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挿絵(By みてみん)




 「『三世の書』って知ってるか?」

 僕は安丸に話しかけた。僕は安丸、三浦と三人で昼飯を食っていた。僕達は大抵、三人で昼飯を食う。

 「何だそれ?」

 安丸が変な顔をしている。全然知らないらしい。

 「知らんな」

 懐疑派の三浦が言う。三浦も知らないか。

 「『三世の書』っていうのは伝説の本で、ある結社が持っているとされている。その結社はフリーメーソンだなんて言う人もいるけど、実際はよくわからない。なにせ、伝説だからね」

 「それでその本は何なんだ?」

 三浦が聞く。眼鏡の奥が光っている。この話には興味があるらしい。

 「『三世の書』ってのは、この世の全ての事が書いてあるんだ。未来の事も過去の事もね。全ての事象が書いてある。歴史の影で権力を牛耳っていた存在はみんな、三世の書を密かに手に入れていた。なにせ、未来と過去を知っていれば、何をするにしても途方もなく有利だからね。そういう本が実はどこかに隠されている…」

 「そうなりゃ、宝くじも大当たりだな」

 安丸が言う。安丸はアホなんで、すぐそんな事を言う。

 「そんな本があれば、楽して生きられるぜ。今度のテストも楽勝だな」

 「安丸はアホだな」

 僕は思った事を言ってしまう。安丸はムッとした顔になる。

 「お前はそんな事しか考えられないから、赤点ばっかり取るんだよ。そんな本があれば、学校どころじゃないし、宝くじどころじゃないんだよ。この世界を裏から牛耳る事だって可能さ」

 「だが、問題だな」

 三浦が言う。

 「そんな本があって、もし俺が読んだとしても、俺は本を読んだとは言わない。秘密にしておく」

 「何が問題なんだ?」

 安丸がハムエッグを食いながら言う。三浦が反論する。

 「何故って、もしそれを秘密にしておかなくちゃならないなら、力を使うのも限定しなきゃいけないからだ。お前が宝くじ当てたとして、連発で当てるわけにはいかないだろう? 一回当てるだけなら、バレないだろうけれど、お前はアホだから、きっと何度も使いたくなる。本の力を。そうなったら、本がバレるのも時間の問題だ。もしそんな本を手に入れて読む機会があったとしても、力を使うのは限定的にしておかなくちゃいけない。それにずっと本を秘密にしておくというのは相当ストレスだぜ。人間って馬鹿だから、すぐに人に言いたくなる。SNS見てみろよ。犯罪行為なのに世の中に言い触らす奴が多い。仮にそんな本を手に入れたとしても、力を使うのはかなり難しい。隠しておかなきゃならないからな。木村、お前の言うように権力を握るっていうのもそんなに簡単じゃないんだよ」

 三浦は長々と喋った。さすがは懐疑的哲学者三浦くん。なかなかのものではないか。

 僕はちょっと感心しつつ、三浦に別の話を振る事にした。こいつの話は聞いておきたい。

 「まあ、それはいいとして三浦」

 「何?」

 「もし、そういう書物があるとしたら、自由の問題はどうなると思う?」

 「自由?」

 安丸は僕と三浦の話についていけていない様子で、ブロッコリーを残しつつ、ソーセージを食べていた。

 「そうさ。もし三世の書にこの世の全て、未来の事まで書かれているとしたら、僕達に自由は存在しない事になる。あらゆる歴史的事実は既に決定されていたという事になるし、そうなると自由はなくなる。未来は決まっているんだから、僕らはどうすればいいかわからなくなる」

 安丸を見る。時計を眺める。

 「七月十五日、午後一時三分十四秒、安丸慎吾はソーセージを食べようとして箸でつまむが失敗して、机の上に落としてしまう。安丸慎吾は素早くソーセージを素手で取り上げ、あっという間に口の中に放り込む」

 安丸は口の中にソーセージを入れている。驚いた表情でこちらを見る。

 「そんな事がもし書に書いてあったら、安丸がソーセージを落とすという事も全て、もう決まっていたという事になる。だけどさ、安丸がソーセージを机に落とさない未来もあったはずだろう? あるいは床に落とす未来も考えられたかもしれない。だけど、そんな書があったら、可能性は存在しなくなる」

 「確かにそうだな。だが、俺にはお前の言う『可能性』というのが何の事だかわからない」

 三浦は言う。安丸はお茶を飲む。

 「お前は『可能性』というものを安易に考えすぎているよ。最初に現実があって、そこから未来の可能性が生まれてくると思っている。だけどさ、未来とか過去とか呼んでいるものは全て、現在にすぎないんだ。過去ー現在ー未来と直線的に、空間的に考える事自体に間違いがある。時間は俺達の中にある。あるいは俺達そのものが時間なんだ。だから、時間を外在化して可能性だのなんだの言う所に問題がある」

 「つまりーーお前の見解だとどういうわけ?」

 よくわからなくなって聞いてみる。

 「つまり、俺から言わせれば、『三世の書』なんて存在自体がナンセンスだね。そんなものは存在しえっこない。所詮は伝説だよ。作り話さ。時間というものはそんな風に存在しているわけじゃない。俺はさっき、時間は「現在」しかないと言ったけど、本当は間違っている。何故って、過去とか未来とかいう比べられるものがあるから「現在」があると言えるんだけど、「現在」しかないんだったら、それは何と比較して「現在」と言っているんだ? つまる所、昔の人間の言った事が正しい」

 「なんて言ったんだ?」

 「昔のキリスト教徒はこう言った。『自分は時間の事を知っていると思うけれど、時間について質問されたら、時間の事は知らないと感じる』 大体、こういう事を言った。そう、つまり、時間というのはわかっているようでわからないのさ。わからないのが本当なんだけど、わかろうとするから無理が出る。だから、俺の見解じゃ、タイムマシンもこの先、できっこない。タイムパラドックスに悩む必要はないわけだよ。人類諸君は」

 三浦は勝ち誇ったようにコーヒー牛乳を飲んだ。一階の購買で売っている甘いやつだ。あんな甘いのよく飲むなと変な事を思う。安丸は飯を食べ終わり、弁当箱を片付けている。早い。

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