05.To Be Continued
俺の世界は平和を取り戻した。
気絶から覚醒して初めに思ったことは、あれ、全部夢だったのか? ってこと。
だって、俺と夏純姉に怪我はまったくなく、そして、壊れたはずの壁は修復されていた。破れた服や、焦げた床とか、昨日の戦闘の痕跡なんて何一つなかった。
唯一おかしいことといえば、俺と、夏純姉が玄関前で倒れていたことぐらいだった。夏純姉は昨日の記憶がまるでないらしい。
昨日の出来事を知っているのは俺と、そして起きたらいつの間にかいなくなっていた、あの佐藤だけだったらしい。
あいつは、何者だったのだろうか。
きっと、あいつがこの後始末をしてくれたのだろう。
あれから、あいつは俺の前に一度も現れていない。
もしかしたら、もう二度と会うこともないかもしれない。
俺のことを知っていたから、きっと異世界――ジェドレンの関係者であることは確かだが、まあ、そんなこともうどうだっていいことだ。
今は、家族のことでいっぱいいっぱいなのだから。
「本当に大丈夫なのか?」
「うん! 大丈夫だって、賢人クン。昨日はぐっすり寝たし、熱だって昨日の内に下がったんだから!」
夏純姉は風邪をひいていたわけではなく、一種の興奮状態にあっただけのようだ。起きたら熱なんてまったくなかった。どうやら、吸血鬼の眷属だった時の後遺症もなにもないようだった。
「ありがとう!」
「……なにが?」
「私、賢人クンに助けられた気がするんだ」
「……なんだよそれ。わけわからないな」
それだけ言ってもらえただけで、命を張って救った甲斐があった。
どれだけ操られても、心の奥の大切なものを改竄することはできないんだ。
これで、迷いは完全に晴れた。
俺はもう、二度と同じ失敗を繰り返さない。
前世の話をしよう。
今まで言えなかったことを、全部話してみよう。
昨日は長時間ぶっ倒れていて時間がなかったし、今日は今日でまだ登下校中。周りには人がいるし、慌ただしい朝、しっかりと話ができると思えない。やっぱり、放課後だ。家に帰ってからじっくりと昔話をしよう。
古臭くて、カビの生えた英雄譚。
勇者一行が仲間を引き連れて、魔王軍を討伐する異世界ファンタジー。マグマの洞窟や、氷でできた遺跡、海中都市などの冒険には心躍った。
結末だけは見届けることはできなかったけど、最後には魔王を倒してハッピーエンド。そんな話をしよう。
嘘だとか冗談だとか夢だとか。
そんな風に笑われるかもしれないけど、それでもいい。苦労話を笑い話にできるのが、きっと、家族ってものだと思うから。
「夏純姉……」
「どうしたの?」
「今日、帰ったら大切な話があるんだ……」
「えっ? プロポーズ?」
「違うっ! そして、なんでそんな露骨に落ち込んでんの? 本気でそんなこと俺がするとでも思ってんの?」
せっかくアンニュイな空気醸し出しているのに、全部台なしだろっ!!
「いてっ! なにすんだよ」
いきなり、小春に足を踏まれた。思い切り体重をかけて、しかも踵でぐりぐりって押し付けるあたり、かなり憎しみこもってる。
何か怒らせるようなことしたか? 全然、覚えがないなんだけど?
「べつに」
べつに? っていう割にはいら立ちを隠さず睨んでくるのはなんでなんだ。わけがわからない。
「……ったく、なんで今日は一緒に登校しようと思ったんだよ。いつもは一人で朝早く登校するのに」
「昨日、私が賢人クンのこと、家で一日中独り占めしていたから嫉妬しているんだよねー」
「ち、違うっ! 全然違うからね!」
「はいはい、分かってる、分かってる」
「分かってない!! 賢人兄は全然分かってないっ!!」
「……ええ……」
情緒不安定過ぎるだろ。男女の違いか、それとも年齢の違いか?
俺は今十六歳で、前世の記憶の二十年分を引き継いでいる。
精神年齢は三十六歳でアラフォーということになるから、このぐらいの年齢の不安定さがいまいち理解できない。子どもっぽい。まあ、子どもの感情を理解できない俺も、立派な子どもか。前世の記憶も全て憶えているわけじゃないしな……。
「じゃあね、夏純姉、賢人兄」
「うん、じゃあね」
「――おう」
小春は駆けだして、角を曲がってもう見えない。
そもそもなんでこんなところまでついてきているのか。あいつの通っている中学とは方向が微妙に違う。遠回りになっているんじゃないのか?
そこまでしてあいつがやったことって、俺を怒鳴って、足を踏んだことぐらいなんだけど……。まあ、あいつにも、そして四季さんにも前世の記憶について語りたい。俺の日常は帰ってきたのだ。何の障がいもなく、俺は今日家に帰って、みんなと話し合うことができるはずなんだ。
今の俺は、そう信じていた。
たとえ、それが決して叶うことがない願いだったとしても。