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5話


「いつつ…」

 体に鈍い痛みを感じる。

 手を地面にあててみると、そこには土。

 その手でそのまま自分の体をまさぐってみる。

「………」

 どこも異常はない。5体満足だ。

 体を起こしてみると、そこは木や林が生い茂る森の中だった。

「…どうなってるんだ?」

 おかしい。

 来世に飛ばされて、生まれ変わるという話だったはず。

 が、未だ変わらない自分の慣れ親しんだ肉体と、一切を覚えている自分の記憶。

 まさか、本当は死んでなくて、夢オチなんてのはやめてくれよな…

「あなたは一度死にましたよ」

「え?」

 ごくごく最近聞き覚えのある声に後ろを振り返ると、ついさきほどおれを来世に飛ばしてくれたアルテミシアだった。

「なんでここに?って顔をしてますね」

「当たり前だろ。そもそも、なんでおれまだ生きてるんだよ」

「まあ落ち着いてください。順を追って説明しますから」

「はあ…」

「それは、つい先ほどのことでした―――」

「回想かよ…」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「ふう、初仕事にしては上出来ですかね」

 先ほどまで彼が立っていた場所を遠い目で見つめながら、ゆっくりと息をつく。

 何度か失敗はあったかもしれない。

 でもそれは初めてなのだから、しょうがないではないか。

 誰にでも失敗はある。

 そこから何を学び取るかが重要なのだと自分に言い聞かせて、仕事に戻ろうと後ろを振り返ったところ、

「きゃあ!」

 気配もなく佇んでいた人影に驚き、尻餅をついてしまった。

「あ、あなたは…」

「久しいな」

 顔を見上げると、そこには見覚えのある顔。

 肩まで伸びた銀髪にキリっとした瞳。

 アルテミシアの上司であり、師でもあるジャンヌであった。

「なぜここに…」

「ここに来てはいけない理由があるのか?」

「い、いえ!滅相もありません!」

 よくドジをやる自分にとって、彼女は苦手であった。

 今思えば自分のためを思ってこそだと理解はしているが、一緒にいると反射的に自分が何かしでかしてしまってはいないかと気が気ではなくなってしまうのだ。

「…初仕事はどうだ」

「はい、大変緊張しましたが、なんとか無事に終えたところです」

「そうか………これを見てくれ」

 そう言ってジャンヌが取り出したのは一つの水晶。

 そこには何か映像が映し出されているのがわかる。

「これは…」

 森の中だろうか。

 森の中で、男性が一人、横たわっているのが見える。

「…ん?」

 見覚えのある顔。

 ついさっきここに来た人間だ。

「彼が、何か…?」

「………気付かないか?」

「え…」

 わからない。おかしな点は見つからないが…。

 ジャンヌからの視線が痛い。

 何かしでかしてしまったのだろうか…。

「………一人立ちはまだ早かったようだな」

「え…そんな、待ってください!私、一生懸命やりました!そりゃぎこちなかったかもしれないですが、女神らしく振舞えるよう努力しましたし、彼のこともきちんと………あっ」

「…気付いたか」

「………はい」

「…”転生”と”転送”は違う。お前がやったのは”転送”だ。詠唱は些細な違いだが、その結果の差はあまりにも大きい。取り返しがつかないからこそ、重々気を付けよと言ったはずだが…」

「………申し訳、ありません」

「…してしまったことは、仕様がない。これもひとつの勉強だ」

「はい…」

「だが、仕事を任されている以上、責任は取らなければならない」

「…私にできることならなんでも致します」

「そう難しいことではない」

「………?」

「彼が今いる下界へと旅立ち、彼と生活を共にしなさい」

「え………む、むりですむりです!!」

「今なんでもやると言っただろう」

「それは…そうですが…」

「これは決定事項だ。お前にはまだ修行が必要との上の判断でもある」

「うう………」

「わけのわからん世界に飛ばされて、彼も困惑しているだろう。サポートしてやりなさい」

「………わかりました。あの、ちなみに期限は…?」

「期限は決まっていない。まあ、気長にやることだな」

「そんなあ………」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「…というわけなのです」

「…この、バカチンが!」

 ペシン!

「いたい!女神になんてことをするんですか!」

 頭を押さえながら涙目で抗議するアルテミシア。

「間違って人を異世界に飛ばすやつがいるか!この駄女神!」

「な…確かに間違った私が悪いですけど、そんな言い方って!それに駄女神はやめてください!」

 駄女神というのが癇に障ったらしく、ぷんぷんと起こる彼女。

 怒っている様子はなんともかわいらしいが、女神としての貫禄はゼロだ。

「お前…本当に女神なのか?」

 出会った当初から感じていた疑問。

 自分が抱いていた女神のイメージとのズレ。

 服装はまさに女神というような風貌だし、容姿も申し分なく可愛らしいのだが…

「当たり前じゃないですか。この私を女神と呼ばずして何と呼びますか?」

「ドヤ顔でポーズを決めるのはいいんだが、いまいち信憑性に欠けるんだよなあ…証明できる何かないのか?」

「失礼な人ですね、これでもれっきとした女神なんですが…。いいでしょう、そこまで言うなら見せてあげます」

「いよ、待ってました」

 彼女はおもむろに両手を目の前で組むと、両目をつむった。

 段々と彼女の後ろから差し込む光。

「おお…」

 これだけ見れば、確かに女神っぽい感じはするが…。

「我が子よ…聞こえますか…」

 いきなりエコーのかかった女性の良い声。

 脳に直接響いてくるような感じ。

 最初に出会った時に聞こえた時と同じ声だ。

 普段の話し声と違って無駄に良い声なのは、何か細工があるのだろうか。

「無駄に、とか言わないでください」

「その声でいきなり話しかけるんじゃない」

 彼女は口を閉じると、ゆっくりと息を吐いた。

 段々と後光が止み、彼女の瞳がこちらを見つめる。

「…どうですか。誰がどう見ても女神でしょう」

「へ?いや、それはもう見たんだって。もっとなんかこう…雨を降らせたりとか、人を生き返らせたりとか…」

「む…そんなことできるわけないじゃないですか。女神なら”後光”と”女神エコー”ができれば充分です」

 ふんすと息を漏らし、一歩も譲らない彼女。

 あの声、女神エコーって言うんだな…。

「あとは、頭の中を覗けることぐらいか…」

「”心理眼”です。変態みたいに言わないでください」

「それ、”心理眼”は日常生活では禁止な。プライバシー尊重」

「…努力します」

 こいつ、また絶対覗くだろうな…。気を付けよう。

「あと、他にはもうないのか?」

「あるにはありますけど…ここでは使えません。女神の力を使いすぎると、この世界に干渉しすぎてしまいますし、上の人に怒られちゃいます。あとは、”転生”や”転送”も天界限定の力なので使えませんし…」

 結局できることは光ることとエコーをかけるぐらいか…。

 人間でないことは確かだが。

「…わかった。お前を女神と認めよう、アルテミシア」

「…なんか投げやりになってませんか?まあ誰が何と言おうが私は女神ですけど」

 少し不満げな様子だが、もう女神だろうがなんだろうがどうでもいい。

 一番重要なのはこれから先どうするか、だ。

 ここは一体どこなのか。

 元いた地球と同じ世界なのか。

 一人ぶつぶつと思案に耽っていると、

「…そういえば、あなたの名前聞いてませんでした」

 ふと、ポツリとアルテミシアが呟く。

「言ってなかったか?」

「聞いてませんよ。あなたからは自己紹介されてません」

 そうだったか。そういえばそうだな。

「一応、これから共に生活するのですから…」

「え、それマジなの?」

「そんな嫌な顔しないでください。私の方がいやです!」

「マジか…」

 こんな駄女神とふたりで、果たして生きていけるのだろうか…。

「…なんか失礼なこと考えてませんか?」

「いいえ」

「…はあ、まあいいですけど」

 ため息を一つ吐くと、真っ直ぐな瞳で彼女はこちらを見つめた。

「一応、責任は私にありますので、それなりに頑張りますから、あなたも覚悟を決めてください」

「なんだか言葉の端々が気になるが…」

 こうなれば、乗り掛かった舟だ。

 おれは彼女に向かって手を差し出した。

「おれは、ミノル。よろしくな」

 彼女も手を差し出し、握手が交わされる。

 二人の長い旅が、今始まったのだった。


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