんだよ一体…」
彼女の頭越しから、彼女の視線の先を覗く。
すると、ここからおよそ、20、30メーターほどの距離に、動く影が見えた。
………狼だ。しかも二匹。
こちらを警戒している様子。いきなり襲いかかってくる様子はなさそうだが…。
「厄介なことになったな…。おい、アルテミシア。大丈夫か?」
凍り付いたまま動かない彼女の表情を後ろから覗き見る。
「ミミミノルさん、やばいです。魔獣ですよ。私たち、絶体絶命です」
「一旦落ち着けって」
あわあわと慌てる彼女を必死になだめる。
「どどどうしましょう?私、こういうときどうしたらいいのか、教わってないんです。ミノルさん、なんとかしてください」
「こら、おれを盾にするんじゃない」
おれの後ろに回って前を窺う彼女。
なんとかしてといわれてもな…。
未だ狼はこちらの様子を見ている。
「逃げよう。触れぬが吉だ」
「そ、そうですね。見逃してくれればいいんですが…」
幸いにもまだ狼とは距離がある。
それに、襲われたとしても二匹なら………なんとかなるか?
まあやるしかない。
とりあえず足元にある手頃な棒っきれを拾う。
若干腐食が進んでいるが、これしかない。ないよりはマシだろう。
「驚かさないようにゆっくり逃げるぞ。絶対に背中は見せるなよ」
「は、はい」
野生動物には背中を見せてはいけないとのじいちゃんの教えだ。
生涯役に立つことはなかったが、まさかこんなことになるとは…。わからないもんだな。
「………ミノルさん」
「ん?あ、おい、背中向けるなって言ったろ」
「違うんです」
「違うって何が」
「わたしたち、囲まれてます―――」