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14.終着点

 走る。

 スキルで傷を癒しているとえ、まだ全身の傷みが消えたわけじゃない。骨だって罅が入ったままだ。疲労感だって全身を蝕んでいる。

 それでも俺は走って、ようやく209号室までたどりつく。敵がどこかに潜んでいるとか考えもしなかった。傷を全快しようだなんて逡巡しなかった。

 ただただ、心配だった。

 小春や委員長、そして、湯田。

 その三人の安否を知りたかった。

 ここに至るまで、誰にも会わなかった。何者かに倒されて横たわっている眷属達がいたけれど、それだけだった。

 頼むから、無事でいてくれ。

 出会った瞬間、また襲われてしまうかもしれない。

 既に眷属となってしまって、俺の敵になっているかもしれない。

 それでも、会いたい。

 また騙されるかもしれないが、会えないこの不安よりかはずっとましだから。

 力を込めてドアを開く。

 どんな光景が目に飛び込んできても覚悟をしてきたつもりだ。死角から敵が来てもすぐさま反応できるつもりだった。

 だけど、俺は立ち止ってしまった。

 思考が停止した。

「…………なんだ?」

 寒い。

 全身の悪寒が止まらない。

 病室にも、びっしりと、それこそ足の踏み場もないくらいに眷属が横たわっていた。廊下の眷属の数の比じゃない。しかも、整頓されていた。眷属達は誰かによって倒され、そして、並べなれていたのだ。みんなで仲良く雑魚寝しているようで、気味が悪かった。

 でも、それだけならまだ良かった。

 パラリ、とページをめくる音がする。

 そいつは、病室のベッドで読書をしていた。

 それが誰なのかはネームプレートが教えてくれている。

 通り魔事件の最初の被害者である明智花音だ。一心不乱に読みふけっている。眷属達がいるのに、読書に集中している。本のタイトルは『人間失格』で、読みながら涙ぐんでいる。

「あー、感動するな。何回読んでも」

 めくる速度が速い。いったい、何回読んだのだろう。そんな読み返さなくてもいい本を、どうして今、このタイミングで読めるのだろう。

 めくる指先は細くて綺麗で、真っ白だ。

 後ろのカーテンが見えるように透明で、長い髪が柳のように風に揺れている。委員長の妹だから年下なのだろうが、神の福音を受けた精緻な顔は大人っぽく見せている。俺と同級生だと言われても違和感はない。それどころか、年上にさえ見える。そんな彼女だが、華奢で小さな腕を見ると年相応さを感じる。

 あまりにも現実味がなさ過ぎて、幽霊にさえ見えてきた。

「あっ――」

 声を出せたけど、何を話せばいいのか分からなくなってきた。

 今のこの光景を見て、誰が明智花音をただの一般人だと思えるだろう。

 ただの被害者ではなく、吸血鬼と戦ったのだとしたら? この屍の山のようになっている眷属達の惨状が物語るのは、あの吸血鬼と互角に渡り合ったという実力。恐らく、前世は同郷なのだろう。何かしらのスキルを持っている。

 つまり、吸血鬼の敵となる第三勢力は、こいつだった?

「…………あれ?」

 ようやく俺という存在に気がついたのか、明智花音は本を閉じる。

 だけど、透明な瞳は俺に向けているようで、向けていない。

 俺よりも後ろの誰かに向けているようだった。


「良かった、いたのか」


 委員長が息を切らして背後に立っていた。

 走ってきたようだったが、どうして気がつかなかったのだろう。

 この凄惨なる状況に圧倒されていたからか? それとも――いや、考えるのはよそう。いつだって、嫌な予感だけは的中するものだから。

「委員長、良かったっ……無事だったんだな? 小春は、どこにいるんだ?」

「ああ、いるよ……」

「えっ? どこに?」

「病室には入らないでいてもらっている。あいつがいたら邪魔だからな。お前も、少し離れていろ」

「……委員長?」

 有無を言わせない言動に、いつもの委員長が見えない。

 まるで、別人のようだった。

 いや、もしかしたら、いつも見ていた委員長こそが別人なのかもしれない。

 ずっと、一緒に日常生活を送っていた委員長は偽者だったのかもしれない。

 その予感通り、委員長は本性を顕わにする。


「我が眷属よ、我に従って目の前の敵を討て!」


 ボコボコッと、亀裂が入った床から、何かが飛び出してきそうになる。

 まるでゾンビが墓から這い出るようで、その亀裂は俺の真下にも広がっていた。

「うわっ!」

 飛び退いた足先から何かが飛び出してきた。

 俺はその視線を外してしまう。

 外して委員長を見てしまう。

 豹変した委員長は、無の表情をしながら自分の妹を何の躊躇もなく攻撃していた。家族なんて、血の繋がりなんて感じさせない手加減のなさで。

「きぃやああああっ!」

 叫び声をあげて、吹き飛ばされた明智花音は背中を打つ。

 床に並べられていた眷属達も下から現れた何かによって乱雑になっていた。

 ただの一瞬で、病室がまるで台風の雨風が入ったかのように荒れる。

 そんなことができるのは、一人しかいない。

「委員長、お前だったのか? お前が全ての元凶の――吸血鬼だったのか?」


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