18.総力戦
「そんな、私はこんなこと――やめろっ! マンドレイク! 戻れっ!」
エシオルの眷属であるマンドレイクは召喚士に絶対遵守のはずだ。
契約によってそれは守られているはずだが、それでも、一度契約は破棄されている。
この世界と、前世の世界は違う。
時間がなかったんだ。
エシオルがマンドレイクを従順にさせるだけの猶予はなかった。実際に一度失敗している。ファングが入院しているのは姉であるエシオルが眷属を暴走させたからだ。
エシオルがたった一つの眷属しか使役していないのも、制御する自信がなかったからだろう。前世では複数の眷属を同時に操っていたエシオルだが、今はマンドレイクしか操れていない。他のスキルよりも異質なサモナーはより暴走しやすいはずだ。
「戻らない? 暴走した? どう――ああっ!」
エシオルが拘束される。
眷属が主に反逆するのはそこまで珍しいことではない。
ただ、エシオルがここまでの失態をみせるのは珍しい。彼女とは旧知の仲であるからこそ、ここまで操れないことが信じられなかった。
「西野! お前もだ!」
「なっ――」
足元に忍び寄っていた蔦に気がつかなかった。
蔦が巻きつくのは俺だけじゃない。
湯田にもだ。
この場にいる全員が、マンドレイクによって拘束されると、仲良くみんな壁に磔にされる。
「がはっ」
「――まずいぞ! マンドレイクは生命力を吸収できる! このままだと干乾びるまで生魅力を吸われ、動けなくなる!」
全員に木の根が絡み付いて離れない。
腕力で引き剥がすことができないほどにくっついている。
ならば、スキルを使うしかない。
「くっそ――」
マンドレイクのスキルは確かに厄介だが、弱点がないわけでもない。
あらゆるものを吸収できるのはあくまで木の根の裏側だけだ。
もしも、このまま拘束され続ければ、待っているのは――死。
生命力を奪われ続ければ、元吸血鬼であっても死に絶えてしまう。
ファングは木を焼き払おうとしたが――その手は木の根によって貫通する。
「うぎぃいいいいいい! くっそ、あああああああああああっ!」
右手を、そして次に左手を、まるで杭に撃たれたように貫通される。
穴の開いた手から血が溢れるが、その血すらもマンドレイクは吸収する。逆流するような血の流れを見て、抵抗する気が削がれる。
ぐん、と身体が持ち上げられる。
磔にしていたぶってから殺されると思っていたが、そんな悠長なことはマンドレイクの本意ではないらしい。
「おい、まさか……」
ぽつり、と誰かが呟いた。持ち上げられた先には窓ガラスがあった。
頭の浮かんだ熟語は、因果応報。
俺が今日やったことがブーメランとなって返ってきたのだ。
振り子のように一度窓ガラスから引きなされると、勢いをつけられ俺達は二階から放り出される。
「あああああああああああああっ!」
絶叫が口内を迸るが、このまま何もせずに自然落下するわけにはいかない。
二階から落ちれば全員死ぬ。
死ななくとも重症は免れない。
「湯田! 頼む! 地面を!」
「! 分かりました! ――っ『スライム』っ!」
一言だけで通じたらしく、湯田は地面をスキルで柔らかくする。
そのまま全員が地面に叩き付けられてしまう。
だが、柔らかくされた地面に落下の衝撃を吸収される。
痛みはほとんどない。
「――みんな、無事か?」
ギリッ、と屈辱に耐えきれないかのように、ファングが奥歯を噛みしめる音がする。
放り投げられた時に拘束の一部は解かれたが、まだ足元には枷がついている。木の根が嫌らしく絡み付いている。未だに全員からマンドレイクは養分を得ている。
ドシィ――ン! と、マンドレイク本体が二階から落下してきた。
地震のように揺れる。
あちらも木の根で衝撃を吸収したようで、まったくの無傷だった。
普段は植木鉢ぐらいに収まるようなサイズなのに、今では樹齢百年ぐらいの木となっている。
さきほどから割を食っているファングがギリッと奥歯を噛みしめる。
「ふざけ、やがって……。ぶっ殺してやる。死ね! 『轟炎昇波』!」
「ば、ばか! 俺達ごと消し炭にするつもりか!?」
叫ぶが、弱体化が間に合うわけもない。
全身どころか、辺り一帯が炎に包まれる。病院の周りに植えられていた草木が全て焼け野原になってしまう――だが、その炎もマンドレイクによって残さず、しかも一瞬で吸収されてしまう。
「くっ、そ――」
マンドレイクは膨張するようにさらに成長する。
中途半端な力はマンドレイクによって吸収されてしまう。
今現在。
この場で最も火力が出せるのはファングだ。そのファングのさきほどの怒りにまかせた一撃は確実に本気だったはず。それさえも一種で吸収してしまうのだったら、この場にいる誰が相手をしたところで無駄。
戦えば戦うほど勝機が無くなってしまう。
頼れるのは眷属である主人ぐらいなものだ。
「エシオル! どうにかならないのか?」
「無理だ……。今の私には暴走を止められない。たとえ、この場にいる全員が協力しても、あれだけ巨大に成長したマンドレイクには通じない! もっと早く協力できていれば、倒せる可能性はあった! だけど――」
「ふざけるなよ、サモナー! 私が悪いとでもいうつもりか!?」
「どっちにしろ、もう無駄よ。だって、私のマンドレイクはどんなスキルだって、エネルギーを吸収してしまう。それがどれだけ強大なエネルギーであったとしても、吸収し、そして私達の肉体に還元させる」
「そんなこと――あってたまるか!」
エシオルの言葉が信じられないファングはスキルを使う。
だが、無駄だった。
俺の強化と弱体化もきかなかった。
弱体化のエネルギーさえも自らの糧とした。
しかも、力を吸収されただけじゃない、俺達はマンドレイクの力に呑み込まれていた。
「なっ――手がっ――しわしわに! 干乾びている!」
マンドレイクに巻きつかれている部分からカサカサになっている。老化現象とも違う。手を動かしてみると、ギシギシ音がする。指を動かして触ってみると、その肌触りには覚えがあった。
これは、木だ。
俺達の身体の各部は今、木になろうとしている。
「これが、マンドレイクのスキル。人間の生命力を搾り取り、自分と同化させる。最終的には、文字通りで本来とは違う意味の、植物人間になり果てる。――だけど。おかしい、いきなりこんな暴走するなんて……」
「もう、終わりだよ。私も、お前らもな。勇者は――そいつはなあ! 集団自殺を選んだんだよ! そうだよ! 自分の正体を知られたからには、もう一緒に暮らしづらいもんなあ! 気まずいし、またもとの関係に戻れるのは困難だ。だったら、一からやり直せばいい。また異世界転生すれば、苦労せずに良好な関係を築ける! 気をつけろよ、賢者。次の転生先の誰かが、お前の周りの誰かが勇者だ!」
「……どうして?」
「ああ、ほんとうにどうしてだよな。勇者なんかを信じたばかりにお前はまた死ななきゃいけない。同情するよ! そいつは生きているだけで罪なんだ!」
「どうして、お前はそんなにかわいそうなんだ」
「……なにい?」
「なんでそんなに他人を信じられないんだよ! どうして未だに勇者のせいにしているんだ! お前が何もやらなきゃ、エシオルは無理してマンドレイクを使役しなくてすんだんだ! そしたら、暴走もせずにすんだ! そうじゃないのか?」
「……はあ、悪いのは、そいつなんだよ? 私は何も悪くない! 悪くないんだよ! そいつのせいであの大木が暴走している限り! 私の正しさは揺るがない!」
「……約束しろ。ここを切り抜けられたら、お前は二度と俺の妹を狙わないと。勇者が全ての元凶ではないと認めろ!」
「はっ。確かに……。奴の『主人公補正』が完璧である以上、どう足掻いてもここから逃れる術はない。もしも、この運命の強制力から解放されることがあれば――認めてやるよ。お前の言っていることが正しいとな」
「む、無理だ……。一度捕まったら、たとえ勇者だったとしても、どうしようもない。それは私が一番よく分かっている……」
「ははははは! やっぱり、そこのサモナーの方が物わかりがいいな。さすが! 頭がいいだけのことはあるな。どうせ無理なんだよ。世界をも支配する運命に、誰も勝てるはずがないんだよ!!」
攻略法ならある。
マンドレイクが一度に吸収できる許容範囲を超えるダメージを、たったの一撃で与えればいい。
だが、その一撃をさらに吸収してしまったら、もう本当に手が出せなくなる。この作戦は諸刃の剣だ。
俺一人の力じゃ到底及ばない。
足元に結ばれているマンドレイクの拘束から逃れられない以上、近距離攻撃で相手を倒そうとするのは無謀だ。
だとすると、遠距離攻撃で倒すしかない。
有効的な遠距離攻撃を俺が持っていない以上、ここは頭を下げるしかない。
「みんな、協力してくれ! ここにいる全員が力を合わせれば確実に勝てる方法がある! 頼む、今だけみんなの力を俺に貸してくれ!」
「わ、分かった! お兄いがそういうなら、絶対だよね!」
「西野、私は何をすればいい?」
「マンドレイクをなんとか召喚解除してくれ! できなくてもいい! 召喚解除をしている間、マンドレイクは抵抗するはずだ! 抵抗されれば相応の体力を奪われるだろうが、召喚解除をしている間は、マンドレイクは動きづらくなる! だから、少しでも時間を稼いでくれ! 今すぐにだ!」
「了解!」
「わ、私だって、最弱だけどやれることはやってみせる」
「よし! 良く言ってくれた! 湯田!」
これで話し合いをする時間が稼げた。
そう、話し合いが必要なのだ。
小春やエシオル、それに湯田ならば逡巡なく手を貸してくれるのは想定内。
自分の命さえかかっているのなら、たとえ敵であっても味方になってくれる。
そんな場面を俺は何度も出くわしてきた。だが、
「……ふん、無駄な努力を……」
厄介なことにファングはそうではない。
ある意味、自分の死を望んでいる。
自分の主張の正当性を押し通すためには、無抵抗で殺されることが最善だからだ。
利益度外視の相手を説得するには骨が折れる。
ただの正論で丸め込むことはできない。
清濁併せ持つ言い方ではなくてはだめだ。
それはきっと、主人公の中の主人公ではできないことだ。
「ファング、今だけでいい協力してくれ」
「この私の力まで借りるっていうのか?」
こういうへそ曲がりを相手にするには、弱気ではなだめだ。
へりくだっていても、逆に苛立たせるだけ。
ここはあえて強気で攻めた方がいい。
挑発するように。
下手したら激怒しそうなぐらいの煽りでいい。
そちらの方が逆に、ファングには好感触なはず。
「どうせ俺達が負けるって思っているんだろ? だったら、少しぐらい力を貸しても無意味なんじゃないのか? それとも、自分の考えが間違っていたと認めるのが怖いのか?」
「……物はいいようだな。――お前の作戦を言ってみろ。さっさとお前を絶望させて、私の正しさを証明してやる」
よし、予想通り乗ってきた。
ファングはこちらの企みを分かっていながらあえて乗っているようにも見える。
一抹の希望を抱いているのかもしれない。
そして、それを口にするだけ愚かではないつもりだ。
これで全ての準備は整った。
あとは手順さえ間違えなければ必ず勝てるはずだ。
これだけのオールスターそうそう揃うものではない。
全員で力を合わせれば、たとえ主人公である勇者さえも封殺できるほどの強敵だろうとも勝てるはずだ。
「みんな、今できる最大の火力で出してくれ。勝つにはそれしかない。ファングが一番初めに攻撃して、そして、小春が光の剣を出して光を吸収して強くする。さらに、湯田のスキルによって二つのスキルを融合させて欲しい!」
「わ、分かった!」
俺達は協力できなかった。
ファングだけを責めることなどできない。
大戦が起こったことに関して誰にも責任はないが、あえて責任を問うならば、それは全員だろう。
話し合いができなかった。
信じられなかった。
そんな俺達のせいで世界は崩壊してしまったのだろう。
俺達はもっと早く手を取り合うべきだった。
未だに禍根はある。
俺の家族に手を出したファングのことを、完全に赦したわけではない。
だが、今この時だけは何百年の月日をかけても実現しなかった奇跡だけに眼を向けよう。
「あとは勝手にやっていろ! 『炎帝邪剣!』」
「信じているよ、お兄い! 『極光聖剣!』」
「二つを一つに束ねばいいんですね? 『スライム!』」
「――そして、全てを強化する! 『強化』!」
ファングは飛行機ぐらいの巨大な炎の剣を生み出す。
炎に決められた形はない。
それ故にバリエーションがある。
ファングの持つ最大の攻撃力を誇るスキルは他にもあったはず。
だが、あえて炎の剣を生み出したのは、次につなげるため。
勇者が剣のスキルが得意なのを知って寄せてきたのだ。
いくら不本意とはいえ、ここで手を抜かないのは魔王の側近としてのプライドがあるからか。
そして、炎の剣の光でより巨大になった光の剣。
それら二つを融合させる。
元々、光と炎は相性がいい。
他のスキルならば威力を打ち消し合っていたかもしれないが、相乗効果でさらに力強いスキルに仕上がっている。
そして、ダメ押しとばかりに俺のスキルで強化した。
間違いなく、これが今の俺達のできる最高最大の攻撃だ。
「だめ――だ――もう、限界っ!」
エシオルが叫ぶと同時に、マンドレイクが木の根を蠢かして巨躯の剣を受け止める。だが、今度ばかりはすぐに吸収はできていない。
ガガガガ! と受け止めている。
矛盾の故事のように、拮抗している。
この勝負に持ち込めたのは、エシオルのおかげだ。
ずっとマンドレイクを押さえ続けてきたエシオルが、間違いなく隠れたMVPだろう。
「なる……ほど……考えたな。お前の『強化』でさらに強化を……。だけど、これは――」
全身全霊をかけてスキルを発動しているせいで、その場にいる誰も身動ぎ一つとれない。追加ダメージを与えることができない。
少しでも余計な動きをすれば、集中力が乱れ、合成された剣が自壊するだろう。だから、何もできない。
今、自由に動けるのは、エシオルぐらいなものだ。だが、召喚士は、精霊がいなければ無力。
他の精霊を召喚できるならばとっくにやっている。
そんな絶望的な状況で、全員の力を結集させた力は、マンドレイクによって全ては吸い込まれそうになっていた。
「だめ……。あと一手足りなかった……。吸収しきってしまう……。もう――終わりだ……」
「――く――そっ」
マンドレイクの蔦はまだ足元に巻きついている。
そのせいで、全身が徐々に蝕まれている。
少しずつ枯れている。
俺達が樹木になってしまう絶望的な未来が頭に過る。
たとえ木の根に潰されたりせずとも、このまま拮抗しているだけで俺達は負けてしまうのだ。
「そんな、私の……せいで?」
小春がうつむいている。
自分が全ての元凶だと思い込む小春や、マンドレイクの力を知っているからこそ悲嘆しているエシオル、そして、最初からあきらめているファング。無言で歯を食いしばっている湯田。誰もが絶望している。だが、
「顔を上げろ、小春」
こんな絶望的な状況だからこそ、あきらめちゃだめなんだ。
前を向かなければ、勝てない。
もしもここで少しでも力を緩めてしまった、それこそ終わりだ。
「お兄い、でも……私がこの世界に転生しなきゃ、こんなことには……」
「大丈夫、違うって言っただろ? 俺が絶対にお前を、世界を終わらせた戦犯なんかにさせない。俺が証明してやる。お前が生まれてきたことは間違いなんかじゃないってことをな!」
手が空いているのはエシオルだけじゃない。
俺はみんなの力を『強化』しただけで、制御をしているわけではない。だが、仮にここで、考えなしにマンドレイクに向かったところで何もできない。
近距離攻撃は不可能。
遠距離攻撃で地面を割って相手の地盤を崩したとしても、その崩れる力さえも、マンドレイクは足元の木の根で吸収できる。
自分の力だけではどうにもならない。
ならば、マンドレイク自身の力を利用すればいい。
ドガァン!! と、マンドレイクを干乾びた拳が思いっきり殴りかかった。
既に片腕は完全に樹の幹のようになっている。
それを、地面から生やして、斜めに振り上げるように伸ばしたのだ。
不意を喰らったマンドレイクはぐらつく。
木の根が融合した剣を吸収しやすいポジションからズレる。――つまり、全ての力を統合した合成剣はマンドレイクに突き刺さった。
「――――――――――アアアアアアアアアアアアッッッッ!!」
断末魔を最期にマンドレイクが崩れていく。
エネルギーを喰いつくして膨張していた木の根が破裂することによって、眼球を刺すような光が一気に生まれる。
瞑っていた目蓋を開眼すると、そこには跡形も残っていない。
俺達の身体の浸食もなくなっていて、俺達の肉体が元通りになっていた。
「……ばか、な。どうなっているんだ?」
「地中を走らせたんだよ、俺の拳をな」
「地面に手を伸ばしていた? そ、そうか……。二階から地上へ落下した際に、あの雑魚が地面を柔らかくした。それを利用したのか!?」
ファングは俺のやったことに気がついたようだ。
柔らかくなった地面に木となってしまった自分の手を地中に入れた。
もともと木は地面に根を生やす。
だから抵抗なく地面に入れるところまではできていた。
だが、問題は柔らかくない地面。
あまり時間をかけるとマンドレイクに作戦がバレる、もしくは手遅れになるかもしれない。
「だけど、どうやってあそこまでの威力を? あそこまで成長させたんだ? 私の見間違いじゃなければ、拳が数倍に膨れ上がっていた。私の拳よりも何倍にも。まさか、自分からスキルを使って、成長させていたのか?」
「ああ、そうだ。どれだけスキルを使っても浸食は止まらないというなら、それを利用しない手はないだろ? それに拳だけを成長させるために、地面に手を入れたんだ。地面を『弱体化』――つまり、地面を腐らせることによってさらに成長速度を上げたんだ」
「弱体化で拳を強化した? そんなことを……。こ、こいつ……? 普通、どうやって苦痛から逃れるかを考える。どんな悪党だろうが、聖人ぶっている偽善者だろうが、自分は傷つかないように生きているはず。なのに、こいつは、自分が傷つくことを前提に作戦を組み立てている? く、狂っているよ、お前はやっぱり……」
「狂っていなきゃ誰も救えないというなら、いくらでも狂ってみせるさ。――それに、その救いたい中には、お前だっているんだ」
「なに?」
「これで目が覚めただろ。他人のせいばかりしていても、自分が苦しいだけだ。自分の弱さを認めて、初めて人は強くなれるんだよ。成長できるんだ。苦しみだって少しだけやわぐんだ。だから、今度からは俺達だって仲良くなれるよ」
手を伸ばす。
今度は枯れた腕ではなく、ちゃんとした腕を。
握り返してくれることを願って。
「……私まで、仲間にするのか。私のことも赦そうというのか? さっきまでそこの勇者を殺そうとしたのに?」
「人と人とは協力し合える。そういったお前の言葉だけには共感しているんだ。どんな相手だって、話し合えば分かりあえる。分かりあえなくとも折り合いはつけられるはずだ。少なくとも、前世よりかは俺達、分かりあえたんじゃないのか?」
精神年齢アラサーで、正直、周りの人達と分かりあえないと思ったこともある。
自分が分かった気になって、色々言ってしまうことがある。
でも、まだまだ俺は何も分かっていない。
知らないことだってたくさんあった。
だから、大切なんだ。
誰かと手を取り合ったり、話し合ったりすることは。
そうすれば、もっとたくさんのことが知れる。
相手のことを知るってことは自分のことを知るってことでもあるんだ。そして気がつく。
今までできなかったことを、やっていこうって。
転生してからようやく気がついた。本当だったら死ねば手遅れだが、神様とやらが二度目の人生をくれた。その福音を無駄にはしたくない。
「私は赦せない」
「小春……」
「でも、赦せなくても、手をつなぐことはできると思うから。だから、私は手を伸ばす。この手を繋ぐのは、あなたが決めてください」
ありがとう、なんて言わない。だって、そんなのおこがましいから。小春が決めたことだ。その意思を尊重したい。
「ファング、どうするんだ?」
「私は、そうだな。決まっているだろ? 私は――――」
ファングは手を出し返してくれる。
それは、長い戦いが終わった合図だった。




