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15.全ての元凶

 委員長は同い年ながら、しっかりとしていた。

 学校では常に好成績で授業態度は真面目そのものであり、世話焼き。

 俺のことをいつだって支えてくれていた。

 勉強会だってやったし、遊びに行ったりもした。

 問題なのは、それがいつから偽りだったかだ。

 俺はつい先日、覚醒したばかりだが、委員長は何年前から? それとも生まれた時から吸血鬼の前世を自覚していたのか? だとしたら、俺に近づいてきたのだって偶然じゃない。俺に気に入れられるために偽の人格を用意したのだとしたら?

 ずっと一緒にいて笑い合ってたくさんのことを共有して、もしかしたら一生の仲である親友ってこういう奴のことなんだろうかと思わせたのだって、全ては委員長の演技によるものだったとしたら?

 笑顔の裏でずっと憎しみの刃を研いでいたのだとしたら? 

 自分の友達を次々に眷属にして襲わせていた残忍な性格なのが、委員長の本性で、全てだったのだ。

「やはり、お前も覚醒していたんだな、西野。正直、お前には何も知らないままでいて欲しかったよ……」

 ギリッ、と奥歯を噛みしめる。

 哀愁漂う顔で委員長は、まるで自分だって哀しいとでも言いたげだった。

 こいつは吸血鬼。

 いつも陰で誰かを操って矢面に立つことはなかった。

 夏純姉の涙を直に見ていない。

 朱雀のボロボロになった姿を見ていない。

 そんな奴に被害者面だけはされたくない。

「何が知らないままでいて欲しかっただ! お前が襲いかかってきたんだろうが! 夏純姉まで使って、それに、朱雀や淀まで吸血鬼の眷属にしやがって! どうしてだ……どうしてそんなことを」

「それは――」

 困惑顔の委員長が何かを言う前に、ボッと火が灯る。


「『炎草えんそう』」


 ズアァッ! と、地面に炎が走ると、まるで草原のように足元を忍び寄ってくる。

 眷属のスキルとは比較にならないほどの速度だ。

 炎の走り方の滑らかさから熟練度の違いが窺える。

 だが、そんなことより、問題なのはスキル使用者だ。

 このスキルを使用したのは委員長ではない。

 第三者だ。

 スキルの系統からして吸血鬼本人である可能性が非常に高い。

「これ――は――」

 炎の発生源である明智花音が立ち上がる。

 すると、追加のスキルを発動させる。

「『昇炎火葬しょうえんかそう』」

 地面に広がった炎一面から火柱が立ちのぼる。

 一つや二つではない。

 目の前には火柱が数十以上広がる。

 病院がまるで地獄の釜のようになる。委員長と俺の全身は一瞬にして火だるまになるが、俺のスキルで弱体化させる隙などなかった。

「火炎を喰らい尽くせ、我が眷属『マンドレイク』」

「なっ――」

 委員長が叫ぶと、ボコボコと床から木の根が生えて、まるで蛸の触手のようにうねる。その触手が炎を覆うと、あっという間に吸収してしまう。

 眷属というものには、大きく分けて二種類ある。

 それは、強制的に支配される眷属と、互いの合意のもとに契約を交わす眷属だ。

 委員長の眷属は明らかに後者によるものだ。

 使役している『マンドレイク』のスキルを俺は知っている。

 元々『マンドレイク』の特性は『生命』を操ることにある。絶叫を聴いた人間を絶命させるだけの力を持つマンドレイクは、他の生命を取り込んで自らの血肉することができる。

 それこそが『吸収』というマンドレイクの特別なスキルだ。

 生物だけでなく、あらゆるもの生命を木の根で吸い取ることができる。

 水だけでなく、弱点となる炎でさえも吸収し、成長することができる。

「一瞬で炎が……消えた……」

「正直、これだけは使いたくなかった。まだ覚醒してから日が浅いから、私の眷属が暴走状態にあることが多い。私が自身の眷属を制御しきれなかったせいで、妹は入院する羽目になったんだからな……」

「あの傷を、委員長が? 眷属ってまさか……お前……」

 俺は勘違いをしていた。

 被害者だと思っていた明智花音は加害者で、加害者だと思っていた委員長が被害者だったとしたら? 委員長は他の誰かが犠牲にならないために、吸血鬼と人知れず戦っていたのか。

 委員長の前世を考えれば、やってきたことが自ずとはっきりする。

 二階の眷属達を倒した第三勢力の正体は委員長だったのだ。

 委員長の従えているマンドレイクならば、遠距離から敵を排除することができる。その場に自分がいなくともだ。

 タッ、と足音が響く。

「湯田? 良かった、無事だったのか? て、どんな格好してんの? イメチェンするにももっとあっただろ!?」

 足音に振り返ってみれば、湯田は下着姿だった。

 目のやり場に困る。

 髪の毛が焦げているから、ここに来るまでに相当の修羅場をくぐってきたらしい。

 下着姿なのも、戦いによるものだろうが、それでももっとましな服装があったんじゃないだろうか。

「こ、こっちだって色々あったんですよ! それに都合よく服の替えなんてあるわけなないじゃないですか!?」

「ここは病院なんだから、患者が着る服あるだろ? それを借りればよかったんじゃないのか?」

「…………」

「気がつかなかったのか?」

 キレ者だと思っていたけど、意外なところで抜けているな。

「もちろん気がついていたけど、急いでいたんですよ! だから、全然恥ずかしくないですよ!」

 耳まで真っ赤なんですけど、とか無粋なつっこみはやめておこう。

「そ、それよりも、まさかこの人あの『猛獣使い』ですか!?」

 誤魔化した! 俺もちゃんと乗ってあげよう! かわいそうだし!

「そうだ……。勇者パーティーのメンバ―の一人の『猛獣使い』こと『召喚士サモナー』のエシオルか?」

 召喚士は、契約した眷属を召喚することができる。一体だけでも強力な眷属を、召喚士は複数体操ることができる。

 かなり強力なスキルである『召喚サモン』だが、契約方法のほとんどのケースが眷属を倒すのが条件だったりするので、ほとんどの人間が召喚士にはなれない。

 召喚士とは、世界に四人しかいなかった賢者と同じぐらい稀少な存在だ。

 だからこそ、眼前の召喚士が誰かはすぐに分かった。

「『猛獣使い』か……。その呼び方はするなと、何度も言ったはずだ――ワイズ」

「その返し方、やっぱり、エシオルだな!」

 エシオルは最初から最後までずっと戦ってきた一人。

 少し涙が出そうだった。あの時死んでしまったエシオルが、またこうして転生したとはいえ再会できるなんて思っていなかった。

 このやり取りも毎回やっていた。

 周りに人がいると本気で嫌がるが、二人きりの時にやるといつも笑いながら呼び方を否定していた。二人しか分からない確認の仕方。旧知の仲だからこそできるコミュニケーションが懐かしくて、自然と笑いがこみあげてくる。

「賢人兄!」

「こ、小春?」

「出てくるなとあれほど言ったんだがな……」

 エシオルが鼻を鳴らす。

 どうやら小春の身を案じて姿を隠すように言い含めていたらしい。

 無事でよかった。

 そして。

 日常を変えてしまったのは……尊い日々を壊した元凶は、たった一人だけだ。倒すべき敵がようやく判明した。

「役者はそろったらしいな……」

 首をゴキン、と鳴らしながら、明智花音が病室から出てきた。

「……この人が吸血鬼?」

 湯田がゴクリと喉を鳴らす。

「そうだ。私のかつての名はファング。――久しぶりだな、賢者。直接会うのは十年以上経っているから、それも当たり前か……」

「ファングって……。幹部も幹部。魔王の側近じゃないですか? まさか、そんな大物が黒幕だったなんて……」

「ファング……。お前が全ての元凶か……。目的は何だ? まさか――世界征服とでもいうつもりか?」

 異世界ジェドレンでは魔王軍が世界を征服していた。

 だが、それができたのは、歴史が浅かったからだ。

 この世界は個人の力で世界を征服できるはずがない。

 そうならないように、長い年月をかけて世界の基盤はできあがっているのだ。世界征服なんて夢物語をいまさら語って騙るはずがない。そう思っていたのに、

「――――は」

「ん?」

「ハハハハハハハハハ!」

「なっ――」

 なんでいきなり腹を抱えて笑い出したんだ?

「この私が黒幕? 元凶? 世界征服? そんなわけないじゃん。こんな小物がここまで引っ掻き回せるわけないでしょ?」

「なに……? お前じゃないって言うんなら、まさか……」

「そう。今までの全ての戦い。前世の大戦を引き起こした張本人でありながら、この現世でも人間を犠牲にしている黒幕、全ての元凶は――」

 ファングが言わずとも、脳裏に浮かぶのは魔王しかいない。

 だって、悪の親玉だから。

 世界を征服していた悪の王は、この世界に異世界転生していたとしても今更驚かない。

 影でファングを操っていたというのなら、逆に魔王しか思いつかない。

 他に該当する人物なんて、そう、たった一人しかいない。

 だから、魔王であってほしかった、本当に――。


「お前だよ、西野小春。かつての『世界の破壊者』である勇者ブレイア。お前こそが世界の敵だ」



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