21.平穏の象徴たる教室
小春達と別れ、勝手知ったる教室へと到着する。
すると、俺が入ってくるのを待っていたかのように、めざとく俺へと視線を送るエシオル……もとい……委員長がいた。
委員長はすぐさま俺のところまで来る。
「西野」
「お、おう……」
どこととなくぎこちない挨拶になってしまうのは、お互いに昨日の事件を引きずっているからだろう。
だからといってそのことをいちいち口には出さない。
ちらりと一瞥すると、あちらもそのつもりらしい。
お互いに言うなよ、言うなよと視線で語り合う。
「なあ、委員長」
「ん?」
教室にはすっかり元気になっている朱雀と淀もいるが、こちらには気がついていないようだった。
今の内に昨日のことについて話しておこう。
「き、昨日は大丈夫だったか?」
「……フッ」
委員長は肩の力が一気に抜けたように笑う。
「なんだ、その質問は? 大丈夫だったに決まっている。もっと訊きたいことがあるのではないか?」
「そ、そうだよな……。なあ、お前の妹が吸血鬼だってことは、それから、俺が賢者だってことはいつから知っていたんだ?」
「いきなり質問責めか。まあ、別にいいが……。とりあえず西野のことを知ったのは昨日だよ。だから私も驚いていいた。それから、妹のことを知ったのは初めの事件が起きてからだな。スキルの試運転と主人公の中の主人公たる勇者を探すためとか言っていたな。まあ、妹はもっと前から記憶を覚醒していたみたいだが」
「委員長は前世の記憶はいつから覚醒したんだ?」
「最近――だが、薄らと記憶はあった。物心ついた時に、いつの間に合ったって感じかな。子どもの頃ってどんなことでも本当って思うだろ? 妖精やら空まで届く豆の木があるとか。そういう類の夢かと思っていたら、実際に妹がスキルを使っているのを見て、驚いたものだ。私は妹を止めようと思った。もちろん賢者であるお前に頼れるなら最初から頼っていたが、姿や声が変わっていたら探しようがないからな……」
「そう、だよな……」
そのはずなんだ。
分かるはずがない。
それなのに、どうしてあいつは……。
「西野の妹はいつから?」
「……あ、ああ。それは昨日の内に訊いたんだけど、物心ついた時からだって。自分でも確証がなかったんだけど、俺とは違ってたまにスキルの練習をしていたらしい。みんなそんなもんなんだな」
「ファングも、そうなのかな?」
「私の妹は……どうなんだろうな……」
やはりあまり話し合っていないようだ。
恐いが、ファングの傷は俺が治しておいた。もう退院できるはずだ。
あの時。
ファングは手を伸ばし返してくれた。
そしてそのまま手をつかんで分かりあえる――そんな甘い想像をしていたのだが、見事に裏切られた。
パシン、と俺の手を振り払うために、ファングは手を出したのだ。
『確かに、今回は私の負けだ。だけどな。それでも、私はお前らの仲間になるつもりはない。私が敬愛するのは魔王様で、今でも私はその部下だ。悪には悪の矜持っていうものがあるんだよ』
そう言って俺達とは距離を置いた。
事後処理もうまくやってくれたし、今度からは意味もなく人間を襲う真似はしないと約束したから、もう無害だとは思う。
だが、残念でならない。
一度は共同戦線まではったのだから、もう少し歩み寄って欲しかった。
あいつにはあいつの正義――いや、アイツ的には悪があるのだから、それを尊重するしかないっていう俺達の共通見解でまとまった。――のだが、それでも俺はあいつともっと仲良くなりたかった。
ぶっちゃけ、ああいう不器用で一本気のある奴は嫌いじゃない。むしろ、好きまである。
「……なあ、委員長」
「ん?」
「朱雀達は……本当に大丈夫なのか?」
俺はステータス情報を看破できるスキルを持っていない。
見た目的には無事で無傷でも、中身がどうなっているかを判断できない。
朱雀達は一般人。
無関係なのに巻き込まれてしまった。
だから余計に気になる。
俺のせいで一生を棒にふっていないかどうかを。
「それは昨日散々言った通りだ? 貴様が心配することじゃない。大丈夫。健康そのものだ。むしろ吸血鬼になったおかげで、小早川の肌艶が良くなっている。あいつだって朝喜んでいたよ。だから、西野はそんなに気にしなくていい。気にするべきは、気に病むべきは私の妹のはずだ」
「だけど、俺のせいであんなことになったのに」
「いいや、私のせいだ」
「え?」
「小早川や青田を病院に連れて行かなきゃ良かった。そうしなければ、巻き込まずに済んだ……」
「……どうして、あいつらを連れて行ったんだ? いや、別に責めるつもりはないけど――ただ、純粋な疑問だよ」
「最初に事件を起こして、私はあいつを半殺しにしてしまった。かつての敵とはいえ……。私はマンドレイクを暴走させてしまった。わざとではないとしても、私は妹を倒してしまった。入院せざるを得ないほどに……。だから負い目があった。同情をした。私一人で何回行っても門前払いをされていたから、つい油断したんだ。小早川達を連れて行ってもどうせまた門前払いだろうと……。だけど、甘かった。全部、私のせいだ……」
「そんなことないって! 湯田や俺が来たからあいつだって行動をおこしたんだろ? たまたまあの場に居合わせたから……」
「そうかな……そうなのか、な?」
油断していたのは俺も同じだ。
病院にいる明智花音のことを被害者だとばかり思っていた。
だから、あいつが吸血鬼そのものだという可能性は頭からすっぽりと抜けていた。
「……なあ、小春とファングってどうやって知り合ったんだ? 今、疑問に思ったんだけど、どうやって友達になったんだ?」
「え? 確かうちの妹が言うには、お前の妹の正体に気がついたから、自分から近付いたとか言っていたな。ほら、お前のところの妹って剣道部に入っていたよな? そのOGだからって何度か中学に行っていたらしい。そこから仲良くなったと言っていたな」
「…………」
やっぱり、そういうことか……。
全ての点は線で繋がった。
だけど、分かったからといってどうなる?
このことを相談するべきか?
いや、相談できるわけがない。
相談できる奴なんていない。それでも、やっぱり言うべきだ。それを俺はこの一件で学んだはずだ。身に染みている。だが、それでも躊躇してしまう。そんな葛藤で悶々としていると、
「おいおいおい! 賢人! 明智! ニュースだ! 大ニュースだ!」
教室の扉が勢いよく開けられる。
この騒がしさが懐かしく、尊い。
随分と、久しぶりに見たような気がする。
喜色満面の光明が、質問されたそうな顔をしているので続きを促してやる。
「光明? どうしたんだよ?」
「どうしたもこうしたもないって! また転入生だ! しかも、今回もとびきり可愛い女の子だぞ!」
「て、転入生……?」