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11.強化と弱体化

 俺達は階段を上がる。

 ここに来るまでに眷属達の妨害はなかったが、油断は禁物だ。

 二階こそ、敵が待ち構えている可能性が高い。

 ゆっくりと物陰から様子を見るが、二階に敵はいないようだった。

「ねえ! 賢人兄! これってどういうこと?」

「大きな声は出さないでくれ……。後でちゃんと説明するから……。とにかくあの人達に捕まるのはまずいんだ……。それぐらいは分かるだろ?」

 見つかってしまったか?

 だけど、そっと上の階に顔を出すが、ひと気がない。どうやら、本当に誰も配備していないらしい。逆にそれが怪しすぎる。

 ――いや、いる。

 階段を上がっていくと、廊下が顕わになって見えてきた。そこには複数の人間が倒れていた。牙がある。こいつらは全員眷属。二十人ほどの眷属達が傷を負って、白目を剥いていた。

「なんだこれ……?」

 生きている屍の山が築かれている。

 一体誰がこんなことを? 仲間割れは考えられないから、第三者によってやられたものだろう。ただの人間が眷属を倒せるわけがない。倒せたとしても一体や二体が関の山なはずだ。

 二階に辿りつくまでに俺達は誰にも会ってやしない。ここに配置していた眷属達を、俺達が到着する前に全滅させた奴がいる?

 俺や湯田ではない第三勢力がここにいるのか? だとしても、俺達の味方になってくれるのか? 敵の敵は必ずしも味方になるとも限らない。

「ん?」

 強化していた耳が、後方からの音を感知する。

「どうしたんだ、西野?」

 委員長が不安な顔をする。

「逃げろっ! 誰か……追いかけてきてる。足音が聴こえるっ! このままだと……追いつかれる。だから、どこかに隠れて逃げろっ!」

「まっ、待ってよ、お兄い! 痛っ!」

 小春の腕をつかむと、妙に痛がる。視線を落とすと、傷に触ってしまったらしい。それも、ついさっき新しくできたような傷だった。

「血……? まさか、噛まれたのか?」

「そ、そんなわけないでしょ。ちょっと壁で擦っただけだって……」

 嘘を、ついているか? 俺を心配させないために、吸血鬼の眷属になりそうなのを隠している? 傷口からは判断できない。擦ったように確かに見える。眷属になりそうな予兆もなさそうだ。そもそも、顔が真っ青で、恐怖のあまり息遣いが荒い。これじゃあ、判断ができない。ここは、小春の言葉を信じるしかない。

「委員長先に、行ってくれ。信じているぞ」

「分かった。お前の妹は必ず私が守る」

「お、お兄い!!」

 引きずられるように小春は、委員長に連れられて奥へと行く。曲がり角を曲がって姿が見えなくなって……ほどなくして、後ろから追いついてきたのは、俺の友達だった。

「……朱雀……」

 拳を握る。いつでも迎え撃てるように臨戦態勢になる。だが、さっきとは打って変わって朱雀は冷静になっている。

「はあ、はあ。――良かった……無事、だったか?」

「朱雀、お前、俺のことが分かるのか?」

「はあ? 何言っているんだ、当たり前だろ?」

「…………」

 夏純姉も普通に喋れていた。

 それどころか眷属になっていたことを俺は全くといっていいほど察知することはできなかった。

 湯田に倒されて正気を取り戻した? いや、それにしては早過ぎる。湯田も上にあがってこなければおかしい。相打ちでここまでこられない? だめだ。朱雀が眷属なのか、それとも元通りになったのか分からない。

「信じてくれないかもしれないが、あっちで転入生や小早川が戦っている……。どうすればいい? 明智達はどこにいるんだ?」

「……何も憶えていないのか?」

「なんのことだ? なあ、それより、明智達はどこへ向かったんだ? もう、病室へ行ったのか?」

「……あいつらは安全な場所逃がした。こっちだ」

「おう! そうか!」

 喜んでついてくる朱雀をちら見しながら、角を曲がる。もちろん、俺はあいつらがどこへ行ったのか知らない。そんなことを知らずにのこのこついてきた朱雀に、俺はスキルで底上げされた力を振るう。握りしめた拳を朱雀の顔面へ叩き込む。


 ドゴォオオオオン! と殴られた朱雀は壁を突き破る。


 パラパラと、壁の破片が落ちてくるのを頭に感じながら、ゆっくりと朱雀へ近づいていく。

「悪いな、朱雀。もしもお前が眷属じゃなくなっていたら、すぐに傷を治してやるからな」

 舞い上がった埃で姿が見えない。

 振り払って視界を良くしようとした俺の脇腹に、握り拳が叩き込まれる。

「がっ!」

 今度は俺が吹き飛ばされる。壁に背中を激突させ、それでも勢いは止まらず、壁が破壊される。突然のことに、まともに声すら上げられなかった。

「コロスコロスコロスコロスコロスコロスッ!!」

「なんだ、この力はっ!?」

 朱雀の服が腕の筋肉の盛り上がりによって弾ける。

 体育の着替えの時に細マッチョだと思っていた朱雀の上半身の筋肉が、ボディビルの世界大会出場選手みたいに立派なものに仕上がっていく。

「『筋力増強マッスルバフ』」

「これは――俺と同じ、強化系のスキルかっ……!」

 振り下ろした拳で、床が粉々に割れる。

「くっ!」

 なんとかギリギリのタイミングで、飛び上がって避けられた。

 最初の攻撃より強くなっている腕力で殴られるのは避けたい。

 一撃目は『強化』によって身体的能力を上げていたので、耐えられていた。戦いの最中には必ず自身の身体にかけているので、どんな攻撃にも耐えられるはずだが、これほどの威力は相殺しきれない。

 純粋な力の底上げ。

 単純であるが故に、強い。

 特殊なスキルならば強力であるが故に、弱点が生じる。

 湯田のスキルである『スライム』も、炎や雷などのスキルは柔らかくできないように。

 だが、この『筋力増強マッスルバフ』には弱点らしい弱点はない。

 俺の『弱体化』で弱体化したとしても、あちらが『筋力増強マッスルバフ』を使えばノーカン。いたちごっこだ。朱雀を弱体化させる以外の方法で勝つしかない。

「いくら腕力があっても、そんな筋肉ダルマじゃ機敏な動きはできないだろっ!!」

 ぶんぶん、と腕を振り回される。

 避けているのに、背筋が凍りつくほどの威力。

 俺は大げさなほど後ろに大きく跳んで距離を取る。

 俺には遠距離攻撃というものは基本的にない。

 拳で殴るのみ。

 だから、ヒットアンドアウェイで相手を削りながら戦うのが最善だ。あっちは上半身だけ強化していて、俺の動きにはついてこられていないのだから。

「『筋力増強マッスルバフ』」

 姿が消えた――――と眼を疑っていると、いきなり至近距離まで距離を詰めていた。

 瞬間移動なんかじゃない。

 ただ単純に動いてここまで来ただけ。

 速過ぎるが故に、眼で追いきれなかっただけだ。

「なっ――足の筋肉も」

 足の筋肉も増強されたということは、足腰を回してさらに威力のある右ストレートができるということ。それに、ダッシュの勢いも追加されて今までの倍以上の破壊力が足された拳が襲い掛かってくる。

 避けられないし、逃げられない。

 だから、俺はあえて一歩踏み出す。

 俺も強化した拳を遅れて突き出す。そんなものは間に合わないと分かっていながらも、俺はもう退かなかった。だが、そんなちっぽけな勇気を砕く一撃が放たれる。

「ぐああああああああああああっ!!」

 こちらの拳は当たらなかった。

 俺は紙屑のように殴り飛ばされる。

 拳が胸にめりこんでしまって、白い骨が見えるほど肉体を削られてしまった。壁まで追い込まれたが、二階から放り出されることはなかった。壁には亀裂が入るだけだった。

 あのまま退いていたら、俺の負けだった。

 肉体が壁を貫通し、二階から落下していただろう。そのまま強化した自己治癒能力を発揮できずにそのまま死んでしまっていたかもしれない。

 だが、あえて踏み出したことによって、拳の走る距離を縮めた。さらにはこちらも拳を繰り出すことで、お互いの拳は微妙に打点がずれた。そのことによって急所への攻撃だけは避けることができた。

 あの刹那の時。

 計算してやったわけではない。ただ無我夢中で身体が動き、拳を突き出していた。絶対的な死の予感がしながらも、立ち向かうことができた。

 つくづく、俺は賢者じゃない。

 何も考えられない、愚者だ。

 目の前の筋肉ダルマよりも、よっぽど脳筋だった。

「重い一撃だな……。あと一撃まともに喰らえば再起不能かもな……」

 こちらも覚悟を決めなければならない。

 今まで俺は朱雀相手に本気の本気では戦っていない。

 朱雀を極力傷つけないやり方で戦っていた。だが、それでは勝てない。相手を敵だと認めて、全身全霊でやらなければこちらがやられる。朱雀を助けることができない。

「くそっ。戦いたくないなあ……」

 朱雀は本当にいい奴で、だからこそ殴りづらい。

 朱雀は顔も性格もイケメンで異性にモテて、よく俺は橋渡し役として女子に話しかけられた。青田くんって、彼女いるのかな? バレンタイデーのチョコ渡しておいてくれる? ごめん、二人きりになりたいから、どっか行ってくれる? 邪魔なんだけど。――そんなことを言われ続けた。

 可愛い子も、美人の先輩も、はては学校を飛び越えて社会人まで告白されていた。――思い出して来たら、胸がむかむかしてきたな、なんでだろう……。今なら俺は朱雀を倒すことに何の憂いもない気がする。全国のモテない男子も俺のことを応援してくれるはずだ。

「朱雀、お前は俺が助ける! モテまくっている腹いせに一泡吹かせてやりたいとか全然思っていない! だけど、お前をブッ飛ばす覚悟はできた! 今から全力で倒しに行くっ!」

 朱雀の強化は一点集中型で、俺の強化は分散型。

 俺が筋力を強化しても、朱雀には及ばない。

 まともに戦っていては、戦いにすらない。だったらどうするか? そう。戦いにすらならないのなら、戦わなければいい。答えはシンプルだ。

「確かにお前の強化は強い。――だけど、それだけだ。強さだけじゃ強さの限界は超えられないんだよ」

 牛のように突進してくる朱雀を、ひらりとかわす。

 さっきから真正面に、最短距離をただ移動するだけの朱雀。来ると分かってさえいれば、攻撃の予備動作を見切れない訳がない。全神経を集中して、避けることだけに専念していた。立ち向かうこと、戦うことを一切破棄すれば、一撃ぐらいは避けられる。

 空振りした朱雀は、一瞬だけ身体が泳ぐ。

 その一瞬こそが、この戦いの全てだった。


 バキバキバキッ! と床が割れる。


 俺のスキルによって、床と壁は既に弱体化されていた。ちょっとした衝撃で壊れるぐらいまで脆くしていたのだ。朱雀は今、筋肉の塊。筋肉は脂肪よりも重い。だから、朱雀がこっちに来れば、それだけで床と壁が崩壊するのは必然だ。

「ア、ガアアッ!」

 もがいて崩壊から逃げ出そうとする朱雀の腕を、俺は蹴飛ばす。唖然とする朱雀に、強化した足で、首を思いっきり鎌でぶん回すように膝蹴りする。

「グガッ!」

 意識が混濁した朱雀を尻目に、俺は逃げる。斜めになって落下途中の朱雀の身体を使ったジャンプで安全地帯へ。


「堕ちろ」


 朱雀は半壊した病室とともに、二階から一階へと落下していった。


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