ファルージャ(4)
ゴーレム、ゴーレム、ゴーレム……本来はレアなユダヤの伝説のクリーチャーが大集合。
「どうしてエディル君たちを殺そうと……」
サロメへの疑問にシオンは冷たく答える。
「サロメ、あんたには関係ないわ」
「シオン!」
「あんたみたいな、伝統もなけりゃ情熱も無い、ただ魔術のタレントがあるだけの一般人には関係がないって言ってるのよ! 失せなさい! それとも、あんたも潰されたいの?」
「が、学歴……う……うう……欲しい……学歴が欲しい……社会的地位が欲しい……富が……名誉が……称賛が……」
「ふん、分かれば良いわ。もう一度言うわよ? 失せなさい」
「……学歴が欲しい……でも……ああああああ、くっううううううう、いらない! 学歴なんていらないわ!」
「なっ! サロメ、血迷ったの!」
サロメの操るゴーレムはエディルたちの前に立ちはだかった。
「サロメさん、ありがとうございます」
「あーあ、もう魔法学部に居られないわね、私」
サロメのゴーレムがシオンのゴーレムを殴りにかかる。
鋼鉄の腕同士の衝突。
シオンも口だけではなかった。サロメの攻撃を片手で受け止めると、別の拳のカウンターをサロメのゴーレムに振り下ろす。
「あっ!」
「学部どころか現世に居られるかを気にした方が良いわね」
サロメのゴーレムはカウンターを受け止めきれない。鈍い音とともに膝をついた。
「ああ、気分が良いわ、サロメ! ああ、私はあんたみたいな学生が大嫌いだったのよ! 目的意識も無く伝統魔術師の苦労も知らないくせに分相応に魔法学部に来るバカ! レベルを下げるだけならワザワザ学校に来ずに娼婦でもやってろよ」
サロメは言われっぱなしではない。
「そうやってずっと一般人を見下してるから足元をすくわれるのよ! こんな風に!」
膝をついた体勢のまま、シオンのゴーレムの足を蹴り飛ばす。酷くバランスを崩したシオンのゴーレムは背中から通りにぶっ倒れた。
サロメはシオンに復帰の隙を与えず、仰向けでもがく敵ゴーレムの胴を踏みつける。
「サロメ、シオンさんを離せ。さもなくば俺たちがお前を倒すことになる」
別のゴーレムから声がする。
魔法学部の同級生、ムウタスィムだ。
「そうだ。話をしよう。君にはまだ理解できないかもしれないが、聞いてくれ」
また、別のゴーレム。一つ上の先輩、アリーである。
「……」
サロメは考える。
魔法学部は男子の方が女子よりも人数が多い。男子はオタク系のキャラばっかり。彼らの中でシオンはお姫様みたいに人気があった。ムウタスィムとアリーも例外ではない。
という怨みを抜きにしても、ここでサロメが折れたところで話なんてまともにする気は無いだろう。
しかしいくら犬猿の仲のシオン相手とはいえ殺したいとは思わなかった。
では何故こんなことになったのか。
それはエディルとルタイバ、昨日知り合っただけの二人の旅人を守るためだ。それ以上の目的があるのか?
「……あれ? そういえば二人は……?」
エディルとルタイバの姿が無い。
どさくさに紛れて逃げたのだろう。
とすれば、サロメの目的は達成できた。このピンチさえ乗り切ってファルージャのローカルでしかないゴーレム軍の目の届かないところまで行けば、二人なら逃げ切ることができるだろう。
「……はいはい、降参するわ。どうせどんだけ粘ったところで、数の問題で私は勝てないし」
エディルとルタイバは隊商宿に戻り、荷物をまとめ、ラクダのシャタリーを取りに行った。
この間、数分。
これ以上問題に巻き込まれたくはない。さっさと出て行くに限る。
しかし爪痕は残していくつもりだ。
「ファルージャの皆さん! ファルージャの皆さん!」
シャタリーの上から、エディルは叫ぶ。
大声を上げるのは苦手だ。それでも肺の奥から空気を吐く。
「これ! 見てくださいこの石板! この小さい石板がグール発生の原因です。破壊してください!」
ラクダを操作するエディルの代わりに、ルタイバが石板を掲げる。
「本当か!」
「あ、そういやサルサール通りに一杯落ちてたよ」
「サルサール通りってグールが大量発生したところじゃない?」
「そんな石っキレが原因だったのか!」
住人たちの反応は上々だ。
このエディルの宣伝は予想外に早く広まったようだ。さっそく聞きつけたゴーレムが二体、背後に現れる。
「ご主人様、来やがったっす!」
「い、急げ! 走れ! シャタリー!」
「ヒヒーン」
ラクダの足は意外に早い。時速50km。チーターや馬ほどのスピードは出ないが、代わりに持久力はある。
「いたぞ、例の糞ガキだ」
「おいおい、ただの少年じゃねえか。何だってあんなヤツのために俺たち『双頭の猟犬』ことプンベディタ学院魔法学部最強のゴーレム使いが駆り出されなきゃならねえんだ」
「まあ命令だし仕方無いだろ」
双頭の猟犬は何も知らされていなかった。
ただ、言われた通りにエディルを追う。
しかしさすが最強のゴーレム使い、酷くうるさい地響きを立てながら、巨大に似合わない素早さで、すぐにシャタリーに追いついた。
「へっへっへ、観念しやがれ」
「おいおい、女もいるな、ヒッヒッヒッ」
「女っつってもガキじゃねえか、ほんとお前はロリでもお構い無しの変態なんだな」
「そういうお前は少年愛者だろ」
ゴーレムたちから不穏な会話が聞こえる。
「ご主人様コイツらヤバいっすよ」
「遠慮なくやれるな。ルタイバ、チェンジ」
「はい!」
ルタイバがシャタリーの操縦を代わった。運転手が代わったためシャタリーが不安がったのか速度が少し落ちる。追う二体のゴーレムとの差が縮まる。
「ゴーレムの倒し方! 頭の文字を消す!」
「אמת」つまり真理という文字の「א」をとって「מת」つまり死という文字に変えてしまえば、ゴーレムは機能停止する。
それが有名なゴーレムの伝説だ。
エディルはロリコンの方のゴーレムに向かってマドファアの引き金を引いた。
「知ってるぜ、マドファアとかいう中国の火器だろ? はっきり言わせてもらうが、たとえ地獄の業火だとしても表面を削るのが精一杯だぜ?」
「表面が削れる! それなら安心だ!」
マドファアから発射されたレーザーはゴーレムの頭に直撃した。
ロリコンの言ったとおり、頭部分の表面を少し削っただけである。
肝心の文字は深めに掘った部分にインクを流し込んだものであるため、一文字目も消えたいなかった。
「ははは、残念だったな、糞ガキ! さあ、そこのメスガキを俺にヤらせ……」
そこまで言った時、突然、ゴーレムの動きが停止した。
「ろおおおあああああぁぁぁぁぁぁ……」
ロリコンのゴーレムが景色とともに遠くなる。
しかしショタコンの方はまだ健全なままだ。
「おい、てめえ、相棒のモーシェ・ベン・ロリコーンに何をしやがっ……」
警戒する隙を与える訳にはいかない
ショタコンの方にも光線を照射した。
「たああああああぁぁぁぁ……」
ガシャンとショタコンのゴーレムがぶっ倒れ、後方に飛び去って行く。
「よし、ルタイバ。もうそんなに急がなくて良いよ」
マドファアの先端。
そこに耐火性のフィルターがセットされている。
そのフィルターには文字の形に穴が開けられていた。
ゴーレムを倒すために開たその穴の形は「ラー《לא》|」。
否定詞である。
頭を攻撃すると見せかけて、この否定詞を掘ってやったのだ。
最初の一文字を消されるというのはゴーレム使いも十分承知だっただろう。しかし相手が攻撃と同時に新たに文字を付け足すというのは想定していなかった。
なお、このフィルター、単語を記して命令するユダヤの魔術に対抗する以外に、あまり使い道は無い。
「……ルタイバ、考えたんだけど、僕らもう街出ようって言ってたよね。でも」
「分かりました。ご主人様」
ルタイバはシャタリーを引き返させた。
自称、ファルージャ最強のゴーレム使いである双頭の猟犬は引きずり出され、縄で両手両足を縛られている。
「正直に答えて」
エディルはショタコンの首元にマドファアの先端を押し付け、問う。
「グールをファルージャに召喚して、自作自演でゴーレムで倒して、何を企んでいるんですか?」
「ふん、言うものか」
ショタコンはエディルを睨みつける。
その瞳にはプンベディタ学院魔法学部の誇り高きゴーレム使いとしての、屈辱と矜持が混在した意志の力が宿っている。
「魔術だのオカルトだの、俺たちのやっていることはずっとバカにされてきたんだ。たとえ伝統的な魔術師がやることでもな。神学、文献学、哲学、言語学、結局ファンタジーはそれらの下で生きるしかなかった。だが、やっと、魔術ブームが起こって魔術師が日の目を見るようになったんだ。お前だって魔術師なら分かるだろう? そしてついにプンベディタ学院にまで魔法学部が設置されるようになったんだ。魔法学部とゴーレム部隊、そしてこの地に集まったユダヤの伝統魔術師には誇りがある! お前みたいな子供には理解できないだろうがな!」
「……」
ショタコンは血を吐くように言い切った。
彼には彼なりの尊厳があるのだ。
「ご主人様」
「ん、ルタイバ、どうしたの?」
「ロリコンのやつ、吐きましたよ」
「なっ! 何……っ!」
ショタコンの顔色が変わる。
「モーシェ・ベン・ロリコーン、一体どうして!」
モーシェことロリコンは白目を向いて息が荒い。皮膚は男の脂でツヤツヤとテカって、舌がだらんと耐えている。
「キモいロリコンらしいんで、あたしが×××をしてやったら素直に吐きました。まったく、男って単純っすね」
「ルタイバ、良くやった」
「やった、ご主人様に褒められたっす!」
「でも、ちょっと先に手を洗ってきて」
プンベディタ学院魔法学部の学部長、イオセビは魔術ブームに乗って魔法学部を設けさせた。
しかし単に新たな学部を作ることだけがイオセビの目的ではなかった。
魔法学部の名目で優秀な魔術師を集め、グールへの対抗策として学院の理事長を納得させてゴーレム部隊を創設。ゴーレム部隊の力、地位を増大させると、ゆくゆくはバグダードに進撃する。
アッバース朝首都バグダード入城を果たせたならば、現在のオリエント世界を支配したも同然だ。
「そんなわるだくみがあったんですか」
「何が分かる! オリエント統一は我々の悲願だ!」
ロリコンとショタコンが毅然とエディルを睨みつける。
「……というわけだ。サロメよ。ゴーレム部隊で我々魔術師がオリエントを支配するのだ」
プンベディタ学院魔法学部。
その学部長室。
日に焼けた筋肉質の肌に、白髪の混じった薄い短髪。鋭い目をした初老の男性が、石造りの装飾が施された椅子に堂々と座っている。
魔法学部の学部長、イオセビ・ジャハーンギールだ。
本来ならただの女子高生であるサロメが出会えるような相手ではない。出会えるとするならば、よっぽどサロメが好成績を残すか、それとも犯罪的な事件を興すかだ。
ゴーレム部隊に楯突いたのだから後者である。
サロメはヤケクソな気持ちでイオセビを睨みつける。
「……」
サロメの背後にはシオンを始めとする、魔法学部の優等生たち。
彼らはイオセビの企みを知り、賛同しているのだ。双頭の猟犬と呼ばれる最強の二人が居ないが、恐らく、何らかの任務についているのだろう。
「サロメよ。グール発生の秘密はまだ知られてはならないのだ。グールの脅威を更に煽り、ゴーレムの必要性を認識してもらわねば困るのだからな」
「……」
「分かったか? あの少年は危険なのだ。サロメよ、目を逸らせ、いや、むしろ我々に協力するのだ」
「……」
サロメは無言の返事をしつつ、胸中で考えを巡らせている。
彼らがサロメに話したということは、サロメを敵ではなく仲間、もしくは説得されると信じているからだろう。実際、サロメの心は揺らいでいる。秘密の共有によって、優等生たちの仲間入りが出来るのだ。そしてオリエントの支配といっても、それは悪事ではなく、アレクサンドロスからウマルまで多くの英雄が行ってきたことだ。サロメたちがやっても倫理が責めることは不可能である。
「イオセビ学部長」
サロメは言う。
「おお、答えは決まったか?」
サロメはジェスチャーで答えた。
そのジェスチャーとは、真上に立てた中指である。
「これが私の答えよ」
「なっ、サロメ! 学部長に失礼な!」
狼狽えつつキレるシオンの顔面を殴りつけた。
「ぎゃむぅ」
「バカにしないでくれるかしら?」
サロメは自暴自棄、しかしそれでいて心は晴れやかだ。
頬を押さえて腰を抜かしているシオンを、上から見下ろす。
「残念ね。私が欲しいのはそこそこ良い学歴! そして自由時間の取れる社会的地位と重荷にならない程度の人々からの尊敬! でもあなた達の言う事を聞いていても、それらは手に入らないわ。だって、そういう事って、私の倫理の上に達成できるものだから。生き残るためにヘコヘコするのも別に嫌いじゃないけどれど、エディル君とルタイバちゃんを殺してそれに目を瞑るのは嫌いだわ。その嫌悪感が買った! 嫌悪感の勝利よ!」
「……そうか、残念だ」
学部長イオセビは、シオンよりも冷徹だ。
「不幸な事故が、剣技の途中で起こったのだ。ハサンよ」
「はい」
ハサンと呼ばれた優等生が、腰に携えた短剣を抜く。
「学部長」
「どうした、ハサン」
「どうせ殺すんだったら、一発、ヤッちゃっても良いっすか?」
ニヤニヤと男子学生たちが笑った。
「ダメだ」
「学部長、失礼しました」
「近いうちにバグダードを略奪する。その時のためにとっておきたまえ」
「さすが学部長だぜ!」
ハサンは短剣を、サロメに向かって振りかざそうと。
「……え?」
した時、短剣を持つハサンの腕が、滑らかな断面を見せつつ吹っ飛んだ。
「うわああああああっ! 腕が! 腕があああっ
」
「何事!」
ハサンの腕を切り落としたのは光線だ。
その地獄の業火色をした光線の形は、どこかヘブライ語の否定詞「לא」に似ている。
「……私があなた達を助けようとしたのに……でも、ありがとう」
「どういたしまして、サロメさん」
「体液流れてるなら、あたしでも相手できるっすよ?」
エディルとルタイバが、学部長室の入り口に立っている。エディルの持つマドファアの縁がキラリと光る。