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13.負けるが勝ち

 戦闘音の響きがピタリと止んだ。

 どうやら一階の攻防も終わったようだ。

 どういう結末になったかは知る由もないが、俺にできることは湯田を信じることだけ。先に行かせた小春と委員長のことも気にかかる。

 あらやる不安要素を抱えたまま、俺は209号室へと急ぐ――はずだったが、スッ、と背後で何か影のようなものがよぎった気がした。背後にあるのは、半壊した部屋。俺が壊してしまった破壊の跡しかない。それでも後ろを振り向かざるを得ない俺は勢いよく後ろを振り返る。だが、そこにはさっきと特に変わったものはない。誰もいない。

「……気のせいか?」

 不審に思いながらも、今は時間がない。気にしている余裕すらない俺は踵を返す。その目の前に立っていたのは――


 全身傷だらけながらも、拳を振りかぶっている朱雀だった。


 動きなんて視認できなかった。第六感で咄嗟に腕をあげたが、その腕がメキメキッと悲鳴を上げる。拳がめりこんで、肉体が陥没する。勢いを殺し切れずに、俺は殴り飛ばされる。

「ぐあああああああっ!」

 壁が崩壊すると、別の病室、いや、手術室らしきところに出る。

「――くそっ」

 さっきから壁を壊し過ぎだ。それにしても、どうやって不意打ちを? 二階から落ちてあそこまで元気なんておかしいだろ! いや、元気ではないようだ。

 朱雀の足は折れているのか、変な方向に曲がっている。全身は傷だらけで、血だらけ。見るにたえないほどだが、朱雀は俺をまともに見ることさえできない。

 目蓋が半分塞がっている。痛みに耐えているのか、それとも額から流れる血のせいで開くことができないのか。

「堕ちていた時、スキルを解いた。少しでも重さをなくすために……。そして落ちる瞬間、刹那のタイミングで『筋力増強マッスルバフ』を使った……。お前がヒントをくれたおかげだ。強化だけじゃお前に勝てないと教えてくれたおかげで、今度はお前を倒してやる。お前の教えで、お前を殺してやるよ」

「くっ――」

 朱雀は足が折れている。

 だからすぐに逃げられると思ったが、部屋の角にうまく追い込まれたせいでそれができなかった。

 いや、部屋の中央にいたとしても、一撃目をまともに喰らった傷みのせいで逃げることはできなかっただろう。

 今までどうにかして避けてきた。

 一撃目を与えられても、次の攻撃を喰らわないように、なんとか策を講じてきた。だが、逃げられなかったらどうなるか? 二撃目も、三撃目も喰らってしまったらどうなるか?

 そう――答えは『嬲り殺される』だ。

「くっ――」

 逃げようとした俺の行動を読んでいた朱雀は、タックルを仕掛けてくる。身体をつかった止め方に、俺は防御するしかなかった。吹っ飛ばされ元の位置に戻ると――全身をくまなく拳のラッシュで埋め尽くされた。

 まるでゲームみたいな感覚で、骨を一本一本強引にブチ折っていくようだった。

 手加減されているのか、それともダメージを負っているせいで本気の一撃を与えられないのか。威力よりも速度重視の拳を叩き込まれるが、その一撃一撃がコンクリートを破壊できるほどの強さであることに変わりはない。

「アアアアアアアアアアアア!!」

 朱雀が叫びながら拳を叩き込むのと対照的に俺は、声を出すことさえできなかった。出すことができたのは、精々、血だけ。

 口を切った血を噴き出して、目つぶしをする。

「――うっ」

 スマートとはいえないが、部屋の角からは逃げ出すことができた。

「……かはっ」

 二十撃以上は喰らってしまった。

 平衡感覚がおかしくなっている。

 フラフラになって、手術台に手をつく。

「『弱体――』」

「同じ手が通じると思ったか?」

 床を破壊して、どうにかこの場をやり過ごそうとしたのが予測された。

 床を弱体化させる前に腹を殴られ、俺は膝をつく。

「ぐっ」

 首をつかまれると、床に仰向けに倒される。

 身体の上に乗られる。

 これは、マウントポジションというやつだ。

「こ、これは――」

「これならいくら床を脆くしたところで、お前と俺は一緒に落ちていく。二階から落ちれば、どちらが死ぬ可能性が高いか分かっているよな?」

「うっ……」

「教えてやろう。お前ができることは、一方的に殴られることだけだ」

 殴られる。

 徹底的に。

 また目つぶしをしようとして口を開こうとしたら、その瞬間拳が口に入れられる。前歯が折られた。腕を動かそうとするとそこを潰される。拳の跡がくっきりついて、血が噴き出す。動かそうと、抵抗しようとしたところを叩かれるので、もう、何もやりたくなくなる。いや、もう、何もできない。

 俺のスキル単体はもう役に立たない。

 いつもだったら力押しでどうにかできる。

 だが、こいつには通用しない。

 こういう時には誰かに頼って、サポートに回るのがいつもの手だったのだが、今は一人きり。

 助っ人を期待したいが、助けが来る前に死んでしまいそうだ。

「……どうした? もう、抵抗しないのか? さっきの目つぶしみたいなことをやってくれよ。抵抗してくれないと、やりがいがないんだよ。虫を潰すのだって、じたばた抵抗してくれた方が楽しいだろ? それと同じだよ」

「……その声で、朱雀らしくないことを言わせるなよ。朱雀らしくないことをやらせるなよ」

「『……ふん。貴様には散々煮え湯を飲まされたんだ。私だって少しぐらいやり返していいだろう!』」

 吸血鬼が喋りだすが、頭の端で引っ掛かるのは『私』という一人称。もしかして、女か? こいつ? だが、そんな情報を今の状況下で誰かに託せるわけもない。

 俺はのそっと手を伸ばす。

 肉弾戦に強いタイプは速い攻撃には滅法強い。

 反射的に払いのけてしまう。

 だが、明らかに遅い攻撃なら、逆に身体が反応せずに当たる――その前世の経験が生きた。

 朱雀もいきなり、ペタリと、なんの攻撃にもならないようなソフトタッチに、一瞬攻撃が止まる。

「なんだ? ようやくできた抵抗が、それか?」

「――じゃ、『弱体化』」

 朱雀の筋力を弱体させる。

「? どうして、いまさらそんなスキルを? そんなもの何の意味もないことは、分かっているはずだが? 『筋力増強マッスルバフ』」

「『弱体化』」

 これでどうにもならないことは分かっている。時間稼ぎぐらいなことしかできないっていうのは。

 それでも、少しでも勝算を上げる。

 こいつに勝つ方法は、湯田がご都合主義的なタイミングで馳せ参じることだ。

 俺はそれを期待するだけだ。

「……ふん。意味がないって言っているんだよ――『筋力増強マッスルバフ』」

「『弱体化』」

 何度も触る。

 普通遅すぎる攻撃が効くのは一回だけ。

 今なら払いのけることができるはずだ。

 だが、俺があまりにも弱すぎて歯ごたえがないのか、避けることさえ面倒なようだった。

「……なるほどな。もう、策もなければ勝機もない。そんなお前が縋れるのはそれしかないってことだな? 『筋力増強マッスルバフ』」

 無駄だと分かっていても繰り返す。

「『弱体化』」

「『筋力増強マッスルバフ』」

「『弱体化』」

「『筋力増強マッスルバフ』」

「『弱体化』」

「『筋力増強マッスルバフ』」

 何度も床に叩き付けられ、俺が床を弱体化させずとも壊れそうだった。

「……哀れだな、賢者。それがお前の最後のあがきか……」

「――はっ。……そう……でもない。哀れなのは……お前だよ、吸血鬼」

「なに?」

 ようやくラッシュが止んで呼吸ができるようになる。今すぐ呼吸を整えたいが、今話すのを止めてしまったら再び攻撃が始まってしまう。なるべく朱雀に勘付かれないよう、深く、そして短く呼吸をする。

「お前は……何も学べていないよ。力に溺れて何も見えていない。いや、感じていないといったところか? 確かにお前のスキルは強力だ。だが、強すぎるせいで鈍感になっているんだよ。既に俺の反撃の準備は完了しているんだ」

「な、んだこれは?」

 朱雀は今更気がついたらしい。

 自分の胸に電極パッドが貼られていることを。

 何度も胸に触れていたのはスキルを発動させるためじゃない。あれはあくまで囮。本命は、タッチのさいにAED(自動体外式除細動器)の電極パッドをつけることだった。

 あまりにも強靭な身体に仕上がったせいで、朱雀は反応できなかったのだ。

 ここは病院。

 俺みたいな素人でも扱えるようなAEDがあることは想定内。

 壁が壊れた際に出た煙の中、必死になって見つけて、それを床の底に隠した。

 床の強度を弱体化させればすぐに隠蔽することはできる。だが、その存在を隠すことはできない。AEDを起動したら、やり方を懇切丁寧にデジタル音が説明してしまう。その音が鳴っていたら誰もでも気がつく。

 その高いハードルをどうやってクリアしたのか。

 答えは、再び助けてもらったのだ。

 ここにはいない湯田によって、俺は救ってもらった。

 湯田と話していて思いついた。

 あの戦闘スタイルをどうにかして真似することができないものかと。

 起動時の音は弱体化させて消音にする。湯田の『スライム』のようなやり方で、俺はこうしてAEDを起動させる時間を稼げた。

「『これは……』」

「ここがどこだが忘れたか? 病院なんだ。これぐらい用意しているだろ? どんな力で殴ってもきかないのなら、電気を流してやればいい」

「『お前こそ、忘れたか? そんなもの私に効くか! 鈍感だからこそ、痺れも痛みも感じないんだよ!』」

 そうはならない。

 普通のAEDでは、筋肉の鎧を身に纏った朱雀にはAEDの電力では、一瞬心臓を停止させることぐらいしかできないのかもしれない。

 ただの筋肉の鎧ではなく、スキルで強化されたものなのだ。

 残念な結果になってしまうのは不可避だ。

 そう、それが――普通のAEDならばの話だが。

「『があああああああああああ! な、なに……?』」

 バリバリバリッ!! と雷を直接流されたように朱雀は苦しむ。煙を吐きながら後ろに倒れる。俺はそのまま電力を流すわけがない。スキルを使ったのだ。

「忘れるなよ、俺のもう一つのスキルを」

「『強化だと……。くそっ、私の戦闘中ずっと弱体化をしていたから、わ、忘れていた……』」

「忘れていたんじゃなくて、忘れさせていたんだ。強化と思わせ、弱体化を。弱体化とみせかけて強化を。それが俺の戦いの基本スタイルだからな。強さの中に弱さがあるように、弱さの中に強さがあるように――どちらの大切さも忘れないで戦うから、俺は弱くて強いんだ」

「『……ふ、ふはははは』」

 何故か笑う朱雀。いや、吸血鬼が笑っている。負け惜しみでもなんでもなく、心の底から笑っているような笑い方だった。

 まるで、まるでそうだ。

 負けて嬉しがっているように見える。

 こうなることが分かっていながら、勝負を挑んだようにも見える。賢者と言われて俺をも出し抜いた策をやり遂げて、穏やかな表情を浮かべているようだった。


「『……やはり、お前は賢者だよ。それでこそ、それでこそ……だ……』」



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