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24.最初で最後の敵

 湯田はたじろぐ。

 屋上には逃げ場がない。

 後ろにある金網を背もたれにしながら、がくりと顔を伏せる。

「な、んで? どうして?」

「むしろ、それしかないんだよ。俺達のことを知り過ぎている。ただのスライムにしては、あまりにも。……載っていたんだよな、天使が閲覧していた資料に。俺達の性格や生い立ちについて。――それに、天使なら俺達の転生先を知っているどころか、決定することができる。そうして、お前は俺達全員を操っていたんだ!」

「…………っ!」

 他の連中がこの事件にかかわるのは分かる。

 だが、ただの部外者が、何の理由もなく手助けてくれる? 

 そんなご都合主義そうそう転がっているわけがない。

 殺し合いになるかもしれないのに、赤の他人のために命をかけるなんて……。どこかの誰かさんなら狂人だと評価するだろう。

 誰かを助けるのに理屈なんていらない。

 だが、湯田の場合は理屈もなければ、理性もない。

 プッツンキレている。

 湯田が人助けできるのは、切り離しているからだ。

 自分とその他大勢とで。

 だから平気で命を捨てるようなことができる。

「そりゃあ、見下すよな。何も感じないよな。だって、お前は天使で、俺達はただのちっぽけな人間なんだから。天界から見下し続けてきた奴らが右往左往しているのを見て、楽しんでいたんだもんな。だったらどれだけ傷ついても、可愛そうにって同情するぐらいだもんな!」

 誰だってテレビで不幸な人が映る度に、現場に駆けつけて救おうだなんて思わない。

 だって、関係ないから。

 不幸な人を見て自分はまだまだ幸せなんだって安堵することぐらいしかできない。

 恵まれない子供たちを見ても、募金ぐらいしかしないのと同じ。

 湯田にとって、俺達はただのキャラクターでしかない。

 二次元的な視点でしか見ることができないのだ。

「何言っているんですか? 私は、そんなこと。何の根拠があって……」

「やりすぎたよ、湯田は。知りすぎなんだよ、お前は」

「ど、どういうことですか?」

「俺の居場所を知るための探知スキルなんて、花音が言うには持っていなかった。それなのにあれだけ情報を集めたのはおかしいんだよ」

「……あくまでその主張が正しかったとしますよ? なら、それは、探偵を雇ったからじゃないですか? あなたの助力を得るためには金に糸目はつけません。そうそう、今まで言わなかったのはあなたに侮られて協力を得られない可能性があったからとかでいいですか?」

「じゃあ、なんで知っていたんだ。委員長のかつての呼び名である『猛獣使い』のことを?」

「え?」

「あれは、前世の話だよな。探偵で調べられる範疇じゃないんだよ」

「だから、自覚はないかもしれないかもしれないですが、あなたたちは有名なんです。だからあなた達勇者パーティーのことは耳に入っているだけですよ」

「そんなこと、お前が知っているはずがないんだよ」

「ど、どうしてそんなこと……」

「『召喚士サモナー』が正式名称で、『猛獣使い』はただのあだ名なんだ。あれは、仲間内でしか、それこそ勇者パーティーの初期メンバーしか知らない呼び名なんだよ。しかも、あの呼び名を呼ぶと、委員長がガチギレするから自重するのが暗黙のルールだったんだ。それなのに、どうしてお前は知っているんだ? 病院で、お前はあの時咄嗟にどうして叫べたんだ?」

「それは……」

 俺はあの時、一瞬思考が停止した。

 どうして湯田があの呼び名を知っているか。

 その答えは一つしかない。

 湯田の前世はスライムではない、天使だったのだ。

 俺が仲間以外で委員長のことを『猛獣使い』だと口走ったのは、あの時しかない。

 あの白い部屋で俺が口走ったあの時以外、俺は一度も口にしていないのだ。

「答えろ! 湯田! いや、ルシフェル!」

 上ずった声で指摘する。

 否定して欲しい。

 なんでもいい。

 どんな無茶な理屈だろうと否定して欲しかった。

 そうすれば、自分を無理にでも納得させるつもりだった。


「なーんだ。ゲームオーバーですね」


 だけど、ルシフェルはにへらと笑う。

 肩をすくめて、妖しい眼光で睨んでくる。

 そんな瞳の色見たことがない。

 これが、湯田の本性か?

「ゲームオーバーだと?」

「あーあ。せっかく楽しめたのに、興ざめ――ですよ。もっと遊んでいたかったのに。どうしてネタ晴らしなんかするんですかね。ゲームならもっと引っ張った方が楽しめたのに……」

「全部、嘘だったんだな。俺達を操ってゲーム感覚でいたんだな……」

「嘘なんかじゃないですよ。私は最初からあなた達と一緒の舞台に立ちたいがために、天界から下界にわざわざ天使様が堕ちたんですよ? あの時だって『何かを守るってことが、何かを助けるってことがどんなものか知りたいだけ』っていったじゃないですか。あの言葉に偽りはないですよ。私はただ知りたかったんです。私はあなた達に嫉妬して、そして憧れました。なんて楽しそうなんだって」

「……楽しそう?」

「そうですよ。くだらないことで一喜一憂しているのが面白そうだったんです。人が死んだだけで悲しんだり、誰かと結ばれただけで喜んだり。そういう感覚が知りたかったんですよ。幸福も不幸も私にとっては同価値だから。あの何もない部屋でひたすら他人の人生を見ることしかできない私は何もなかった。虚無だった」

 同じ言語を話しているはずなのに、頭に、何も、入ってこない……。

 何を言っているのか理解不能だ。

 人間を数字でしか見ていない天界の人間の台詞だ。

 地図上では一人一人の人間の顔が見えないと同じだ。

「でも、ある日、救われたんですよ! あなたに出会えたことで、私は私になれたんです! 何百年も生きてきて、初めて私は生きる意味を知れたんです。人間に興味はなかったけど、あなたという個人には興味が持てた! だから、思ったんです。もう一度戦争が起きればいい。かつての魔王の側近という敵を作って、それを打破するためにまた賢者たちが立ち上がる! それを私が追体験ではなく、特等席で実体験することができる! それって最高のエンターテイメントだと思いませんか!? そうすれば、私もきっと人間を好きになれるって思ったんですよ!!」

「――そのために、関係者をこの日本に呼び寄せたのか?」

 自分の欲望を満たすためだけに。

 俺達の足掻く姿を見るためだけに、多くに人を犠牲にしたのか? 

 そのせいで一体でおれだけの人間が苦しんだんだ。

 まがりなりにも、ルシフェルは人間として生を受けたはずだ。

 親に育てられ、人間の温かさに直に触れたはずだ。

 それなのに、どうして? どうしてそんな簡単に他人を傷つけることができるんだ。人の心を持っていないのか?

「だって、ズルいじゃないですか」

「……ズルい?」

「あの部屋に来た人は大体誇らしげなんですよ。幸福自慢や不幸自慢ばかりする。私はそれを聴いているだけ。経験したくなったんですよ。ジェドレンの世界は混沌そのものだったんですが、肝心のあなたがいない。だから、もう一度私が舞台を造り上げたんです。そして必要な駒を揃えて、必要な場所と時間に配置した。あの吸血鬼さんには転生する前に色々と吹き込んだんですが、思ったよりも被害を出さなくて正直焦りましたよ。もっと大きな争いを引き起こして欲しかったんですけどね。滔々とくだらない理想論ばかり吐いていた割には、あの人臆病者だったんですよね、ほんと使えなかったですよ」

「なんだと……」

「まあ、あの人のお蔭であなたをピンチに追いつめることはできました。そして最高のタイミングであなたの前に登場すれば、きっとあなたは私を相棒だと、仲間だと認めてくれる! ……そうして順調にいっていたと思ったのに……残念です……」

 プツン、と何かが頭の中で切れた音がした。

「ふざ、けるな――!」

 話し合いで解決なんてできない。

 暖簾に腕押ししているように、ルシフェルには何も届かない。

 言葉じゃだめだった。

 だから拳を握りしめ、ルシフェルに振るっていた。

「辞めてくださいよ。私はあなたと戦うつもりはないんですから」


 グシャリ、と自らの拳がひしゃげる音が聴こえた。


「なっ――」

 握った拳を、ただルシフェルが手のひらで受け止めただけだ。

 それなのに、俺の拳、いや腕の半分ぐらいまでグチャグチャに壊れていた。

 まるで潰れた空き缶のように無残な腕を、俺は咄嗟に引いた。

「肉が、皮が、いや、骨ごと柔らかくっ――!?」

 破壊は浸食していた。

 あのまま拳を握りしめられていたら腕一本失う程度じゃすまなかった。

 全身がスライムのようになっていたに違いない。

 拳を振るった時に、手加減なんてできなかった。

 感情的に強化した拳を、最速で走らせていた。

 それなのに、受け止められた。

 俺の拳は見切られていたのだ。

「演技か……。ルシフェル、お前弱いフリを……」

「そうした方が賢者さんにはより気に入ってもらえると思っただけですよ」

 自然治癒力を強化して、腕を元通りに修復していく。

「ほ、他に誰がいる!?」

「え?」

「この日本には、ジェドレンでいた俺の知っている奴は誰がいるんだ!?」

 俺達が知らないだけで、異世界転生した奴らがまだいるかもしれない。

 いや、むしろ、このルシフェルの態度、魔王や他の賢者がこの世界に転生していない方がおかしいぐらいだ。

 これだけの事件が起こったのだ。

 もしもあいつらがこの世界に転生してきたのなら、何らかのアプローチを俺達にやってくるかもしれない。

 共闘も、闘争も。

 どちらのケースも考えられる。

「それ、教えたら面白くなくなるじゃないですか。ゲームはネタバレを見ない派なんです。攻略本どころか説明者でさえも、私はクリア後に読む派なので、教えてあげないです」

「そうか……」

 そんな気はしていた。

 人間の不幸も、それを乗り越えた後に来る幸福も。

 ルシフェルにとっては甘い果実のようなもの。

 収穫前に齧ってしまっても美味しくはないのだろう。

 そんな救いようもないルシフェルを、俺はどうすればいい?

 そんなの決まっているだろ?


「ルシフェル、俺は――お前は救ってみせる」


 ルシフェルはくの字に身体を折る。

「あはっ! おもしろーい。何言っているんですかあ? そんな青臭い台詞、口説き文句みたいに言われたら、ときめいちゃいます! そんなことしなくても私はとっくにあなたの手によって救われていますよ! 私はあなたのおかげでこんなにも、ステキな世界が造れたんですからっ!」

「いいや、お前のその捻じ曲がった心を元に戻すことこそが、お前を救うことだと俺は信じているよ」

「話、聴いてましたか?」

「お前こそ、聴いてくれ。お前は救われてなんかいない。ごめん。きっと、そうなったのは俺のせいなんだろうな。もっとお前と話せればよかった。そうしたらもっと俺のことを話せた。お前のことも中途半端になんてしなかった。お前のこと、最後の最後まで助けてみせるよ」

 ルシフェルは途端に無表情になる。

 いままでのふざけた雰囲気などなくなった。

 金網に手を触れると、全てを溶解する。


「…………無理ですよ。私は死ななきゃなおりません」


 口の端を歪めると、柵のなくなった向こう側へと身体を傾ける。――じ、自殺? 俺は手を伸ばして落下するルシフェルへ、強化した脚力で肉薄する。

「やめっ――」

 パシン、と伸ばした手を叩かれる。

 間に合った、そのはずなのに、ルシフェルは自ら死を選んだ。

「嘘、だろ……?」

 バッ、と急いで屋上から身を乗り出すと、そこには無傷でピンピンしているルシフェルがいた。

「冗談ですよ。賢者さん。でも憶えていてください。私を救うということは、今の私が死んでしまうってことですよ。そうしたら……私……生きる意味がなくなっちゃいます。そんなの生きているだけす。生きながら死んでしまっているの同じです。そんなの、死んでしまいたくなっちゃいますよ。―――それがあなたにとっての『救い』なんですか? 失望しましたよ」

 グラウンドを柔らかくしてクッションのようにしたのか。

 それに、景色が歪んでいるのは、空気の層を作って蜃気楼を作っているから? 

 姿だけでなく、きっとこの音も俺の耳にだけ届くようにしているのだろう。

 こんな芸当を一瞬で、何の苦も無くできてしまうルシフェルと敵対して果たして俺は勝てることができるのか。

 ――いや、勝つしかない。

 勝利でしかきっと、ルシフェルは救えない。

「黙れよ、餓鬼。お前はまだ子どもだろ? 高校生だろ? 世界を知らないで生きる意味を適当に騙るな。死んでもいいなんて簡単に語るな。お前は世界を知らない」

「言っておきますけど、あなたよりも精神年齢は上ですよ。それに、私ほど世界を知っている奴も珍しいと思いますけどね。私はあなたの何百倍も世界を眺めていたんですから」

「俺は眺めているだけじゃなく、生きていたよ。世界の中で生きていただけじゃなくて、世界を救ったよ。――だから、お前の世界だって救ってみせる! たとえそれが世界おまえの敵になることになったとしてもだ!」

「…………楽しみですね。あなたと世界わたしのどちらが正しいか。お互いの信念と真実がぶつかり合うことで分かってしまうんですから」

 踵を返したルシフェルの姿が消えてしまう。

 追いかけても、姿を隠せる上に音を消せるのだ。

 追いつけるわけがない。

 だが、追いつく必要などない。

 いつかきっと、ゲーム感覚で俺におそいかかってくるだろう。

 最初の敵だと思っていたルシフェルは、最初の敵なんかじゃなかった。

 とんでもない。

 あいつは最後の敵だったのだ。

 あいつは俺が倒さなければならない怨敵だ。

 ああ、それでも。

 それでもだ。

 裏切られたけど、それでも俺はまだ信じている。

 ルシフェルは決して逃げ出したりしない。

 まだ俺と意見が激突している以上、また会える時がある。

 だって。

 あいつがこんなことで真実を追いかけるのを止めるような中途半端なことをしないと。俺は知っている。

 その時は救ってみせる。

 西の賢者と大層な名で呼ばれたこの俺が――絶対に――。


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