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第七話 幼女and幼女(どっちもバッタモン)

 震えて泣き止まないファニタを慰めて、女の子同士親睦を深めるため――という名目で、自室でふたりきりになった私たち。

 ま、涙の原因は私なわけですが、細かいことを気にしてはいられません。


 女官長のカサンドラは最初が肝心、甘えさせるなど……と、いい顔をしませんでしたけれど、そこは正義に燃えるユリウスと、意外と涙もろいところがあり、今後はファニタの直属の上司になる侍女長のミセス・キャメロンの後押し、そして私の強い意向があったことで、最終的には「一時間だけですよ」ということで、カサンドラも渋々折れました。


 思いがけなくファニタとのプライベートな時間をとれた私は、この限られた時間を有効活用すべく、

「疲れたでしょう? さあ座って座って。そうそう、この間美味しいマカロンをいただいたのを、こっそり隠して置いてあるので一緒に食べましょう。ふふっ、カサンドラやミセス・キャメロンには内緒よ♪」

 と、ファニタを適当な椅子に座らせると、音を立てないように手早く扉や本棚、床、壁、天井へ『隠蔽(ジャミング)』の魔刻陣法をかけていきます。


「……あの、シ――じゃなくて、セラフィナ皇女様。さっきからなにをやってるんでやんすか?」


 口では「あらあら、どこに仕舞ったかしら? もしかして見つかって没収されたのかも?」とか言いながら、まるで大掃除のように、バタバタと部屋の中を走り回って、時には椅子に上って背伸びをする私の様子を怪訝な目で見ていたファニタが、とうとう我慢できなくなったのかおずおずと聞いてきました。


「――よし、これでいまある覗き穴と隠し部屋、盗聴用の魔道具(マジックアイテム)はすべて無効にできたわね」


 今回は一時間だけ偽の情報を発信できればいいので、非常に簡易な――魔刻陣法というのもおこがまし魔術もどきの――術になってしまいましたけれど、これで一時間は『私とファニタが和気藹々とお菓子を食べて談笑している』時間線上の姿が、盗み見、盗聴している者たちの五感に映っているはずです。


「は?! あの、盗み見とか盗聴って……あの、二十カ所くらい陣を張ってたでげすよね? そこ全部で見られているんでがんすか!?」

「そりゃそうよ。“ふたりきり”とか当然方便に決まってるじゃない。半分は私の安全を守るための護衛で、半分は護衛のフリをした密偵ってところでしょうね」


 椰子の実殴打事件以来、注意深く周囲を観察するようになった私ですが、その結果、私にはプライベートという空間が一カ所もないことが判明しました。

 とはいえ不用意に覗き穴や魔道具(マジックアイテム)を破壊するわけにもいかないので、表面上は従順にいままでの生活を続けるフリをしつつ、こんな日のために『隠蔽(ジャミング)』の魔刻陣法で誤魔化しが利くように準備をしていた甲斐があったというものです。


 そう説明すると、ファニタが唖然と……阿呆な幼女のような顔になって、

「ほえー……なんか壮絶っすね。皇女様ってもっと好き勝手できるのかと思ってたでやんす」

 しみじみと感想を口に出します。


「私は貴女のその口調のほうが気になるんだけど。なんでそんな変な舎弟口調なわけ?」


 棚から実際にマカロンを取り出して、ファニタの前に置きながらそう返しました。


「――は? あ、いや、あたしは前世(まえ)からこの口調だったでやんすよ? つーか、お師匠様がそうしろって言ったんじゃないでがんすか!」

「はあああああああああああああ!?! そんな馬鹿な指示を出すわけはないでしょう!」


 思わず聞きとがめて反駁すると、ファニタは心外だとばかり頬を膨らませて口を尖らせます。

 これ前世の『氷嵐のレアンドラ』の当時だったら顰蹙ものの態度ですけれど、いまの見かけには非常によく似合ています。

 思わず両手で頬を掴んでぐにぃぃぃいと引っ張ってみました。


「痛い、痛いでやんす、お師匠様!」

「おーっ……伸びる伸びる。この感覚癖になりそう。――って、嘘八百並べる弟子へのお仕置きよ」

「嘘じゃないでやんす! 確かに言ったでがんす」


 そうして語り始めたのは、遡ることおよそ百五十年前――。


 シルヴァーナの専横を危惧した魔術師の守護神である月神が、自らの加護をふんだんに与えた“勇者”に神託を下し、勇者に加えて百人からの高位魔術師と十匹の神竜ともに戦いを挑んできた『偽月の神災事件』。

 北大陸に上陸した勇者たちに対して、シルヴァーナは高弟である十二魔刻匠のうち『疾風のゼフィロス』『人形遣いアンティア』の二名を派遣してこれを迎え撃った。

 両者の戦いは激闘を極めたが、三日三晩に渡る戦いの末、ゼフィロスとアンティアはついに月神の下僕たちを壊滅させ、さらには返す刀で勇者を選んだ月神殿の本山へと逆侵攻をして、これを更地にするという快進撃をなす。


 この勝利に浮かれる十二人の高弟を前にして、だがシルヴァーナは常日頃の態度を崩すことなく、

『当然の勝利じゃ。むしろ三日三晩もかかるとは修行不足も甚だしい』

『それに月神殿など、所詮は取り換えの効く月神の出先機関にしか過ぎぬわ』

 ため息とともに苦言を呈し、さらには『(わらわ)なら先に敵の本陣を潰すところであるぞ。――見よ』と、十二魔刻匠の誰も真似ができないほど高度にして複雑精緻な魔刻陣法を紡ぎ出した。


『第九階梯秘奥義――“神滅呪”』

 次元の違う師の奥義を前に、茫然と目を見張る十二魔刻匠に向かって傲然と言い放ったシルヴァーナの手から放たれた魔刻陣法は、回転しながら天へと昇っていき、そして――“上ったばかりの月を綺麗さっぱり消し去った”。


 その刹那、この世界で太陽神、星神と並んで三大神とされていた月神が、断末魔の叫びとともにこの世界から消滅したことを、月を崇めるすべての信者や魔物は関知し、茫然自失となり……高位聖職者はその場でショック死した者も多かったという。

 ちなみにその後、『月がないのも風情がないの』という一言で、シルヴァーナは夜空に新たにふたつの月(、、、、)を作って設置した。

 現在、この月は『偽月』と呼ばれて、旧き月を崇める者たちの憎悪の対象となっている。


『おぬし等は世間では、やれ魔刻陣法の天才よ、魔刻陣法を極めた頂点よ、神をすら凌駕した超越者よと持て囃されておるが、(わらわ)に言わせれば多少は才のある凡人に過ぎぬ』

 たったいま月を消し、三大神の一角を崩したシルヴァーナは、声もない直弟子たちに向かってそう畳みかけた。

『この程度のことで図に乗る出ない。(わらわ)という唯一の例外を除けば、おぬしら凡人は常に(たゆ)まぬ努力をせねばならぬ』


『――し、しかし、わが師よ』

 あえぐような声で、当時、ようやく中級の魔刻陣法を修めていた――それでも飛び抜けた天才と呼ばれた――ファニタの前世、まだ『氷嵐』の二つ名が付く前のレアンドラが問いかける。


『たとえこの後、千年を修行に励んだとしても、いま師が見せてくださった階梯に到達するとは、到底私には思えないのですが……』

『当たり前じゃ。おぬし……えーと、確か下から二番目の』

『十一人目の弟子、レアンドラでございます』

『……そうじゃったか? では、レーネでよいな。レーネよ。おぬしらの誰も妾と同じにはなれぬ。凡人には凡人の分というものがあるからのぉ』


 絶対の自信とともにあっさりと言い切るシルヴァーナ。


『おぬしらが目指すのは妾ではない。まずは妾の目に留まる程の目だった特徴を備えよ。それが己の分を延ばす一番の近道であるぞ』


「……と、いうことでそれ以来、十二魔刻匠はまずは目立つように独特の喋り方になったっす。『疾風』とかは『ほんまでっか。そうでっか』とかの方言を使って、アンティアは年中片目に眼帯かけて左手に包帯を巻いて『くっ、あたしの中のイマジネーションゴッドが囁く。封じられたこの力を』とか、やってたっすよ」

「それ意味が違うううううううううううううううううううううううっ!!!」


 思わずその場で絶叫してしまった。

 勢いで叫んでから、慌てて口を押えて扉の所へ行って耳を当て、外に待機しているであろうユリウスに動きがないかしばらく待って、『隠蔽(ジャミング)』の効果で気づかれなかったのを確認して、ほっと改めて息を吐きます。


「あのさあ。それって、要するに『万能型でさらに天才の私の真似をしても無駄だから、自分の長所を伸ばして一点特化型にしなさい』って意味であって、変な芸風でウケを狙えって意味じゃないのよ?」


 席に戻って、怒られた意味が掴めずぼけっとしているファニタに、噛んで含めるように説明をする。

 なにか、クラスのちょっとおバカな子供に居残りで宿題を教えている気分になってきました。


「ええっ、そうだったんでやんすか!?! だったらあたしら十二魔刻匠の努力は、単なる徒労ということに……!?」


 本気で愕然としているファニタの様子に、こっちが愕然だよ!


「常識的に考えてそんな『でやんす』言葉を推奨する師匠がどこにいるか! つーか、十二魔刻匠って全員、おバカの集団だったの!?」


 途端、目を泳がせて、

「いや~。あたしの口からはなんとも……。それに最初に『まずは言葉遣いで師匠の注目を浴びよう!』と言い出したのはナンバーワンとナンバーツーでしたから、あたしら下っ端は唯々諾々と従うしかなかったっすよ。それに師匠も弟子の変化に気付かなかったっすか?」

 ごにょごにょと弁解するファニタ。


「…………。ま、まあ前世(むかし)のことはどうでもいいわ。ああ、喋り疲れて喉が渇いたでしょう。お茶を飲んだら?」

 まったくぜんぜん気付かなかった。というか、弟子の言動とかほとんど気にも留めなかった――もしかして、それが原因で裏切られた? と、疑念が浮かんだのに蓋をして――のを、とりあえず棚に上げて、私は先に侍女が淹れて行った紅茶を勧めつつ話を変えました。


「はあ、ありがとうございます――って、おおおおっ。紅茶に白砂糖っす! さ、砂糖はスプーンに何分の一入れていいっすか!?」

「……別に好きなだけ入れていいわ」


 鼻息荒く尋ねられ、若干、引き気味に答えます。


「す、好きなだけっすか!! ここは天国っすか、つーか、貴女が神っすか!?」

「……神とか気持ち悪いのでやめてね。と、どうせ余りものだからお菓子も全部あげるわ。取っておきなさい」


 途端、歓喜の表情で感極まったファニタは、やにわすっくと立ち上がると、五体投地でその場に土下座しました。


「――貴女様をあるじと認めて生涯の忠誠を誓うっす!」

「軽っ! 砂糖とお菓子と交換するとか、軽いわね貴女の人生!!」


 思わずこの短い間に何回目になるかわからないツッコミを入れたところ、

「――ふっ。みんな貧乏が悪いっす……」

 どこか達観したようなシニカルな笑みを浮かべるファニタがいました。


 う~~む。他人の事をどーこー言えないけれど、こんな人生に疲れ果てたような幼女とか明らかに不自然よね。

 大丈夫かなぁ、こんな九歳児いるかしら? 私と合わせてなおさら異質さが際立ってしまうじゃないかしら??


 そんなことを考えながら、そのままぐだぐだ言うファニタを無理やり立たせた私は、再度彼女を椅子に座らせ向か合います。


「というか、貴女も仮にも子爵家のご息女でしょう? 以前なら紅茶やお菓子くらい頻繁に食べていたんじゃないの?」

「いや~……。それが物心ついたころには叔父に実家は牛耳られてて、あたしは空っぽの馬小屋で寝起きしていたっす。食べるものといえば下男下女の食べ残しだったので、二日に一度食べられれば良い方でがんした。なので仕方なく、自力で近所の野草や小川の生き物、あと魔物なんかを罠に嵌めて獲って食べてたっす。いや~、ゴブリンは肉マズイっすねえ。その代り脳味噌はコクがあってそれなりに食えたっす」


 予想以上に壮絶な身の上を気楽な口調で話すファニタ。


「なので、『いつかこの国を牛耳って、週一回豚肉と甘いものを食うっすー!』と、王宮の方角に向けて野望を叫ぶのが日課でだったす」


 野望の動機がセコいわ! って、いうか原作で語られた『師匠と国のカタキ』という設定はどこに行ったの!?


「……念のために確認するけど、他にこの国に怨みを晴らす目的とかないわけ?」

「食い物の怨み以外はないっす! なので、ここで衣食住賄ってもらえるとかなら、まったくぜんぜん怨みとかどーでもいいっすよ!!」


 あっけらかんと言い放たれ、思わずマジマジとファニタの顔を見詰めます。


「あ、疑ってるっすか? あたしとしては、どっちかつーと師匠に無理やり復讐の片棒を担がされるんじゃないかと戦々恐々としてたっすけど、その気はないっすか?」

「それこそまさかね。いまさらどーでもいいわ」

「そっすよねー! いや~、よかったっす。昔のノリで世界征服とか言い出したら、いまのあたしじゃ止めようがないので、どうしようかと案じてたでがんすよ」


 本気で胸を撫で下ろすファニタのお気楽な態度に、思わず「だけど扉や壁を隔てた向こう側には、私の平穏を乱す勇者や聖女がわんさかいるわよ」と言いかけて、ふとさきほどの台詞に気になる部分があり、まずは先にそこを指摘してみました。


「――ちょっと待って。『いまのあたしじゃ止めようがない』ってどういうこと?」


 一応はこれも仮にも十二魔刻匠の生まれ変わりなのですから、正面からならともかく不意を突けば私を一時的に抑えるくらいはできる程度の技量はあるはず。

 実際、裏切り者どもは三人がかりでシルヴァーナを抑えて、その不意をついて勇者ら(笑)がとどめを刺したわけだし。


 途端、ファニタは決まり悪げにショートの髪をポリポリ掻きながら、ちょっとした失敗を告白するような軽い口調で、

「いまは無理っす。つーか、そもそもいまのあたしは魔刻陣法を使えないっす」

「……はあ?!」

「だから魔刻陣法使えなくなったでやんす。つーか、使えるんならこんな極貧の生活はしてないっすよ」

「なんで!?」

「生まれた時に『星神の加護』を授かってたっす。加護が封印の役目を果たしているので、ほとんど魔刻陣法は使えないんすよ」

「破りなさいよ、たかだか星神如きの封印なんて!」


 ちなみに先ほどの話にあったように、およそ百五十年前にシルヴァーナが月神を処分したため(当時の私はちょっとヤンチャだった)、現在の魔術師の守護神は星神に代替わりしています。

 なお、シルヴァーナが新たに作った偽月(シルヴァーナは『双月』と呼んでいましたけれど)からも新たな双子の月神が生まれてはいるのですが、こちらは各大陸の神殿では魔神扱いされているとか。


「んな無茶な! 神の封印を内側から破るなんて芸当ができるのは師匠くらいでがんすよ! つーか、そんなら師匠が外してくださいよ。師匠ならちょろいっしょ?」

「そんなことをしたら、私が転生して復活しているのがバレるじゃない!」


 加護を解除するのは軽いですが、そうすれば確実に誰の仕業か神々にバレ、即座に抹殺指令が神殿経由で勇者や聖女、そしてまだ見ぬ正義の味方たちに飛び、連中が大挙して押し寄せてくるのは目に見えています。


「要するに役にも立たない上に、敵の本部へ直通の警報装置を装備したバカを身内に招き入れたったことよね。うふふ……このまま事故に見せかけて首根っこ引っこ抜いてやろうかしら……?」

 ファニタの頬を再度引っ張りながら、半ば本気でそう捨て鉢な笑みを放つ私。


「ちょ、ちょっと。洒落になってないっすよ! 師匠、目が本気で怖いっす!!」


 知らず取り乱しているうちに一時間が経過したらしく――。


 ノックの音とともに、

「――失礼いたします。いかがですかセラ様……おっと、すっかり打ち解けられたようですね」

 顔を出したユリウスは、キャッキャウフフと戯れ合っている私たちの様子に、微笑ましいものでも見た表情で目を細めて、「仲良きことは美しきかな……ですね」と、しみじみと口ずさみました。

パチモンのほうが良かったかなぁ。

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