パレスチナへの準備(2)
エディルは武器マドファアに細工をした。
筒の内部には、エディルが地獄の業火を召喚する専用の魔法円が記されているが、それは専用の溶液で洗い落とす。
そして新たに記すのは、タレントテスト用の魔法円だ。
業火召喚は日常の火起こしにも応用できるのでエディルは基本的に業火召喚魔法円を書きっぱなしだ。他の魔法円はあまり用いない。
魔導書とにらめっこをしながら、職人のようにシンボルや呪文を印していく。
最後に、巻いた細い紙を筒内に突っ込めば完成だ。
「はいできました……では、えーと」
奴隷たちはこれから何が行われるのか興味津々だ。
「一人ずつ、順番にマドファアの引金を引いてみてください」
「よし、まずは俺からだ」
マッチョの白人奴隷がマドファアを取り上げた。
「一番、ルシウス・アエノバルブス行きます」
「番号とか別に言わなくても良」
「俺の先祖はローマ人だったらしい。今のギリシャ化したローマじゃねえぞ。カエサルの時代、俺の先祖はローマ貴族だったんだ」
そう言ってルシウスは引金を引いた。
何が起こるのか。皆が固唾を飲んで見守る中。
ジジ……とマドファアの先端から紙が出てきた。
「え、それだけ」
「いえ、見てください」
紙の切れ端には、数字が記されている。
「50ですね」
「なんだそれ」
「魔術のタレントの数値化です。もっともタレントだけで全て測れるわけではありませんが……」
「へえ、50ってのはどうなんだ?」
「そこそこですね」
「そこそこかあ……エディル君はどれくらいなの」
「そうですね」
エディルはマドファアを手に取ると、引いた。
並ぶ数字は357。三年前にアブーアリーやらせた時は102だった。タレントは生まれもっての性質のはずなのに何故か増えている。
357という数値に、ルシウスは青ざめる。
「マジかよ……」
「いえ、落ち込まないでください。例えば悪魔召喚リングみたいな魔術アイテムはタレントが無くても使えるように出来ているので、そういうアイテムならルシウスさんでも使えるはずですよ」
「……そうか、ま! 縁がなかったってこったな」
ルシウスは陽気に笑う。
立ち直りが早い。
「エディル君よりも良いご主人様が買ってくれることを願うぜ」
良い人だ。
タレントこそ平均的でも、是非パートナーにしたかった。
しかしテストはまだ始まったばかりだ。
結果発表
ルシウス・アエノバルブス 50
ロスタム・ホルミズィー 87
ハサン・カイイミー 45
アイーシャ・ビント・フセイン 52
エイリーク・トール 38
ライラ・シャフリー 45
ルタイバ・アルフェデル 1123581321345589
ハサン・ブン・アブドゥルマリク 60
ヒラクラ・ルーミー 68
ダヴィド・ベン・ヤコブ 51
「え、待って」
ルタイバ・アルフェデル 1123581321345589。
「嘘でしょ」
エディルは結果を二度見した。
ルタイバ・アルフェデル 1123581321355589。
「あのー、ルタイバさん?」
「はいはーい!」
意外にも、恐ろしいタレントを持つルタイバの正体は少女だった。
琥珀色の透き通った肌、丸い目の周囲には天然の睫毛がバシバシと開いている。
見た目の年齢はエディルとそれほど変わらないアラブ系の少女だ。雑に巻いた黒スカーフからは金髪がぴろぴろとはみ出ている。
「……すいません、もう一回、やって見てください」
「おっけー」
誤差かもしれない。
エディルはルタイバの小さな手に、マドファアを渡した。
ルタイバは躊躇いなく引金を引く。
結果は112358132135589だ。変わらない。三年前に100前後だったエディルのタレントの約何倍だこれ。
「……え、ルタイバさんって何者なんですか?」
「ルタイバ・アルフェデル! 13歳!」
ルタイバはニコッと笑ってピースをする。
「北アフリカ出身、普通の女の子です!」
「嘘でしょ」
普通の女の子のわけがない。
奴隷、そして奴隷商人たちもルタイバを見守る。ルシウスなど50と357程度の差でヘコんでいる場合ではなく、もはやルタイバのヤバさに興味が向いている。
「え……えーと、う、嘘は言ってないっす。少なくとも……」
「……」
「……あー……す、すぃーませんでしたっ!」
ルタイバは大声で謝る。
「あたし、ジンなんっすよー」
「!」
ジン。
ジンとは中東の精霊である。
悪魔のシャイターンなどもジンの一種であるとされるが、邪悪なジン以外にも様々な特性を持つジンが存在する。ランプや壺に住み着き人々の願いを叶えるジンは有益なジンだ。
「マジ魔神!」
「なんでジンが奴隷として人間に混じって売られてるんですか?」
しかし、人で無い者ならば魔術のタレントにも納得がいった。
奴隷商人ハサンは台帳を見る。
「あった、あった。ルタイバ・アルフェデル。ナーズールの小部族出身、と」
「はい、スペインのウマイヤ朝とアッバース朝の小競り合いがあった時に、あたしの家族が全滅しちゃったんですよ。そんときに奴隷になったんっす。あたしって元々はランプの魔神だったんです。で、ランプの魔神ってだいたい魔術アイテム化された魔法のランプに封じられて、所有者の願いを叶える性質があるんっすけどー」
ジンの少女、ルタイバは続ける。
数年前。
骨董市でゴミ同様の値段で売られていた魔法のランプを買ったのは、とある老夫婦だった。
偶然ジンを呼び出すことに成功した彼らが願ったのは、息子か娘が欲しい、ということだった。
子の無い彼らの夢は、大金でも地位でも無かったのである。
しかしジンにも出来ないことはある。
現世での物質的欲求は叶えることは出来る。しかし神の領域であること、つまり罪を許したり来世での楽園を約束したり、また運命を変えたり人の生命に干渉したりは出来ないのだ。
そこで老夫婦との様々な交渉の末、ジンがルタイバとして彼らの娘のように振舞うことになったのだ。魔法は無し、悪魔的な思考もだめ、ただ、よく居る人間の少女のように、ルタイバ・アルフェデルは生活をした。
しかし北アフリカでの戦闘に老夫婦の家族は巻き込まれてあっけなく死亡。
人間として振舞っていたルタイバは単なる若い少女と扱われ、奴隷化させられた。
「ランプは? どうなったんですか?」
「さぁ、あたしには分かんねっす。多分、廃墟になっちゃった家に他の家具と一緒に埋もれてるか、盗賊にパクられてどっかの市場で売られてるんじゃねっすかね」
「うーん、ルタイバさん。何か、ジンの魔法みたいな異能力使える?」
「それが出来れば奴隷になんてなってないんっすよ。マジな話、あたしは人間の娘になれ、っていう願いに縛られちゃってます。人間化して以来、ジンの魔法が使えなくなっちゃったんすよね」
「ということは、まだ、ランプはどこかにあるんだ。新たな所有者を持たぬまま、どこかに放置されているに違いない」
「やっぱぶっ壊された実家っすかね」
「海の底とかなら厄介ですね」
「意外とウマイヤ朝まて持ってかれたあとフランク王国にまて運ばれてたりして」
「チェコら辺まで?」
興味が尽きないが、今はそんな話をしている場合ではない。
「ハサンさん、この子、ルタイバさんを頂いて良いですか?」
「おう。ていうか、逆に、是非引き取ってくれ。正直、知らないうちにジンを取引していたなんて怖い」
ルタイバ・アルフェデルは白い犬歯を見せて笑った。
「じゃ、ハサンさん! お世話んなりました! ご主人様、よろしくお願いするっす」
「あ、はい。ルタイバさん。こちらこそよろしくお願いします」
人間化させられているとはいえ、ルタイバのタレントは魔神そのものだ。
どうにかして力を引き出すことが出来れば心強い。
ランプを手に入れられれば良いのだが、パレスチナですら面倒くさいのに北アフリカは更に遠い。
「やーはびーびー、やーはびーびー、あいないきみすらるがまる、ふぃっらいらー♪」
バグダードの市場、ルタイバはエディルの隣でルンルンと歌う。
「機嫌良いですね、ルタイバさん」
「えへへ分かりますぅー? ご主人様ぁ。いや、ここだけの話、内心ビビってたんっすよ。もしかしたら加齢臭オジ豚キモ竿役性欲クソ脂おっさんが、あたしを凌辱目的で買っちゃうかもしれないって……。でも良いご主人様で良かったっすよご主人様ガチャ最高レアじゃんって感じ! どこまでもお供するっす! シリアだろうがパレスチナだろうが、フランク王国でもローマ帝国でも唐でも、ナーズールでもアルアインでも!」
「ありがとう。っていうか地味に行き先に紛れ込ませてるナーズールってルタイバさんのランプがあるかもしれない場所じゃないですか」
「あははは、バレちゃいました?」
ルタイバはうるさいが、嫌いでは無い。
「そうだね……うん、僕と妹のルミサの件が終わったら、次は北アフリカにルタイバさんのランプも探しに行きましょう」
「うおおおおご主人様マジっすか」
こうして、エディルに旅の仲間ができた。
アブーアリーに仕えて以来だ。
しかし今回は立場が違う。エディルの方がご主人様なのだ。
かつてアブーアリーがエディルに良くしてくれたように、ルタイバに良く振る舞えるのか。
自信は無かったがやるしか無い。
数字について。
アラビア数字(古代)はアラビア数字(現代)の原型となりました。
もとはインドの数字だったようです。
1、2、3、9などはなんとなく現代の数字に似た形をしています。
0 ٠
1 ١
2 ٢
3 ٣
4 ٤
5 ٥
6 ٦
7 ٧
8 ٨
9 ٩
10 ١٠