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03.嘘つき達の騙し合い

 妹の理不尽な朝の洗礼は厳しかった。俺の話をちゃんと聴いてもらえず、何故か説教モード。なんとか説明して宥めたのだが、気がつけばかなり時間が経っていた。朝は色々と忙しい。小春達は学校の支度をするために部屋から出て行った。

 俺も急いで制服に着替えて階段を下りて、そして朝ご飯。

 四季さんの作りたてである料理を、みんなで協力して配膳し終えて食べ始めた。

 どれだけ忙しくても、なるべく一緒に食事を食べるという決まりがこの家にはあった。

 遅寝があまりできないのが不満の種ではあるが、やはりみんなでする食事はおいしいものだ。

 料理のうまい四季さんのご飯は箸が進む。俺の母親も料理上手な方だったが、四季さんも相当に上手い。しかし、箸を焼き魚から海苔をのせたご飯へと移動させようとした矢先、いきなり話しかけられて手が止まってしまう。

「もみじ、ついているわよ」

 四季さんにいきなり、秋の紅葉の訪れを指摘された。肩やらを視線をやっても、もみじななんかついていなかった。そもそも今は春だ。この季節にもみじなんかついているわけがない。

「え? どこ?」

「ふふっ、ほっぺたよ」

「あっ、そうですか……」

 時期外れのもみじかと思いきや、妹に引っ叩かれた赤い跡だった。嬉しそうに笑っている四季さんもかなり天然っぽい。そして、Hカップな豊満な胸をしている。性格やら胸の大きさやら、菩薩のような顔の見た目まで夏純姉にそっくりだ。

 西野四季にしの しき

 彼女は、夏純姉と小春の実の母親だ。

 ご近所さんからは、たまに三姉妹と間違われるぐらいに若くて綺麗。

 だからこそ目線に困る。

 四季さんは狙っているのか狙っていないのかは分からないが、身体の輪郭がはっきり分かる服を着ている。隙がありすぎて変な男に引っかかりそうだが、意外にしっかりしているつかみどころがない人だ。

「……普通、辞書を投げた後にとどめにひっぱたくか?」

「だから、ごめんって言ってるでしょ! お兄だって、鼻の下伸ばしてたくせに! お姉の胸だって揉んだんでしょ!? 信じられない! そんなに大きな胸が好きなの?」

「まあまあ」

 ほっぺに手を当てながら困ったように呟くが、四季さんはケンカを止めようとしない。こんな風に言い合いになるのは日常茶飯事だったりする。

「……私は別に、悪くなかったけど……。あのまま二人きりにして欲しかったな……。だって、いつも部屋にひきこもってばかりで、私達家族の相手なんて賢人クンからしてくれたことなんて数える程度しか……」

「お、お姉は黙ってて!」

 話題がどんどんズレていって収拾がつかなくなった。

 だけど、


「――そろそろ、落ち着きなさい。食事中は喧嘩しちゃだめよ」


 ピシッ、と空気が凍ったような音がした。

 怒鳴ったわけでもないのに、めちゃくちゃ恐い。父親よりも、この家では母親の地位が高いのだ。誰も逆らえない。

「はーい……」

 いきなり噛みつく虎のような小春が、まるで借りてきた猫のように大人しくなってしまう。一瞬の沈黙によって、今まで聴こえなかったテレビの音が自然と耳に入ってきた。

『――次のニュースです。《現代に蘇る吸血鬼!? 謎の連続負傷事件》《連続ガス爆発。原因は社員の時間外労働!?》――』

 朝のニュースキャスターが、いつものように原稿を読み上げていく。これが世界の裏側だったら興味など持てないが、俺達の住んでいる逸話町での出来事ならば視線は自然と集まる。

「なんだか最近物騒になってきたわね」

「確かに、事件多いかも」

 四季さんと夏純姉がそれぞれの感想を言っていくが、俺は正直ピンときていない。

「吸血鬼って何の話?」

「知らないの? 賢人クン。最近通り魔がこの辺でうろついているんだって。しかも襲った人の首筋には牙で噛まれたような跡があって血液が抜かれているんだって! 恐いわよねー」

「へえ。そんなことあったのか」

 味噌汁をすすりながら熟考する。

 同一犯であると自ら証拠を残すってことは、目的は怨恨ではなく、承認欲求が強い犯人ってことか……。

 狂っていながら冷静である犯人を追いつめるのは大変だろうが、日本の警察は優秀だからすぐにつかまるはずだ。――相手が本物の吸血鬼でない限りは。

「じゃあ、お先に!」

「ちょっと、全然食べられてないじゃない!」

「だって、もう時間が」

「そんなんじゃ倒れるわよ。おにぎり作っておいたからお腹すいたら食べなさい」

「おっ、ありがと! 行ってきます!」

 小春が満足に食べられないことも想定して、おにぎりを作っておいたらしい。多分、小春が持っていかなかったら自分の昼ごはんになっていたのだろう。こういう細かな気遣いができるのが、四季さんなんだよなあ。

「今日も早いわね、また朝の掃除ボランティア?」

「ううん。朝練」

「小春って剣道部だよな? よく体育館借りられたな?」

「まあね。結構顧問の先生説得するのは大変だったけど、私って剣道の才能あるみたいだから期待されてるんだよね!」

「あら、それは良かったわね。でも、まだ中学三年生なんだから、気をつけなさいよ」

「大丈夫。顧問の先生も朝練観てくれるっていうし!」

 小春は歯磨きしながら、茶碗を水につけ始めた。

「別に洗わなくてもいいわよ。私がしとくから。それに、歯磨きしながら皿洗いなんて行儀が悪いわよ」

「すふぃません……」

 口元から溢そうになる歯磨き粉を押さえながら洗面器へと急ぐ。それから手早く歯磨きを終えると、鞄を持って手を振る。

「それじゃあ、行ってきます!」

「「「行ってらっしゃーい」」」

 小春が早いのはいつも通りだが、四季さんが珍しく席を立ちあがる。

「さて、と。私もそろそろ支度しとかないと」

「あれ? 今日って早番? 珍しい……」

「そうなのよ。新しく入った大学生のバイトの子が連絡なしで辞めちゃったのよね。また新しい子が決まるまではちょっと忙しくなるかもしれないけど、ちゃんと家事はやるから気にしないでね」

「あらら。やっぱり辞めちゃったんだ。話聴いている限りスーパーに向いてなさそうだったもんね。レジ打ちだけって言ってもコミュ力とか技術は多少いるだろうし……」

 四季さんが働いているスーパーは人手不足らしい。新しい人が入っても最近は長続きしないらしい。募集をかければ人は来るらしいが、長続きせずにすぐ辞めてしまうらしい。一番酷いエピソードは雨が降ったからバイト行きたくないですと、電話ではなく通知で送った新人とか。高校生や大学生ではなく、採用する年齢を上げてフリーターを雇った方がいいのかしら? と四季さんは先日柄にもなく愚痴っていた。

「父親が単身赴任中だからって、そんなにお金ないの? やっぱり、私、塾辞めてバイトした方がいい?」

「あっ、じゃあ俺も……」

「そうじゃないわよ。まったく、子どもは変に気を遣わなくていいんだから。夏純ちゃんは中学の時みたいに弓道やってもいいのよ?」

「ううん。弓道は才能なかったから。それに、今のバイト先楽しいから」

「もう。小春ちゃんにだって剣道部よりも道場に通った方がいいって言っているのに聴かないのよねー。とっても優しく育ってくれて嬉しいんだけど、もう少し甘えてもいいのよ? 私達は家族なんだから」

 家族、か。

 今いちピンとこないな。それに、四季さんがスーパーのパートをしているのは俺のせいだ。俺を養うために、四季さんは働きに出ているのだ。それが、たまらなく辛い。

「……それよりも夏純。あなた、ちょっとこっち来なさい」

「え? なに?」

 四季さんが手招きすると、おもむろに額に手を当てる。

「……やっぱり、熱があるじゃない。どうして黙っていたの? 今日は休みなさい」

「えっ、でも」

「でもじゃない! 風邪はひき始めの対応が肝心なんだから。しかも、かなり熱があるじゃない。38度近くあるんじゃない? 看病はできないけど、しっかり休むのよ。学校には連絡しておくから」

 俺は全然気がつかなかった。言われてみれば確かに顔が赤い。気がつけなかったのはきっと、家族の情が薄いからだろうな。

「ん?」

 夏純姉に、服の裾をつかまれる。もじもじと何やら言いたそうだ。なに、この可愛い生き物? 俺もそろそろ学校へ行く支度しないと遅刻しちゃうんだけど、何か用があるのだろうか?

「ねえ、一緒に学校サボろ?」

「えっ、いや、流石にそれは――」

「いいんじゃない。たまには学校サボっても」

「いやいや! 親がそういうこといっちゃだめなんじゃない!? 学校は行かなきゃ将来苦労するでしょ!?」

「――だからって今苦労して、擦り切れすぎて何もなくなってしまうよりかはましでしょ?」

「そ、それはそうだけど……」

「いいじゃないの、たまには。学校サボって悪いことするわけじゃないんでしょ? お願いだから、夏純ちゃんのこと診てあげて。それだったら私も安心してパートに行けるし」

「でも――」

「学校は色んなことを学ぶために行くの。学校へ行くことで学べることもあれば、行かないことで学べることだってある。――それに、私達はとっくに家族なんだから。お互いに助け合わなきゃ。家族のために学校を休めないんだったら、そんな学校こっちから願い下げよ!」

「極論過ぎるだろ……」

 でも、結構正しいことを言っている気がする。

 いくらベタベタするタイプの夏純姉であっても、今日はなんだか変だ。いきなりベッドに潜り込んで全裸でいのはいくらなんでもやりすぎだ。天然の範疇を超えている。

 熱がそうとうひどいかもしれない。そんな夏純姉のために、氷枕とかお粥とか作ってやりたい。だったら、やるべきことは一つだ。

「……分かりましたよ、分かりました! 家族のためだっていうんだったら仕方ないよ! 今日は一緒にサボろうか、夏純姉」

「やったあ! 賢人クンが一緒にいてくれるって! お母さん!」

「やったわね!」

 なんだか、飛び上がっていますけど。さっきまで、夏純は弱弱しく咳までしていたのに、今ではすっかり元気そうだ。

「「いえぇーい!」」

 親子でハイタッチまでしてやがる。どんどん夏純の顔は赤くなっているから熱はあるのは確かなんだろうが、釈然としないにもほどがある!

「本当は元気だろっ!」

 俺のツッコミに、三人とも自然と笑みがこぼれる。

 笑いながら思う。

 俺は心の底から笑えているのかと。

 俺達は嘘つき。

 何が本当で何が嘘か、たまにあやふやになる。

 俺達は本物の家族じゃない。こんなうすら寒い家族ごっこをし始めたのは、俺が六歳の頃。両親が交通事故で二人とも亡くなって、そして知り合いの家であるここに預けられてからか。

 両親の葬式の最中。親戚達は、両親の遺産の分配の心配や、俺をどこの施設に預けるかの相談しかしなかった。そんな時に、俺を救い出してくれたのは、他でもないこの家族だった。

 さし伸ばされた手をつかんで、俺はそれから精一杯いい子になろうとした。家事手伝いはもちろん、勉強だってスポーツだって、あらゆることにおいて他人より上を目指した。

 それは、捨てられたくなかったから。

 二度と居場所を失いたくなかったから。

 常に演技をし続けてきた。

 俺は俺が分からない。

 本当にこの家族のことが好きなのか、それとも、ただ好きになろうとしているだけなのか。そんなの、あまりにも悲しすぎる。

 それが、嘘つきの末路だった。


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