22.Happy End
転入生の情報を聴いた俺は、すぐさまそいつの元へと向かった。
昨日あんなことがあった翌日の出来事。
季節外れの転校。
タイミング的に、俺達と無関係だとは思えなかったからだ。
それは委員長も同意見のようで、朱雀の後ろを一緒についてきた。
「ほら、あそこ。女の子。学年は一つ下!」
職員室の扉を少しばかり開けた隙間から、三人は覗き見る。
どうやら転入生は、担任の先生に挨拶しているらしい。
はいはい。どうせその担任はうちのクラスなんでしょ? どうせ転入生は転生してきた敵なんでしょ、とか想像を巡らせていたが、拍子抜けもいいところだった。
「なんだ。一つ下だったか……」
「委員長、もしかしてわざわざ見学に来る必要はなかったか?」
「あれれ? なんで、二人ともテンション下がってんだよ! 年下の女の子の方がいいだろ!」
「黙れ、ロリコン」
「ロリコンじゃねぇよお! ちゃんと小学生は対象外だ!」
「…………」
……中学生はありなのかを聴いたら嫌な答えしか返ってこなさそうなので、何も言わないでおこう。
「あっ、そういえば。昨日はどうだったんだ? 他校の女子と遊びに行ったんだろ?」
「……お金を搾り取られるだけ搾り取られたよ。ボウリングの後に飯食いに行って、その後は露店のアクセサリー欲しいって言うから買って上げて、それから連絡取とろうとしたらブロックされているし……。何がいけなかったんだ? やっぱり俺ってウザかった? テンション上げ過ぎてドン引きされてたのは分かるけど、そういう奴が一人はいないとその場が盛り上がらないじゃん! 俺はどうすればよかったんだよ!」
「……お疲れ様」
ポン、と肩に手を置いてやる。
朱雀はとことん女には甘いからな。
何をされても怒らない。
それに、リアクションがオーバーなのでいじると面白いのだ。
どんなにひどい目に合っても、身体を張る系のお笑い芸人のようで面白い。
だけど、その仕打ちはっ、あんまりだっ。
都合のいいATM扱いされた朱雀には、同情を禁じ得ない。
「小早川達はこなかったな」
「そりゃそうだろ。そんな野次馬根性あるような奴らじゃないし……。俺だって本当は来たくなかったよ……」
「なんだよ、じゃあどうして来たんだよ?」
「それは……嫌な予感がしたからな……」
「んん?」
アホ面ぶら下げてこのまま居座っても何も得られるものはなさそうだ。
スマホで時間を確認すると、そろそろ朝のHR開始を告げるチャイムが鳴りそうだった。
とっとと解散して教室へ戻ろうとすると、
「あれ? どうしたんですか、二人とも? それに、明智さんまでいるじゃないですか」
背後から湯田がいきなり声をかけてきた。
飛び上がって驚いた俺は大声を上げてしまう。
「わっ! 湯田か! 急に話しかけてくるな! ばれるだろ!」
「ばれるって何がですか?」
ガラガラ、と職員室の扉が開く。
俺達は何もしていない。
ということはつあり、あちら側から開いたのだ。
そこに立っていたのはさっきまで先生と話していた転入生だった。
「さっきから見ているのはバレバレだったから。というか、一番うるさいのはお前だよ、賢者」
そいつは俺の顔見知りで、昨日戦ったばかりのファングだった。
他校の制服であろう漆黒のセーラー服に身を包むファングは昨日とはまるで別人。
こうしてみるとただの可愛い女子高生に見えるが、騙されてはいけない。
「ファン――じゃなくて花音! お前、なんでここに?」
朱雀がいるのを視界の隅に捉えて、咄嗟に前世の名前で呼ぶのを止めた。
「そ、そうだ。なんだ、花音! お前、転入とか、そんなの私は聴いていない! 何を考えているんだ!」
「ああ、天下には言っていないからからな。親にはちゃんと相談したよ、昨日な」
き、昨日!?
「きゅ、急すぎるだろ! そもそも親が赦したとしても、校長とかが赦すはずがない! 編入試験とか、手続きとかはどうしたんだよ!」
「その当然の疑問なら、そこの雑魚にも訊いてみたら」
「……うっ」
「……えっ? どういうことだ? あれ? そういえばどうやって入学したんだ? たった一日で転入手続きなんかできるわけがないだろ?」
「それはちょっと、校長とかにスキル使ってです、ね……?」
「ひでえ! 脅したのか?」
「うーん、似たようなものですかねえ?」
湯田が言葉に詰まっていると、これ幸いとばかりに蚊帳の外にいた朱雀が横入りしてくる。
「なあ、なあ、なあ! なんだよ、賢人! この可愛い女の子とお知り合いなの? 紹介しろって!」
「知り合いもなにも、私の妹だ」
「ええ? 明智の? それは好都合!」
お近づきになるチャンスとばかりに、キリリと表情を引き締めると恭しくお辞儀をする。
「どうも、初めまして。わたくしの名前は青田朱雀と申します。あなた様のお姉さまである『親友』である青田朱雀です。どうぞこれからよろしくお願いします」
「立ち直り速いな……」
チッ、と花音は舌打ちする。
「今はお前なんかお呼びじゃない。消え失せろ」
朱雀の肩をつかんで無理やり動かすと、俺を睨み付けてくる。
「賢者! お前のせいでこの私が転入までしたんだ。それなりの責任はとってもらうぞ、せ・ん・ぱ・い!」
「は、はあ? どういうことだよ? お前は、どうして転入なんか……」
「監視だよ。危険極まりない『世界の破壊者』たる不安因子をお前は無罪だと言った。だが、私はそれじゃあ納得できない。あまりにも偶然が重なり過ぎている。こうしてかつての仇敵同士が一堂に会することがありえるか? 私はまだ奴がグレーゾーンにいると思っている。だから、監視することにしたんだよ。あいつが余計なことをしないようにな」
「だからって、あいつは違う中学だぞ? なんでこの高校なんかに」
「流石に中学生になるのは戸籍上の手続きとかが面倒だからな。英雄に一番近い存在であるお前で妥協してやるよ。お前がこれからどうするかじっくり監視してやる。お前の選択が本当に正しいものだったのかを、私がずっと傍にいて見極めてやるよ」
「……お前もそうとうしつこいな。上等だ……」
「いやいや、そういうことじゃないだろ、賢人……。今の言い回しで、何故気づかないんだ、お前は。頭がいい癖に変なところで回らない頭だな?」
「えっ? どういうことだ? 委員長?」
「……うーん。こういうところは鈍感でよかったのか、悪かったのか。ジェドレンでも結構こういうところは腹立ったんだが……」
朱雀が泣きながら胸ぐらを掴んでくる。
「おおおおおおおおおい! 賢人! ふざけんな! いつもお前ばっかり! この子とどういう関係なんだ! 責任ってなんだよ! 全然話が見えないんだけど! 一体お前は何をしたんだ!?」
「先輩は私に取り返しのつかないことをした。だから責任をとって私は傍にいることをしたんだよ」
「賢人……。お前……。夏純さんや小春ちゃんだけじゃなく、後輩にまで手を出すとは……。最低だ! 師匠、女の子紹介してください!」
「ふざけんな! お前わざと変な言い回ししているだろ! 朱雀も朱雀で何訳分からないこと言っているんだよ? くっつくな! 気持ち悪い!」
そうして――。
混乱している朱雀を宥めるのには相当時間がかかったせいで、開始の合図であるチャイムが鳴る。
担任の先生からの説教は免れないし、そもそも職員室の前で言い争いしているせいで逃げようがなかった。
担任以外の先生からも叱責され、今日という日は本当に厄日だ。
だが、これも青春。
こんなくだらないことで騒げるのは、平和な日常の証。
だから、これでいいのだ。
もう、ここで終わっていい。
このまま平穏な日々で戻れてハッピーエンド。
そんな終わり方を俺は心から望んでいた。
そこに一片の嘘などなかった。
そのはずだった。




