4話
「そんな………あいつが、なんで………」
「詳しいことは言えませんが、じきにあの子もこの場所に来るはずです」
「会えるのか?!」
思わず大声がでていた。
彼女は一瞬目を見開いて驚いた表情を見せたが、
「…落ち着いてください。残念ながら、それはできません」と淡々とした声でおれをなだめた。
「死んだ者同士がこの場で会うのは禁じられているのです。あなたがここを離れ、旅立たなければ、あの子はここには入ってこられません」
「………?」
「…順を追って説明しますから、座ってください」
「…」
もやもやした気持ちを抱えながら、おれは腰を下ろした。
「まず、ここは、この場所はなんだと思いますか?」
「この場所………天国じゃないのか?」
「違います」
ピシャリと言い放つ彼女。
「ここは、言うなれば、現世で死んだ者が生まれ変わる場所です」
「生まれ変わる場所………」
「そう、所謂輪廻転生の中継地点といったところでしょうか」
「輪廻転生…なんか聞いたことある」
じいちゃんがそういうの詳しくて、延々と聞かされたっけな…
もう何を言っていたかは思い出せないが。
「そうですか、ちなみにあなたは今57回目の人生ですよ」
「ながっ!!!」
「前世はカマキリだったみたいですね」
「人間以外も有りかよ………来世はどうなるんだ?」
「それは言えません。もしかしたらゴキブ〇かもしれませんね」
悪戯っぽい笑みで笑う彼女。
へえ、笑ったらやっぱり可愛いんだな…
「お、おだててもムダです!!来世は変わりませんから!」
「何も言ってないんだが…」
「ふ、ふん!まあいいです。話を続けます」
「ああ」
「ここで、今のあなたとはおさらばして来世へと向かいます。今までの記憶や、知識や経験も全てゼロの状態で、新たな世界へ旅立つのです」
「へえ…また赤ん坊になって生まれ変わるわけだな」
「はい。何になるかは、生まれ変わってからのお楽しみです」
「全然楽しみではないけどな」
「あなたと一緒にいたあの子も、もちろんここに来て次の来世へと向かいます。ただ、同じ時代に、同じ場所で生まれたとしても、きっとわからないでしょう。お互いに記憶を失くしていますから…。稀に前世の記憶を持つ個体が生まれることもありますが、それは例外です」
「まあ…そうだよな」
「…心中お察しします」
「いいよ、気遣わなくても」と言いかけて、口を閉じた。
彼女が真剣な表情でこちらを見つめていたからだ。
彼女の真摯な態度になんだか気圧され、
「…ありがとう」と素直に伝えた。
「いいえ、話を戻しますね」
「ああ」
「生まれ変わるにあたって、あなたに私から加護を一つだけ授けます」
「加護?」
「ええ、そうです。おまじないみたいなものでしょうか」
「それがあると何があるんだ?」
「来世であなたにとっていいことが起こります」
「唐突にアバウトだな…」
「私にはそうとしか言えません。加護の効果は、あなたの心の奥深くの願いや後悔に沿って創られます。どんな加護を受けられるかは、あなたしか知り得ないのです。まあ悪いことにはなりませんから安心してください」
「そうか…それならいいけど」
あなたしか知り得ないって言ってもな…。
生きている間は欲もなかったし、何か後悔があるわけでもないし…。
夢ややりたいことも特になかったしな…。
「いわゆる、悟り世代というやつですね…」
「うるさいわ」
「来世では頑張ってくださいね」
「お、おう…素直に応援されると調子狂うな」
「別に他意はありませんから勘違いしないでください」
「はいはい」
むすっとした顔も今では可愛く見える。
もし生きている間にこんなやつに出会えてたら、俺の人生も違ったのかもな…。
「…では加護を授けますが、準備はよろしいですか?」
「ああ」
「加護を受けると同時に、あなたはここを旅立ち、次の世界へ向かいます。何かあるなら今のうちですが…」
「…おれの飼っていた犬とは、もう会えないんだよな」
「………はい」
「そうか…わかった。最後に、一つだけいいかな」
「なんでしょうか」
「君の、名前は?」
「名前ですか…。私の名前は、アルテミシアです」
「アルテミシア…短い間だったけれど、ありがとう」
「いいえ、こちらこそ、ありがとうございました」
「…」
「では、いきますね」
「ああ」
彼女が目をつむると同時に、後ろから差す後光が強さを増し、その暖かな陽光が自分の身体を包んでいくのを感じる。
段々と意識が遠のき、視界は真っ白に包まれた。
「どうか…お元気で…」
彼女の最後の声を聞いたところで、おれの意識は飛んだ。