御旗娘と斥候団長
あんちゅうもさくなぅ
この時期の騎士団は憂鬱という言葉に終始する。特にこの「役割」へと割り振られた枝隊は。
貴族子息の多くが通う国立学園の新入生生徒達に国の防衛がいかなるものかを肌で感じてもらう「実習」という、実に面倒な仕事がそれである。
基本的に甘やかされて育っているがきんちょ共に国を担う将来を自覚してもらうといえば聞こえはいいかもしれないが実質は根性叩き直す為に尽力しろ、とまぁそういうねらいである。
勿論当事者達は盛大に己の不幸と不条理を嘆き、高々と延びた鼻先をぐいぐいと押しつけてきて持ってもいない実力とやらをひけらかそうと無自覚に命を懸ける。
騎士達はそんなまだサルと変わらないようなアホガキ共の鼻先をへし折った上で薬を塗ってやりかいがいしく世話をする中で安全であるようにと配慮しなければならないのだ。殴って斬って進むという本来の仕事がいかに単純かつ楽なのかを改めて実感させるのも上のねらいではないかなどと勘ぐっている人間もいるくらいのことである。
システム上、この実習は男女両方の参加だ。ただ流石に女子は基本的に事務と生活関係双方を伴う後方支援を担当となるのだが、こちらも家事など経験皆無の「お姫様たち」が入ってくるわけなので普段以上に作業が滞るのだというグチは誰もが一度は聞いたことがある。一応は騎士団の経験がある親御がいる子供は多少なりともの経験を積むようにされているようなのだが、全体総数からみれば当然焼け石に水だった。そもそもでこの企画自体がまだ十年と経っていない。将来その水が桶に、雨になり円滑に回ることを祈るばかりの努力の時期だ。
戦神もそんなことを祈られても困るだろうなと思いながら、騎士団長は生徒たちの名簿を事務机に放った。数人細かくはみたが載せられている姿絵がどこまで信じていいのかなどわからない。添えられている特徴とて金にモノを言わせて美化されたものの可能性などいくらでもあるし、最悪面倒事を嫌って代役を押しつけている可能性だってある。貴族という安全階級でなければむしろ騎士は花形職業だ、物見遊山気分で引き受ける人間はけっこういるのだ。バレたらどうなるかなどまだ浸透のしようもない。
「とりあえず顔を覚えにいってくるか」
だがそのつもりが当人になくとも、貴族の中に平民が混ざって生活するなど言語道断。当事者たちは子供同士なのだから気にもしないだろうし、場合によっては権力を笠に脅しを駆けられているパターンもある。貴族がメインの学園ならではである。
一応騎士にも平民・貴族いるのだがそちらはもう大人なので当人責任の話、問題はそれを知った時の親の方だ。どんな難癖つけてくるかわからない。しかもその難癖が大体サボったガキの親からなのだから理解できないししたくもない。芽はつみ取っておきたいわけだ。
「出る」
「その格好でですか」
「そりゃそうだろ」
副団長の地を這うような不満の声に、騎士団長はちょいと肩をすくめてみせる。
がっちがちのミスリル素材でできた鎧という名の正装など、学園では無駄に目立つし動きにくい。嘆かわしいと言いたげなため息は無視する。自分の適正が斥候にあると自覚し実証する騎士団長になにをいっても無駄なことをいい加減相棒たる副団長は覚えてほしいところだ。
「なに、ちみっこ百二十人の顔と名前を一致させてくるだけだ」
「そうですか」
ほんの2、3分で名前だけは全部覚えたと解っている副団長はそれだけいって自分の上司を送った。その上司の代わりにしなければならない書類の方への意識が優先だった。
**
鮮やかな赤が緑の芝生に踊り舞いそして駆ける。
学園の校舎同士をつなぐ渡り廊下に面した中庭。その少々奥まったところであり、男の「出入り口」でもある付近でのことだった。
美しい金の髪が馬の尾のように高くまとめ上げられ、あれ自体もまるで武器のように動きに併せてふわりしゃなりと靡く。
そして見合わぬような力強い足並みがだん、だんと地面をならす。
なんだこりゃと男は思った。普段の威厳はなりを潜めその様まさに陰のよう。その才能と努力で感情を表立たせずにやりすごすことは馴れていた筈だが流石に予想外の光景には唖然とせざるを得なかった。
フッ、フッと小さな息の使い方もまたリズミカルで意識したものと予想がつく。
それは剣にも似た太刀筋。
だが剣では役に立たない軌道。
剣よりもずっと体力を奪うだろう主の背を越す長さを持つ「道具」。
それでいてなんと鮮やかに踊る様か。
淡い青みを帯びたワンピースは動き易さを重視しているのがすぐにわかった。
この奇妙な演武を想定しているからかスカートには切れ目が入っておりその隙間からのぞく足にはぴったりとした薄手の布が覆われているし、足はずいぶんと平べったく柔らかな布靴が充てられている。
その体はまだ幼さのまろみを帯びているが格好からすれば娘なのだろう。
だが操るその棒――いや、それは旗だ。彼女の身長を越えそうなほどの長さを誇る柄と鮮やかな赤のびろうどでできた布で構成された旗の鋭さは幼さなど感じさせない。
トリッキーな動きは棒術のそれをベースにこそしているが独特だ。布もまた彼女の中で武器の一部と予想がつく。
ざんっ、と空気を裂く音がして旗が天に延びた。
目の前の高さまできた真っ赤な色に縫いつけられた紋章に男は一瞬息をのむ。
あまりに動きが激しく本来の仕事である紋章をみせつけるという行為ができなかった旗が今自分の目の前で役目を果たしたにしても、コレはどういうことなのか。
「なんで公爵家の紋章なんだよ」
「そりゃ、実家だし」
ぼやいた男にあまりこの学園内ではそうそう聞くことのない気楽な声が答えた。
まだ幼いソプラノにもならない声だが調子のせいで少年のようにすら聞こえる。
放り投げた旗を手に回収して鮮やかにくるくると巻いては一本の棒に変えた声の主は、男に降りてこいとちょいちょいと手をひらめかせる。
貴族としてふつうならば冒険者めいた格好の男などみかければ悲鳴を上げてしかるべきだというのにずいぶんと肝が据わっている。
いや、貴族子息令嬢があつまる学園で、こんな格好をしているのであればそれだけでかなり「変わり者」というべきだろう。
それが公爵令嬢ならば悪目立ちもするというもの。
「なに、ここを閉じて下にパニエをねじ込めばバレないものさ――じゃない。あまり気づかれるようなこともなくてよ?か」
露骨に馴れていない言葉使いを披露する彼女はそういいながら切れ込み部分の腰のあたりにその小さな手を当てた。ジジジと小さな音がしてそのラインが綺麗に閉じていく。面白い仕組みだがタネは何か。
「なんだそれ」
「チャックだ。まだ実験段階でな、耐久性はあやしいんだがその分汎用性は高い。目標は鎧の重さに耐えられるものだ。今はインナーに使えるかどうか程度だな。着脱や修理が格段に楽になる可能性があるからいい方向にいきたいところなんだが」
布の内側に縫われているのか、チャックとやらは閉じてしまえばほとんど確認ができなくなってしまうほどだった。化粧もしていないのか彼女は受け答えをしながらもタオルで首や頬を吹き、持参したと思われる飲み物をくちにする。コレもまた変わった形をしていた。円柱形の水筒なのだが上の部分を回すとふたになっている部分がはずれるらしい。かすかにレモンの香りが鼻をかすめる。
「もういっこ聞いていいか?」
「なんだ?」
「なんで団旗」
「おもしろいだろう」
だからだ。どう聞いても幼い少女の容姿に見合わぬ娘は言い切った。
その様があまりにも説得力を持ちすぎて若干戸惑いながらも納得してしまうから不思議なものだ。
「あー、そうか」
「そうなんだ」
ここだけは無邪気というのにぴったりに彼女は笑いながらない胸を張った。
++
自分よりも大きな旗を振り回し、見事な演武を魅せた彼女は公爵令嬢らしい。
普段から公爵家(実家)の私設団旗を手元に置いて学園生活を送っている「変わり者令嬢」。
口調や仕草は令嬢そのものだが、とにかく無駄に大きな旗は目立つということで一目置かれているとのこと。どうやら普段は口調の方も猫をかぶっているらしい。
学園内は当然帯刀を許されていないが「いえこちらは剣じゃありませんわ、ただの棒ただの旗ですもの」と押し通したらしい。何人の人間が「そこじゃない」とつっこんだやもわからぬが本人は道理を通したと信じているようだった。
実際にその旗でトラブルを起こしたことはない。そもそもで子供、それもほとんど鍛えた経験などない貴族子息が持ち扱えるものではない重さを有している。奪ってしまうような「いたずら」すら難しかったようだ。
どうも彼女は旗を持つことにこだわるらしく、幼少期の頃から徐々にその重さを増していったとの話だ。最初は曲芸程度の腕だったのが、いつやらか立派な武器としての機能も兼ね備えたという。建前上はあくまで棒だが。
「なにしたいんだ?この令嬢」
「国の七不思議の一つなので凡人にはわかりかねません」
「規模がでかい」
学園じゃねぇのかよといえばむしろ知らなかったんですか、と副団長。
世俗に興味を持つような暇がなかった仕事をこなしていたのに扱いがひどい。
「そんなことよりもなぜ彼女に注目を?」
「しないと思うか」
「まぁしますよね」
そういうことだ。
「彼女も騎士団合宿にはくるんだ」
「まぁそうでしょうね」
「気になるんだけど、そーゆー娘が後方で甘んじると思うか?」
「あー」
まぁそういうことだ。
++
「団長との模擬戦が5分続いたら騎士団の方に参加する、というのはどうだろう?」
予想通りの案件で直談判にきた彼女は予想以上に横柄な態度でそういった。
「どうだろう、じゃねぇよ令嬢ちゃん。なにおもっきり自分が譲歩したみたいな言い方になってんだよ。駄目だって。女子は後方支援担当。実戦経験はないだろ」
「剣を持てば自分の手を切り落としそうになる連中よりはどうにかなる自負はあるんだが。実戦経験についてはないことになっているな……この名前では」
「おいぃ」
最後に付け加えられた言葉の意味はいくつか可能性がある。
部下に言って冒険者ギルドへの問い合わせを頼もう。なに武器がわかりやすい。噂の5つや10はみつかるだろう。多分めいびー。
「仕方なかろう。なんてったって公爵令嬢なんだ」
「っていうか俺の前では何一つ取り繕っちゃいないんだが」
少々不満を込めてぼやくと、彼女はそこだけは目に見えて少女の仕草でくすりと笑う。
「今更隠してもな。というわけで勝負」
「というわけじゃねぇよこの娘は」
一応ルール上はこの実習中の事故怪我その他は責任に問われないことになっているが。
**
「タイムは?」
「1時間26分23秒ですね」
「はぁ、マジかよ」
そんなに時間経ったのか、楽しくて気がつかなかった。
そう、楽しかった。トリッキーな動きも、健全な殺意も。
鉄の芯で重量を増した棒部分がミスリルと気づいた時も。
結果として「決着が付いていない」のも頭が痛い。昼休憩のラッパで手打ちだ。
「大マジです。スカウトしましょうそうしましょう。彼女にウチの団旗を前線で振ってもらいましょう」
副団長がテンション低く暑く語る。何を言ってるのかわからないと思うが以下略。
「公爵令嬢だっての。がくせーだっての。あと単純に実力で自分の立場脅かす相手すぐそばに置くの怖い」
「なに問題ないぞ。なにせ団長の地位に興味はない。冒険者時間さえあればせいぜいマスコットキャラとして仕事をするが」
「物騒なマスコットだな。あとちったぁ隠せ」
「ほめ言葉どうも。それから今更冒険者の方は隠しても仕方あるまい」
「だよなぁ」
調べたらまぁ出るわ出るわの武勇伝。
旗一本でオークの一団殲滅ってどういうことなの。
そのくせ休憩時間には敷物代わりに使うとかわけがわからん。
保留にされがちな依頼にも対応し、新人いびりも蹴散らしたと聞く。
まぁ当然かなと思う反面で、そんなに急いでどこに行く、と。そんな思いすら抱いてはいた。
***
「でーえーと。なんですかね?宅のお嬢さん」
「強くてかっこよくて賢くて度胸のあるまさに漢って感じの愛娘だな」
「この上なく親馬鹿なんですがそれは」
「事実だろう?」
「事実でも財務省トップの娘さんがああじゃいろいろ示しつかなくないですか」
「誰に対しての示しだい?」
「それは」
くつくつと笑う国の財布、その紐を握る男。
彼に意見が言えるのはよっぽど親しい身であろう。
彼の一声で文字通り首が締まりかねない。
「いいんだよ。あの子はアレで。ただの令嬢じゃぁおもしろいもの好きな王族の目には止まらんだろう」
「そのねらいがあるとは思わなかったです」
「巧いいいわけだろう?」
「思いつきか」
「なに。あの子が生きたいように生きれて結果なんかおいしい目に遭ったらいいかなとかそんな軽い考えさ。仲良くなった方がいい貴族もあんまりいないから基本好きに生きろと娘には言ってある。いかず後家でも自分の食い扶持くらい稼ぐしな」
「ご存じなんですか冒険者なのを」
「あんな武器使うのうちの娘くらいだろ。それにうちの領地の開発担当みたいなもんだからな。むしろよそにやりたくない」
「おぉぅ」
内政など詳しくないが、なんか説得力あるようなのがまた怖い。
+++
「アレが団長のお気に入り?」
「王子」
「いいじゃん、みせてよ」
「その内社交界デビューしますよ。多分、おそらく」
しないんじゃないかなとちょっとだけ思った。いやいやまさか。
「なにその思いっきり自信なさげな補足は。へぇかわいいじゃん。行動は勇ましいけど。ホントに旗振ってるけどまるで死に神の鎌だな。刃みたい」
「あぁなるほど。みえますね」
「む。その容貌をみる限り第一王子とお見受けするが」
「まぁそりゃ知ってるか。こんにちわレディ」
「未だデビュッタント前故こちらが名乗ることをお許しいただきたい」
貴族の子供はあくまでも「こども」なのだ。
基本的な心得としては当然のルールなので第一王子もうなづいたが、別の件で隣の団長が呆れたため息をつく。
「おまえ王子にもその口調か」
猫かぶっているんじゃなかったのか?指摘されて気づいたらしい。
「あぁしまった、つい団内の調子で。申し訳ありませんわ」
「素ですか」
「お恥ずかしい限りです」
口調ばっかり訂正してるものだから、普段の調子を見慣れているせいで違和感がすごい。
「何考えてるかわかんない令嬢」が書きたかったと思う
旗はいいぞ。武器にも敷物にもなるからな……