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23.裏切者

 学校の屋上。

 冷たい風が頬を打っていて、今すぐにでも身体を翻して教室に戻りたい。

 分厚い雲の影のせいでより寒いのだが、俺には戻れない理由がある。

 戻りたくとも戻れない。

 何故なら俺はサボっているからだ。

 既に一限目は始まっている。

 朝のHRに間に合わなかっただけであれだけ教師に叱られたのだ。

 何の反省もなく次の一限目までサボったことが判明すれば、さらなる雷が落ちるだろう。

 そうしなければならない理由は、無理やりここまで一緒に連れてきた湯田にあった。

「あの、どうしたんですか? 賢者さん? 今からでも一限目でなくていいんですか?」

「いいんだよ。話したいことがあったんだから……」

「話したいことってなんですか?」

 迷ってはいけないと思いつつも、未だに迷っている。

 質問していいものかどうか。

 探り探り俺は言葉を選ぶ。

「……なあ、湯田。おかしいと思わないか? どうしてジェドレンの世界の人間がこんなにも日本に転生したんだ? あまりにも偶然が重なり合い過ぎていないか?」

「なんですか、いきなり? やっぱり妹さんが全てを仕組んだってことにしたいわけじゃないんですよね?」

「そういうわけじゃない。でもさ、俺は裏で全てを操っていた奴がいることは否定できないと思うんだよ。ただそれは、小春じゃないってことだよ」

「……そんなこといまさらほじくり返してどうするんですか? 通り魔事件なら一件落着だったじゃないですか。だったら、もういいんじゃないんですか?」

「――一件落着?」

 罅割れた声が漏れる。

 自分の声とは信じられないぐらいに枯れていた。

 不穏なことを感じたらしく、えっ? えっ? と湯田は首を傾げる。

「なに? もしかして油断しちゃだめってことですか? もっと噛みしめた方がいいってことですか? 今の幸せを。日常を。簡単に喜んじゃだめってことですか? 口に出して一件落着って言うことってそんなにだめなことですか? 歯を見せたら不謹慎ってことですか? 苦しんだ人の前じゃ幸せを語っちゃいけないってことですか?」

「そうじゃないよ。そうじゃない――けど――。なあ、お前は本当に事件が終わったと思っているのか?」

「そ、それはそうじゃないんですか? 収まるところに収まったってところじゃないですか? それとも、あのままみんな死んだ方がいいっていうつもりですか? みんながそれぞれ納得するような終わり方をしていると思いますけど?」

「俺は――していないんだ。なあ、真剣に答えて欲しい。お前はこの終わり方でよかったのか? 頼むよ。これだけは嘘をつかないで欲しい」

「う、嘘って。そんなこと」

「頼む。これが最後だ。だから、本当に本気で答えて欲しい」

 それはもはや懇願だった。

 歪んでほしくなかった。

 ある意味で花音よりも壊れていて欲しくなかった。

 ずっと信じてきた。

 湯田は隣にいて、俺のことを導いてくれた。

 肩を並べて戦ってくれた。

 背中を任せることだってできた。

 だから、信じたかった。


「だから言っているじゃないですか。私は納得していますよ。何の疑問もなく、この事件はもう終わっているって」


 だけど――お前は裏切者なんだな。

 花音は独善的だった。

 だが、それは『世界を救う』という大義名分故の行動だった。

 俺だって正しいことをしようとして戦っていた。

 それは、観る人間によっては悪意だった。

 なんたって世界を敵に回したのだから。

 だけど、だけど、湯田はどちらにも当てはまらない。というより、何にも、何者にも当てはまることはないだろう。

 虚無だ。

 善意も悪意もなく。

 無垢で無知なる子どものように平気な顔をして嘘をついている。

 そこに罪悪感なんてない。

 自分が正しいとさえ思っていない、思い込んでいない奴にどんな揺さぶりをかけても無意味だ。

 湯田のように真意が顕わになることはない。

 分かりあうこともできない。

 きっと、このままじゃ繰り返す。

 俺が湯田を野放しにしていたら、きっと湯田は今以上の悲劇を起こすことになる。

 かつての魔王よりももっと強大な力を振るうようになる。

 俺の長年の勘がそんな最悪な未来を告げていた。

「決定的だよ……。俺は、俺はさ、本当は何も蒸し返すつもりはなかった。俺は平和主義者だ。本当だったら争いなんてしたくない。だから見たくないものは見ないように生きてきてしまった。言い争いをせずに、ただ自分にとっての正しさを追い求めてきた。前世では、話し合いよりも暴力で物事を解決してきたよ。でも、死ぬまで分からなかったことが、死んで初めて分かったよ。それじゃあダメなんだって……」

「なに、何を言っているんですか? 賢者さん。恐いですよ、なんか……。見たくないのなら見ない方がいいに決まっているじゃないですか! 私達は仲間なんですよね? 仲間になれたんですよね? やっと、私……ずっと……待ち望んでいたのに……。賢者である西野さんには分からないかもしれないけど、私はこんな風に仲間が欲しかった! それなのに、どうしてそんな酷いことを言うんですか!?」

「仲間だからだよ。お前が腹の底でどう思っているかは知らないが、お前は俺の命の恩人だ。俺の家族を救ってくれた。俺にとってお前はもう、かけがえのない人なんだよ。でも、だからこそしこりを残したままでいたくない。ちゃんとぶつかり合わなきゃいけないんだよな。――そうじゃなきゃ本当の意味で分かりあえないって知ったから!」

 相手を気遣って何も話さないことだけが正しくて、優しいことだと思っていた。

 何もかも独りで背負うことこそが強さだと信じていた。

 でも、傷つけあうことで、花音とまともに話せるようになった。

 笑い合って将来の展望について意見をすり合わせることだってできたのだ。

 殺し合った仲なのに。

 それなのに俺達は仲間になれずとも、対等になれた。

 同じ土俵で言い合える仲になった。

 だが、湯田とはズレている。

 次元が違う。

 まるで俺達のことを劇場の役者か何かと思い込んで、ただ楽しんでいるだけ。

 俺達が血を流して苦しんでいるのを見て、確かに心を痛めているように見える。

 でも、それはフィクション作品で涙を流しているだけで、それが現実だと認めていない。

 それが、湯田の正体だ。

 何も感じていない。

「酷いですよ。そんなの西野さんらしくないですよ。どうしたんですか? さっきから言っているそれって、自己正当化なんじゃないですか? そのために誰かを傷つけるなんてひどいですよ。今何を言おうとしているのか見当もつかないけど、止めた方がいいんじゃないですか? 今、自分の言葉に酔っているだけなんじゃないですか?」

「――そう。お前はそうやって俺が一番傷つく言葉を知っている。俺の全てを知っている。それがまずおかしいんだよ。どうして初めて会った時に俺の名前を知っていたんだ?」

「そ、そんなの、ジェドレンにいれば誰だって知っていますよ」

「前世での名前じゃない。この世界での俺の名前だよ。どうしてだ? あの花音でさえ俺を直接見ることでしか、正体を看破することができないはずなのに、どうしてお前はあのタイミングで俺の家に来れたんだ? 花音に訊いたら、お前が漏らしたらしいな。俺の住所を。だから、俺の家も襲撃できたらしいな!」

 実は、昨日の段階で花音に色々話を聴いていたのだ。

 解散した後、花音を呼びだして、事の顛末について聞いていた。

 湯田がいないところで、真の情報を獲得しようとしたのだ。

 その話の結論として――湯田が花音と戦っていたのは、別に人助けのためじゃないことが分かった。

 花音に情報を伝えるためだったのだ。

 花音が自らの眷属を使って情報収集をしているのを知って、あえて情報を漏えいしていたのだ。

 花音は、俺の個人情報を呟いていたらしい。

 例えば、湯田が眷属を倒した後に、ぽつり、ぽつりと、賢者があの住所にいるから、早く駆けつけなくては。眷属にされては本当にまずい。だって、あそこには勇者もいるんだから、えっ、とあそこの住所は――っと、このメモに書いていましたよね……とか、そんなことを独りごちていたらしい。

 そう。

 湯田は花音と俺を争わせるために、花音を操っていたのだ。

 しかも、花音に気付かせないよう狡猾にだ。

 すぐにペラペラしゃべれば、花音が不審がる。

 だから慎重に、慎重にことをすすめていた。

 例えそのことで罪なき人が倒れても湯田は辞めなかった。

 スキルの試運転のために人を襲っていたという花音よりも、もっと卑劣だった。

 目的は分からないが、湯田は俺達を争わせるためにずっと苦心していたのだ。努力していたのだ。

「ちょ、ちょっと。もしかしてあの吸血鬼の言葉を信じるんですか? それに……仮にそれが本当だったとしても、だからなんなんですか? 口が滑っただけじゃないんですか? たまたま私があの吸血鬼よりも高度な感知スキルや解析スキルを持っていただけじゃないですか?」

「…………花音に訊いたら、お前にはそんなスキルないらしいな」

「だから! あんな魔王の手先なんかよりも、一緒に戦ってきた私のことを信じてくれていいんじゃないですか? それとも私なんかじゃあなたの仲間になり得ないんですか? 弱いだけの私じゃ、だめなんですか?」

 助けたくなる。

 涙を瞳に溜めながら、必死になって俺に救いを求めるその姿に胸が痛む。

 手をさし伸ばしたくさせるような仕草や言葉選び。

 ああ、本当に演技が上手い。

 こいつ、本当に俺のことを研究したんだろうな。

 俺の性格を調べつくした上で、こいつは俺が一番好きそうなタイプの女性を演じているような気がする。

「そうやって俺の心の隙間に入り込もうとする言葉を吐ける理由、そしてあまりにも俺達のことを知り過ぎていることから全てを悟ったよ。――俺はあの時『世界の敵』になるって決意した。でもさ、俺が世界の敵なら、きっとお前は『世界』そのものだったんだ」

「――何を言っているんですか?」

 湯田はまるで創造主たる神のように、この世界を支配していた。

 俺達を人形のように操っていた。

 それができたのは、文字通りこの世界を創造していたからだ。

 俺達の世界の住人でないながらも、俺達のことを熟知し、世界を思い通りにできる奴がたった一人だけいる。


「お前の前世の名前はルシフェル。かつては神の使いである天使で、今はただの堕天使うらぎりものだ」




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