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09.Hospital Dead

 意外な組み合わせだった。

 淀達は、俺の家に遊びに来たことがある。

 その時はあいさつ程度しか交わしていなかったようだが、いつの間に一緒に病院へ来るような間柄になったのか。

「……お兄い? どうして、病院なんかに?」

「それはこっちのセリフだ。どうして、淀達といるんだよ? そんなに仲よかったのか?」

「……別に、待ち合わせしたわけじゃない」

「そうそう。こはるんとは、ここでたまたま会ったの。なんか、お友達のお見舞いにきたんだって、偉いねー」

「……どうも」

 淀が抱きつこうとするが、するりと躱して俺の背後へ逃げる。

 やっぱり、中学生が高校生相手となると緊張するようだった。

 いや、違うか?

 俺の服の裾をつかみながら、淀の大きな胸にやたら視線がいっていて、チッ、とか舌打ちしているから、単に胸の大きな女性を嫌っているだけな様な気がするが。

「それで、そこの三人は?」

「私の妹のお見舞いだ。事故で入院していてな。私がみんなに今日は妹の見舞いに行くと言ったら、ついてきてくれたんだ」

「みんなって、光明は?」

「……あいつは他校の女子とボウリングらしい。――薄情な奴だ」

「へぇ。朱雀もついてきてほしいって言われたんじゃないのか?」

「まあ、な。でも、あんまり知らない人と遊ぶのが苦手だから、こっちにした」

「どっちも相変わらずだな」

 合コンじみた遊びを頻繁にしている光明も光明だが、そんな絶好の機会をにべもなく断る朱雀も平常運転だ。朱雀が行けば、絶対にちやほやされるだろうに、友達との遊びを優先するあたり、女よりも男に惚れられそうだ。

「私的にはこっちに来てくれる方が嬉しかったかな? だって男子がいると、荷物持ちしてくれるからいいよねー、ねっ、アケチー」

「いや、そういうわけではないが……」

 委員長は否定しているけど、お見舞いらしきフルーツ詰め合わせを持っているのは朱雀だった。

「……こっちはこっちで大変そうだな」

「まあ、いつものことだから別に……」

 男子同士で慰め合おうとしていると、淀が空気を読まずに爆弾を放り投げてくる。

「――ってかさー、なんで二人とも一緒なの? 二人で逃げるようにどこかへ行ったから、デートでも行っていたのかと思ったよ」

 一番乗りで怒りを爆発させたのは、小春だった。

「デッ、って。お、おにい様? どういうことなのか教えて欲しいのでございまするよ」

「そうだな。私もそれが知りたいよ。教えてくれるよな、西野。貴様、一体どういうつもりでデートなんぞしているんだ。私達の誘いを断ってそんな不埒な行いをするなんて、答え次第じゃ今後一切お前にノートは貸してやらないぞ」

 誘われていませんけど!? 記憶が混乱するぐらい動揺している委員長と、妙な敬語を使う小春がジリジリと追いつめてくる。二人の詰問から逃げられそうもない。こうなったらお手上げだ。別に隠すようなことでもないので、本当のことを言おう。


「いや、そのー、実は明智花音っていう女の子のお見舞いに来たんだよね」


 シン、と病院全体が沈黙に支配された。

 あれ? 俺なんか変なこと言ったか?

「賢人兄、いま、なんて?」

「いや、だから、明智花音のお見舞いにって……」

「それ、私の友達なんだけど?」

「えっ?」

「ちなみに、私の妹でもあるな」

「ええええええええ?」

 明智、という苗字にひっかかりを覚えていたが、そこまで意識していなかった。まさか委員長の実の妹だったなんて……いや、それどころの話じゃない。


「――まさか。ここにいる全員が、明智花音に会いに来たのか?」


 偶然……として片づけるにはできすぎている。

 もしもこれが必然の邂逅だとしたら?

 俺達がここに来た理由は一つ。明智花音と近しい関係にある奴が、吸血鬼の第一容疑者であると。――つまり、ここにいる俺の知り合いの中に、魔王の幹部である吸血鬼がいる可能性が高い、ということだ。

 疑いたくない。それなのに、築き上げてきた平穏が足元から崩れていくような気がした。そして、その崩壊は既に始まっていた。

「――え?」

 受付をしていた看護師さんの人が、近くにいた朱雀に手を伸ばす。

 受付に不備でもあったのか、それとも大声で立ち話をしていたから、注意するためのものか。看護師は声を張り上げようとするためか、口を大きく開ける。そして、


 朱雀の首に、尖った牙で噛みついた。


 ブシュッと血が流れる。全てがスローモーションで流れる。

 ゆっくりと朱雀が倒れると、死んだように動かなくなる。

「き、きゃあああああああっ!」

 淀が悲鳴を上げる。

 だが、その前に俺と湯田が同時に動いていた。俺は、噛まれてしまった朱雀へと駆けつけ、湯田は逃げ道の確保のために出入り口へと走った。

「『赤壁せきへき』」

 ブワッ!! と、津波のように火が廊下を走る。

 それは壁となって、床から天井まで舐めつくす。

 隙間などないその炎の壁を生み出したのは、さきほどの看護師。

 出入り口は固められてしまった。

「さすがに逃がしてくれませんか……。西野さん! 今すぐ、その人から離れてください! その人は既に感染しています! すぐに吸血鬼の眷属になりますよ!」

「くそっ――やっぱり、吸血鬼の眷属か、こいつ……!」

 吸血鬼の眷属が人間の血を吸うと、吸われた人間はさらに眷属になる。

 それを繰り返して雪だるま式に増え続ける吸血鬼の軍隊は厄介だ。

 それを、この平和な日本で再び目にすることになるとは思わなかった。

 物陰から、大勢の吸血鬼の眷属が姿を現す。

 感染していたのは受付の看護師だけじゃないようで、子どもからお年寄りまで、男も女も関係なく、それに患者や医者まで、あらゆる人間が操り人形となっている。数は、二十、いや、三十以上いる。それらがのろのろとした動きで俺達を包囲しようとしていた。

「ぞろぞろと、ゾンビかよっ……」

「この病院そのものが既に吸血鬼の手に落ちていると思っていいですね。今から会う人全ての人間を敵だと思って行動してください!」

 吸血鬼が眷属を生み出すためには、対象者に噛みつかなければならない。

 手順があるから、一瞬でこれほどの軍勢を生み出すことはできない。つまり、既に準備を済ませ、ここで待ち伏せをしていたということだ。

 つまり、敵の方が一枚上手だったということ。

 俺達のように探りを入れてくる相手に対して、対抗策を既に練っていた。――だが、いくらなんでも人数が多すぎる。この人数を一気に操るのは、遠くからじゃ不可能だ。眷属達の親玉は恐らくすぐ近くにいる。……考えたくない。考えたくはないが……もっといえば、ここにいる俺の知り合いの中にいる可能性がかなり高い。

 湯田は、その裏切りに気をつけろと言外に言っているのだ。

 咄嗟に、よく頭が回るものだ。

 眷属に噛まれた朱雀を元に戻す方法は、気絶させるか、親玉を叩くのが手っ取り早い方法。

 それなのに、俺は不用意に近づいて介抱しようとしていた。もしかしたら、将棋のように敵に吸収されてしまうかもしれなかった。湯田はすぐに最善の一手を実行していたというのに。未練などないが、これじゃあ、元賢者の名前が泣くというものだ。

「ね、ねえ、どうしたの? 青田? ねえ、青田? 嘘、でしょ? 死んでないよね?」

 淀は腰が抜けたようにへたりこんでいる。普段は強がっているが、やはりこういう時は平和な世界の住人の反応をしている。厳しいようだが、今は一分一秒の時間も惜しい。

「立て! 淀。逃げるぞ!」

「どういうこと? ねえ? 意味が分からないんだけど。腕、そんなに引っ張らないでよ! 青田は? 青田はここに置いていくの?」

「それは――」

「嫌だよっ! だって、私達、友達じゃない! 見捨てるわけにはいかないでしょ!」

「淀…………」

 淀みたいな一般人にとって、俺達は異常に見えるかもしれない。

 淀の足は震えていた。明らかに現実とはかけ離れた事態になっているというのに、友達を救いたいという想いで踏みとどまろうとしていた。

 それは、とても尊いもので。

 持とうと思っても持てない、平和な世界に生まれた人間としての綺麗な心。だけど、そんなもの敵には何の情も抱かせることはなかった。淀の背後に、眷属となって瞳の色が変わった朱雀が大きく口を開いていた。

「なっ――」

 淀に噛みつくつもりだ。俺は手を伸ばして、淀を突き飛ばそうとした。

「避けろ、 淀!」

「違う! それは、罠ですっ!」

 湯田の忠告によって、腕を引き戻すことができた。

 ガチンッ! と俺の死角から他の眷属が歯をかみ合わせる。もう少しで腕から血を吸われるところだった。俺は眷属とならずにすんだ。だけど――

「あっ、ぐっ!」

 俺の無事の代償として、淀が眷属になってしまった。

 首筋を朱雀に噛まれている。まただ。また、巻き込んでしまった。夏純姉も関係ないのに傷つけてしまった。もう、これ以上犠牲を出させない。

「友人を救おうとするのは立派だけど、それで誰も救えませんでしたじゃすまないですよ、西野さん!」

「わかっている! 小春、委員長! 俺の後ろにいろ! もしも俺の言うことが聴けないのなら、気絶させてどこかに隠すしかない! 相手に取り込まれる前にな!」

 俺と湯田が噛まれてしまったら、完全に終わってしまう。俺達だけじゃなく、多くの犠牲がずっと続いてしまう。落ち込むのは、全てが解決した後でいくらでもできる。

 だけど、自分の失敗を取り返せるのは今しかない。

「お、お兄い? こ、これって?」

「西野の妹、早く行くぞっ!」

「ちょ、ちょっと!!」

 委員長が小春の手を引く。

「ここにいても私達は足手まといだ! 逃げればいいんだな? 西野! お前の言うことを、私は信じるぞ!」

「……ああ!」

 一番冷静なのは委員長なのかもしれない。今の委員長だったら、妹を任せられる。

「グアアアアアアアッ!!」

 眷属達が襲い掛かってくる。

「ふんっ!」

 強化した腕でぶん殴っていく。とにかく、道をつくるんだ。ここを突破しなければならないが、どんどん眷属の数が増えていっている。この病院にいる全ての人間が既に吸血鬼の手におちているという推測は、あながち違っていないかも知れない。

 俺じゃ、既に出来上がっている眷属の包囲網を崩せない。

 だが、湯田が天井と床を柔らかくして、アメーバみたいに眷属を捉える。

 捉えた後は、スキルを解除して本来の硬度に戻す。簡易な牢獄の完成だ。あれなら、タフで複数いる眷属達を封じることができる。

「西野さん、あなたも二人と一緒に行ってください!!」

「おい、まさか、一人で相手するつもりか? この人数を?」

「そのまさかですよ」

「待て! お前じゃ……」

「あなたに、あの二人と戦う覚悟があるんですか?」

「それは……あるに決まっているだろ!」

 そう叫びながらも、躊躇ってしまう。

 夏純姉と戦えたのは、自らの力に覚醒した興奮状態にあったからだ。

 今は冷静になってしまっているが故に、逆に戦いづらい。

 一瞬のためらいが、この乱戦になると命取りだ。

 相手は集団。しかも、少しでも俺に噛むことができればあちらが勝利確定なのだ。足を止めたり、握りこぶしをひっこめたりすれば、即座に敗北することもありえる。

 冷徹になりきれない俺は、こんなところにいても足手まといかもしれない。

「私じゃなきゃ、戦えないのなら、私が戦います。あなたは今、守れるものを守ってください。それに、私のことを心配なんてしなくていいですよ。だって、私は屋内での戦闘でこそ、スキルの真価を発揮できるんですから」

 床から無数の巨大な腕が生やすとと、それらは眷属達に向かって殴りにかかった。

「なっ!」

 強い。

 今のところ眷属達は徒手空拳で襲い掛かるものばかりで、スキルを使えるものなど一人、二人ぐらいなもの。統率もろくにとれていない烏合の衆など、湯田にとって敵ではないかもしれない。

「死ぬなよ」

「そっちこそ、死なないでくださいよ。賢者であるあなたがいなくなったら、吸血鬼を止められる人がいなくなるんですから」

 湯田のことを信頼して踵を返す。

「委員長、妹さんの病室は!?」

 この様子だと、もう委員長の妹も眷属となっているかもしれない。

 それでも情報が欲しい。少ない可能性にかけてみたい。明智花音だったら、吸血鬼の正体に気がついているかもしれない。

 こんな大人数の眷属を配置しているのは、探りに入った者を排除するだけじゃないはずだ。明智花音が重要人物だからこそ、なのかもしれない。だから俺達は向かわなければならない。彼女の病室へ。

「2、209号室だけど!? ちょ、ちょっと!?」

「お兄い!?」

 委員長と小春の腕をつかむと走る。

 それを阻止しようとする眷属。両腕が使えないが、俺は足を止めなかった。――何故なら、湯田が造った腕で薙ぎ払ってくれたから。

「湯田、先に209号室で待っているぞ!」


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