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01.西の賢者が死んだ

「はい。次の方、どうぞ」

 そう言われて、ハッとする。

 俺は白い部屋にいた。

 いつの間に連れてこられたのか記憶がない。

 本当に真っ白な空間。

 殺風景そのもので落ち着かない。

 白くないものは、眼前の一か所ぐらいのもの。机があって、書類があって、そして――。


 天使がいた。


 あどけない顔をした幼女で、頭の上には天使の輪っかがついている。それから、似合ないぐらい立派な白い羽もついていた。見た目は天使そのものだが、やっていることはまったく天使らしくない。

 紙の書類に必死になって眼を通していた。天使自身のスキルで動かしているのか、それとも他の誰かがスキルで造ったのかは分からないが、羽ペンがまるで生き物のように自動で動いている。何やら書類仕事をしているようで、かなり忙しそうだ。

 ここがどこなのか、あなたは何者なのかを質問したかったがしづらい雰囲気だ。

 キョロキョロと他に人がいないか探していると、あちらから質問してきた。

「ワイズ・イーストさん。人間の男性で、二十歳ですね?」

「あっ、は、はい……」

 一度も紙から目を放さない。

 まるで事務作業のように淡々と話し出す。

「あなたは死にました。魔王に殺されたのが死因です。間違いないですか?」

「はあ。間違いないです――けど――なんでそのことを訊くんですか?」

「…………」

「あの」

「…………」

「…………」

 無視されている。こっちの質問は受付ないのか。

 それとも単純に話を聴いていないのか。

 どちらにしても、俺は殺された事実は揺るがない。

 ああ、そうだ。

 死ぬ直前のことを思い出した。

 俺は魔王に殺されて、仲間たちに看取られて意識が遠のいたと思ったら、ここにいた。

 傷はないけれど、傷跡は残っていた。

 賢者のローブがところどころ破れている。

 引っ張ってみると、完全に破れて下半分が落ちてしまった。防御のバフをかけていたローブがここまで破れるなんて普通ありえない。魔王の最期の一撃はそれほどまでに強力だったのだ。

 そして、ここは? 

 天使がいるのだから、ここは天国なのだろうか。天界というところなのだろうか。それにしても、思っていたより何もない場所だ。

「――正確に言えば、死んだと勘違いしていた魔王が実は生きていた。そのことをあなた達勇者一行は気がつくことができなかった。勝利に酔って油断していたあなた達に対して、魔王が最後の力を振り絞って放った一撃を喰らってしまったおまぬけさん――それがあなたですね?」

「まあ、はい、そうです……」

 なんだろう。

 言葉に棘がある気がする。

 確かに、止めを刺したとばかり思って油断していたのは事実だ。

 だけど、あの魔王城に至るまでの道程を知らない人に批難されると、そう簡単に呑み込めないものだ。たくさんの敵を倒し、最後の魔王と戦うまでにどれだけ疲弊していたか。ようやくラスボスを倒したと思ったのだ。油断の一つぐらいする。

「あなたは、多くの人間に『西の賢者』と呼ばれ、勇者の助言をしていたようですね。その割には『前線で戦う脳筋賢者』だとか、『刺した剣の方が折れる化け物』だとかも呼ばれていて、恐れられていたとか……」

 パラパラと個人情報満載らしい書類をめくっていく。

 一体どこまで書いているのか。

 チラリと見えたのは、俺の生まれた時の体重。なんで、そんなものまで!? もしかして俺の全てがあそこに書かれているのだろうか?

「普通なら『賢者』は前線には立たないものですけど、俺の『スキル』は戦い向きですから」

「確かに、そうですね。――って、あなた賢者を名乗っている癖に二つしかスキルを持っていないんですね。千以上のスキルを持つのが賢者の最低条件だと聴いていましたが……」

「うぐっ。ス、スキルは得意ではなかったもので……。むしろ格闘方面の技術の方が師匠には褒められましたけど」

 スキルが二つしか使えない。そのせいで常に周囲から馬鹿にされ続けたせいで、俺は自分に自信を持てなかった。

 そんな落ちこぼれの俺の手を取ってくれたのが勇者だった。

 俺は自分の力を信じられなくとも、俺の力を信じてくれた勇者のことは信じられた。

 家族同然に育った勇者のことを俺は心の底から慕っていた。

「それじゃあ、どうしますか? あなたには魔王から世界を救ったという実績があります。それなりの特典をつけて転生させるのが、我々天界の天使の役割なんです。どうします? 全てを破壊できるチートスキルを手にしますか? それとも不老不死の力でも手にしますか?」

「あの……元の世界に生き返るという選択肢は?」

「ありません。あなたは完全に死んでいます。異世界転生という選択肢しかありません」

「そう、ですか……」

「………………」

 天使はさっきから一つの仕事だけじゃなく、複数やっているようだ。

 俺のことだけじゃなく、他の人の書類にも目を通しているようだった。

 同時に仕事を処理できる頭脳はすさまじいが、逆からいえばそれほどまでに頭を使わなくてはならないほどに仕事量があるということだ。

「あの、大変そうですね。手伝いましょうか?」

「は?」

「やり方は分かりませんけど、書類整理とかなら得意なんですよ。ぐうたら師匠のせいで掃除当番は俺だったんで。えっ、と。分類分けぐらいだったら俺にだってできるかもしれないですし……」

「………………あなた、ちょっとおかしいんじゃないですか?」

「――ええ? よく勇者とか、仲間の『猛獣使い』の奴からはよく言われていましたけど、初対面の人にそんなあけすけに言われると傷つくんですけど!?」

 ぱたぱたぱた、と同時進行していた自動羽ペンが停止する。

 それから、天使も顔を上げて――ようやく、初めて、目が合う。

 絡み合った視線の先の瞳は、まるで宝石のように光を乱反射しているのかというぐらいに眩しかった。

「――あなた、勇者を庇って死んでいるんですね」

「はい。装備品や肉体を強化できる俺が一撃で死んだスキルだったので、勇者がくらっていたら確実に死んでいたでしょうね……」

 仲間の力になりたい。

 その想いだけで俺は、強化するスキルを身に着けた。自分自身が戦うというよりも、誰かのサポートとしてのスキル。あまり強いとはいえない。全てを破壊できるスキルではない。俺のスキルは守りたいものを守るための力だ。

 でも、もう俺は死んでしまった。

 全ての積み重ねは無意味になってしまった。

 だけど、あの世界はもう平和になったのだ。

 最後の最後で俺の役立たずなスキルが大切な人を守れたのなら、俺も本望だ。

「あなたが初めてです。何百年と天使をやっていて私の心配をしたのは……。みんな自分のことばかりでした。分不相応な願いを私に言ったり、喚き散らして暴れたり、酷い時には私に攻撃してきたりしましたよ」

「まあ、やっぱり、取り乱すんじゃないですか、自分が死んだら」

「普通、そうですよ、あなたみたいな変わり者と違ってね……」

「あはは、そう、ですよね……俺、変わり者みたいです。あんまり自覚なかったんですけど、死んでからよく分かりましたよ。天使にさえ指摘されるなら俺はきっと変わり者なんでしょうね」

「……最大限あなたの意見を神様に通したいと思います。あなたは、何が欲しいですか? 徳を積んだ人には、正しくいいことをした人には神の祝福が与えられますよ?」

「正しく、いいことですか……」

 少し、引っかかってしまった。

「どうしましたか?」

「俺は正しくも、いいこともしたつもりもないですよ」

「――あなた方は魔王を倒して世界を救ったんですよ? そのおかげでたくさんの人達の命を救ったんです。もっと誇るべきじゃないんですか?」

「全ての人類を救えたわけじゃありません。それに、吸血鬼やスライムなど、たくさんのモンスターを俺達は殺しました。救うために、救わなかった。自分達の正しさのために、彼らの正しさを否定してしまった。そんなこと、誇れませんよ……。殺すことを誇ってしまったら、そいつは本当にただの薄汚れた殺人鬼になってしまいます。本音を言うと最後まで俺は誰も殺したくはなかった……」

「それでも、あなたは戦場から逃げなかった」

「賢者なんてね……。偉そうですけど、代わりなんているんですよ。俺の代わりはどこにでもいる。だけど、俺が逃げてしまったら、他の誰かが血を流さなくてはならない。返り血を浴びなければならない。――だったら、俺がやるしかないじゃないですか」

「――ご立派ですね。でも、その信条のせいであなたは死んだんですよ。そこに、どんな理屈があるんですか? あなたがやったことはただの自己満足なんじゃないですか?」

「理屈なんていりませんよ。人が嫌いになるのに理屈がいるけど、人が人を好きになるのに理屈なんていらないですよね? それと同じです、同じなんです。誰かを救わないのには理屈がいります。相手は敵だから、殺さなくちゃ殺されるから。でもね――」

 そうだ。俺は愚かだったから、小利口にまとまることなんてできなかった。それどころか、間違いばかりだった。正しくなかった。


「誰かを救うのに理屈なんていらないんだ」


 それでも、正しかったはずだ。誰かを救おうとすることは正しかったはずなんだ。仮に正しくなくとも、俺は正しくあろうとしたことを正しいと思う。たとえ、そのせいで俺自身が死ぬことになったとしても、絶対に――。

「…………あなたが……『賢者』だと呼ばれる理由が分かりましたよ」

 瞠目して動きを止めていた天使は、フッと弛緩して息を吐く。

「いいえ、俺は『賢者』なんかじゃない。ただの『愚者』ですよ。愚かついでに前言撤回していいですか? 天使さん」

「なんなりと」

「お願い、きいてもらえるんですよね?」

「ええ、なんでもおっしゃってください」

「できれば、もう争いのない世界がいいです。俺の生きていた世界だって平和になったんだ。俺も平和っていうのを味わう贅沢ぐらい欲しいです。わがままをいわせてもらえるなら、戦いそのものがない世界が。もう、戦うのは嫌なんです」

「そうですか。――はい、大丈夫です、その願いは神に受理されました。あなたにピッタリの場所がありますよ。清潔な水がいつでも無料で手に入り、食べ物も大量に溢れ、誰もが学校という機関で義務教育を受け、働かずとも手続きがうまくできれば生きていける国へ、あなたを転生させてあげます。剣や銃の所持も禁止されているため、平和で平穏ないい国ですよ」

「――そんな、そんな夢みたいな国が、異世界があるんですか?」

「まあ、修羅の国と呼ばれる人口の三パーセントが殺し屋のようなところもありま――いえっ、私は正直者です。嘘はつきませんよ!」

「ちょっと今、何かいいかけましたよね!?」

 リーン、ゴーン、と何もないはずの頭上から鐘の音が響く。

 それに負けないぐらいの音量で、天使が叫ぶ。

「ちょっと待ってくださーい!」

「なんですか、これ?」

「ああ、次の転生者が来たんです。あの辺の地区の担当は私なんですけど、あなた達が勇者と魔王の最終決戦とやらをやっていたせいで、地獄逝きじゃない人はみんなこっちに来るんですよ。そのせいで忙しくて、忙しくて……」

「そ、そうですか。やっぱり大変なんですね」

 できればこんな書類仕事している天使なんて見たくなかったけど。

「――それじゃあ、用も済んだのでお別れですね」

「そう、ですね」

 なんだか、少し惜しい気がする。初対面でここまで喋れるのは俺にしては珍しいし、話していて面白かった。周りにはいなかったタイプだった。出会った場所が違っていたなら、もっと話せただろうか。

「私の名前はルシフェルです。あなたの名前を訊かせてもらっていいですか?」

「えっ、でも」

 知っていますよね?

「あなたの口から聴きたいんです」

「――わ、分かりました。俺の名前はワイズ・イーストです。短い間ですが、楽しかったですよ」

「ワイズ・イーストさん。あなたに会えて良かったです」

「こちらこそ」

 手を握って握手する。

 そして、世界は暗転する。ひっくり返る。うわっ、と一言言葉を放ったが、反響して次第にその言葉も小さくなっていく。どこか遠くへ行ってしまう。奈落の底へと落下するような感覚の中、天使の最後のあいさつだけは耳にはっきりと残った。

「さようなら。優しい、優しい、賢者さん――」


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