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帰りのリュックはいつもより重くなっていた。田舎道を歩く。ここいらは結構田んぼがある。田んぼの中の道を歩きつつ、家へ向かう。
いつもは通らない道を使い、コンビニに入った。新聞を二つ買い、ライターも買う。準備としてはこんなものでいいだろうか。ふと思い起こして、ペットボトルの水も買った。消火用の水だ。
僕は三世の書を燃やすつもりだった。自分の未来を消滅させるつもりだった。その為にコンビニに寄ったのだった。
燃やす場所も決めていた。高架下だ。高架下には川が通っている。河川敷でやるつもりだった。人もいないし、ちょうどいいだろう。
望みどおりの場所についた。予想通り人はいなかった。陽は傾いていた。川の水に光が当たって、キラキラしていた。綺麗だ。上の道路では車がビュンビュン走る音。世界が終わる一瞬前。そんな事を想像する。この本を燃やせば、世界は消滅してしまう。ありうべき未来は消える。
僕は今、世界を消滅させる最後の祭司だ。伝説の本を燃やす。選ばれた特別な人間。……いや、自分の未来を見るのが怖いだけの臆病者。
自分が何者かという定義は三浦に任せるとして…僕は準備し始めた。本当に本は燃えるだろうか。外側はがっしりした作りだから燃えないだろう。中が、中身が燃えてくれたら、それでいい。十分だ。未来も一緒に消える。
新聞紙で本を何重にもくるんだ。風の弱い場所を探す。近くに板切れがあったので、石と組みあせて、風が弱まる地帯を作った。新聞と本を置く。深呼吸してから、火をつけた。
燃え出した。火は広がっていく。火は生き物のように蠢いて、拡大していく。
未来が消えていく。僕の未来。もし知っていたら、なんでも手に入れる事ができただろう。僕は人生の勝者になれただろう。
その代わり、僕は決して自分の人生を生きる事はできなかっただろう。台本に書かれた通り動く事は人生ではない。例え、その為に、全てを手に入れたとしても、自分が本の部分にすぎない事になる。だとすれば、全て以上のものを失う事になる。
三浦のように、本を試すべきだったろうか? そのアイデアが頭に浮かぶ。…いや、そんな事は怖くて僕にはできなかった。もし仮に神の強制力が働いたとしたら、全てを知った人生を生きていく事になったら…そんなのは嫌だった。あまりに恐ろしすぎた。未来に無知でいたかった。
火は、新聞から本に移ったようだ。本が燃えていく。
僕が、燃えていく。燃えろ。消えてしまえ、僕の未来。
火は容赦なく、燃えていった。僕は知らず、微笑している自分を感じた。
未来は消え、自分の足で生きていく。僕はーー人生の「ネタバレ」を喰らわなかった。ああ、よかった。僕は笑った。僕は神様から自分自身のネタバレを喰らわなかった。よかった。これで、引き続き、初見プレイを愉しめるよ。ああ、よかった。
だけど、そう思った途端、急に暗澹とした気分になった。
でも、そうやって考えている僕、そう思っている僕の全てがここに書かれているんだよな。物理的に本を燃やしても、なんにもならないんだよな。やっぱり、未来が書かれているのは事実だし。
そう思うと、うんざりした気持ちになった。その間も、火は本の中身を焼いていった。
本から立ち上がった煙は上方に昇っていった。
この煙が一体、どこに向かうか、それも書の中には記されているのだろうか。そんな事を思った。
全部燃やした後、丁寧に燃え殻を処理した。そういう事は、案外ちゃんとしているもので。
明日になったら、三浦と安丸に話してやろう。今日あった事を、おとぎ話として話してやろう。嘘の話として話してやろう。あいつら、喜ぶだろうな。そんなフィクションがあったなんて、面白く思うだろう。あくまでも嘘として愉しく談笑できるだろう。
僕はそんな事を思った。
僕は、家路についた。煙はいつまでも、風の中をたなびいていた。