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19.その後

「おはよう、賢人クン」

 夏純姉の声が真横から聴こえる。

 妙な違和感に目蓋をこじ開くと、カーテンの隙間から朝の陽光が斜めに侵入していた。見覚えがある。そうだ、ここは俺の部屋だ。……そうか、本当に終わったんだった。

 顔が熱い。

 熱があるようだ。

 激しい戦闘を連続でこなしたせいで、まだ興奮状態から抜け切れていないようだった。

 肩を動かそうとすると、ギギ、と錆びた自転車のように悲鳴を上げる。

 足や腰も動かすが、駆動しづらい。

 すぐさま起き上がることができない。

 関節痛と筋肉痛。

 昨日一日で肉体を酷使した結果がこれだ。

 戦闘が終わったその後が、ある意味一番大変だった。

 それは、戦いの後処理。

 まさか、崩壊しまくっている病院や、穴だらけの敷地内、それから昏睡状態に陥っている人達をそのまま放置するわけにもいかない。

 戦闘音は湯田が消していてくれたおかげでどうにかなったが、あれだけ大暴れしたのだから目撃者はいてもおかしくない。

 その点についてはファングが先手を打っていたようで、人払いをしてくれていたらしい。

 警察関係者の眷属を多数配置し、交通誘導をして関係者以外誰も病院には近づかせなかったらしい。念には念をということで、蜃気楼を生み出すスキルを使って、病院を目撃できないようにしてくれていたらしい。

 あいつは本当にチートだ。

 まともに戦っていたら俺達は負けていたかもしれない。

 それから、怪我をした人達や、壊れた建物は湯田のスキルによって治していった。

 もちろん、俺は自己治癒能力の引き上げなどをして手伝ったが、ほとんどは湯田の力によって病院は元通りになった。

 それからちゃんと病院としての機能は取戻したし、そこにいた人達も意識を取り戻した。記憶の齟齬などは、ファングの眷属になったもの記憶はある程度操れるらしく、大丈夫らしかった。あまり信用はできなかったが、背に腹は代えられず、ファングに協力してもらって、あのゾンビ映画のような思い出は朱雀達の中にはもうない。

 これで事後処理は完全に終わって、俺達は日常を取り戻した。

 めでたし、めでたし。

 その証として、夏純姉が横で寝ている。――日常? これが? 俺の日常? いや、違う。これは非日常の兆し以外のなにものでもない。

「あっ、ちょ、指動かさないでよ! もう、夜中だったらもっと触っていいのに! 学校もあるのに、朝からなんて大胆すぎるよ!」

「うわあああああああ、ごめんっ!!」

 手を動かしていた。

 トントン、と何かを確かめるように、ソフトタッチ。

 無意識化で防衛機構が働いた。

 それは、この前みたいに揉みしだくみたいな二の轍は踏まないためのもの。だが、それが逆効果となってしまった。微妙に優しく何度も触ってしまったせいで、逆にいやらしかったのだ。

「――っていうか、なんでまた全裸!?」

「え? シャワー浴びたから、そのまま眠くなって……」

「なんで俺の部屋にいるのって意味だけどな!?」

 既視感。

 あの時はただ当惑だけだったけど、今は焦る。

 確かに連続通り魔事件は終わった。

 吸血鬼との死闘は終わった。

 だからこそ、この行動はありえない。

 夏純姉は、あの吸血鬼は俺のことをまた騙そうとしている? 殺そうとしている? 操られている? そんな黒い疑惑ばかりが、頭からこびりついてはなれない。

「夏純姉、大丈夫?」

 起き上がった夏純姉に両肩に手を置く。

 きょとん、とする夏純姉は演技しているようには見えない。

 やわらかくて吸い付くような肌。

 触れている箇所が生温かい。

 生きている。

 死んでいない。

 当たり前だよな。

 だけど、夏純姉に俺は殺されそうになった。

 殺されていたら、俺は夏純姉に背負わせていただろう。

 正気に戻ったら自殺しかねない罪悪感を。

 もう二度と夏純姉には理不尽な目にあって欲しくない。

 俺が弱いばかりに夏純姉を危険に曝してしまった。

 今度こそ無傷で救いたい。

 創作の中の名探偵は事件が起きてから、被害者が死んでから犯人を見つけるのが通例みたいなもの。

 だが、俺は夏純姉に涙を流させるまでもなく救いたいのだ。

 事件が起きる前に、事件を終わらせたいのだ。

 高名なる名探偵ですらできない偉業を、俺は成し遂げたい。

「大丈夫だよ。――ふふ」

「……なんだよ、いきなり。笑うところなんてあったか?」

「だって、だって――なんか最近賢人クン優しいんだもーん」

「ちょ、抱きつくな! せめて、服着てくれ!」

 上から勢いよく抱きつかれたせいで、弾力のある双丘に顔が埋まる。

 ゴキッ! と首の骨から変な音がした。

 役得だけど、それなりに痛い! 

 引き剥がそうと思った――けど、やっぱり止めた。

 むしろ、夏純姉にバレないように、両手を背中に持っていく。

 触れるか触れないか。

 その境界線でブルブル手と心が震える。

 抱きしめ返したい。

 取り戻した日常を肌で感じたくて、俺は――意を決して夏純姉の背中に手を回す。爪を立ててしまう。

 強く、強く、抱きしめてしまう。

 痛いぐらいに。

 この温もりを二度と失わないために。誰の物にもなって欲しくないために。

「……賢人クン?」

「ごめん」

 どうしてこんなことをしているのか、きっと夏純姉には分からないだろう。俺でさえもよく分かっていないのに分かるはずがない。唐突に抱きしめる俺のことを、不審に思って嫌われるかもしれない。だけど、離れたくない。

「ううん、いいよ。よしよし」

「………………」

 ぐあああああああ! は、はずかしいいいい! なでなでされている。

 まるで泣いている子どもをあやしつけるみたいに、優しく、丁寧、ゆっくりと。

 でも、不快じゃなかった。

 夏純姉の気遣いが手の平から伝わって、沁みわたるみたいで。がんじがらめに絡まっていたものが、解きほぐされているような気さえした。そのせいで、本当に泣き出してしまいそうになって、


「おはよう! おにいちゃ――――ん?」


 妙にハイテンションな小春によって全てがぶち壊された。――いや、助かった! 助かったんだ! なんかアンニュイな雰囲気に押し流されそうだったけど、ナイスタイミングなはずだっ!

「小春、お、おう! おはよう!」

「おはよー、小春ちゃん」

「……………また? 私を差し置いて何をやっているの?」

「いや、これはその! 誤解だ! 小春! これはきっと、吸血鬼の陰謀だっ!」

「そう」

 よし。

 このまま押し切る。

 夏純姉に喋らせたら余計こじれてしまう。

 ここは、あのファングをも説得できた話術でなんとか乗り切って見せる。

 なんたって、あの世間を賑わせていた通り魔事件を、見事解決まで導いたのだ。その手腕を存分に発揮さえすれば、こんな日常の些細な誤解の解き方など朝飯前だ。

「そ、そうなんだよ! 俺もよく分からなくて、起きたらこんな感じになってて……。寝ぼけてたのかな?」

「うん、そうだね。だから私が起こしてあげるから、安心して賢人兄」

「――っておぅいいいいい! どっからそんな分厚いラノベを持ってきたんだよ? もはやそれ鈍器だろ! それって起こすどころか、永遠の眠りにつかせる代物だから!?」

 小春は力いっぱいぶん投げてくる。


「い、い、わ、け、するな――――――!」



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