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第六話 死人にクチナシ

思いがけずに好評なので続きを書いてみました。

 さて、年の近い遊び友達……というか、侍女としてファニタを雇用するという話はトントン拍子に進みました。

 ま、実際は領地は没収、財産はすべて借金の質草として差し押さえ、ファニタ当人も奴隷堕ちする寸前、という限りなく崖っぷちで、どうにか小指一本でぶら下がっていたところ、奴隷にする代わりにうちで雇用するという、限りなく人身売買に近い形で拾い上げたわけなのですが……。


 ユリウスは単純に人助けの一環として、罪もない子供を救うことになったことに喜んでいます。

 カサンドラは、とりあえず何かあっても後腐れなく使い潰せる皇女の付き人(オモチャ)を用意できたことに満足しているようです。

 わずかに残っていたらしいワーズワース家の関係者や縁者たちも、好き好んで顔見知りの幼女を奴隷に堕としたかったわけではなかったので、皇女様に拾い上げらたのは勿怪(もっけ)の幸いと大満足とのこと。


 ということで、内心忸怩たるものがあるのは、おそらくは当事者である私。そして原作準拠であれば、前世で自分と師であるシルヴァーナ、そして国を滅ぼされて恨み骨髄のファニタであろうことは想像に難くありません。


 ちなみに前世で魔刻陣師『氷嵐のレアンドラ』と呼ばれた彼女は、名前でわかるとおり前世においても女性でした。

 ま、シルヴァーナの高弟十二人はきっちりはかったかのように男女六人ずつでしたけれど、レアンドラは確か百八十年ほど前に拾って弟子にした、比較的若い世代に属する魔刻陣師でしたが、忠誠心は篤く、裏切りの三人の弟子と違って、最後までシルヴァーナの命に従い、最終決戦の首都防衛で討ち取られたはずです。


 何の因果かそれがいまや同じく九歳児。

 前世、妖女と呼ばれた私が幼女をやっているのと同じく、同じ国で幼女をやっているとは、因果は巡ると言えばいいものでしょうか……。


 私個人としては、もう前世とは手を切ったつもりでいたので、可能であればいまからでもファニタを遠ざけるか、いっそ死人にクチナシで始末するかしたいところなのですが、身分はあっても行使する権限のないお飾りの皇女様の悲しさ。結局は世間に迎合する以外に生き延びる術はないわけですので、表面上はにこにこ笑ってその日が来るのを心待ちにする演技を続けなければなりませんでした。


 周囲は美談だとばかり褒め称えるし、なぜか父であるアーレンダール王からも、あっさりと許可が出るし。


 ここに至ってはさすがに観念しました。もう逃げも隠れもできません。

 あとはもう可能性は低いですが、当人(ファニタ)に前世『氷嵐のレアンドラ』としての記憶がないか、帝国に対する復讐心がなくなっているか、あるいは艱難辛苦で心が折れて臥薪嘗胆の気概がなくなっているか、それも駄目ならせめて私がシルヴァーナの生まれ変わりだと気付かないように……そうであることを祈るしかありません。


 まあ、この世界に私が祈る対象なんていないのですが。


 しかしながら、その僅かな可能性に賭けなければ、証拠隠滅のために私はこの手で九歳の幼女を消さないといけないことになります。


 私とて鬼ではないのですから(世間のシルヴァーナに対する風評はともかく)、あたら前世でその素養を認め直弟子とした腹心の生まれ変わりを殺めることには躊躇があります。

 なにしろ十二魔刻匠といえば、シルヴァーナの五百年の生涯の中でも僅か十二人しか出会えなかった、シルヴァーナに匹敵……とまではいかないまでも、準ずる魔刻陣法を極めた高弟――まあ、そのうち三人は裏切りやがりましたけれど――なのですから、当然情はありますし可愛がってもいました。


 ですが、今の私は自分が一番可愛い! 

 身も蓋もない言い方になりますが、現世の保身と前世のしがらみなら保身に走ります。


 ――だからお願い、気が付かないで。


 そう悶々としながらもあっという間に日々は過ぎ、やがて離宮の広間のひとつでファニタとの面通しと相成りました。


 立ち会っているのは、子供用の椅子に座った私と、その背後に付き従う面従腹背の勇者候補ユリウス。

 そして、女官長のカサンドラ。あと三十年配のふくよかなご婦人――侍女長のミセス・キャメロン――の四人です。


 当初はもっと人数を揃えようとか、近衛兵を待機させようという提案もあったのですが、

「いろいろ大変な目に遇って、心労が祟っているはず。怯えさせないように、ここは最小限の人員で迎えた方がいいでしょう」

 というユリウスの主人公発言があり、私としても犯行現場に目撃者が少ないほうがいいので、この提案に諸手を上げて賛成しました。


「その通りです! 四人で十分です。それに私の護衛ならユリウスがいるので問題ありませんよ」


 主人公らしい世のため人のため、弱きを助け強きを挫く、非常にわかりやすいユリウスの行動原理が私に有利な状況を作ってくれます。

 思わずにこやかに喝采を送った――刹那、普段は生真面目なユリウスが『にやり』と、ほんの一瞬だけ意味ありげに嘲笑を浮かべたのを、確かに私の目は捉えました。


「――っっっ!?!」


 まさかっ。こちらの思惑を見抜いて、わざと隙を見せて無邪気に喜ぶ私の無知を嗤っているの!? いやいや、この人はそんな腹芸をするタイプじゃないし……でも、そう思わせること自体が擬態だったら……?

 まさに疑心暗鬼そのもの疑問と戦慄が、私の脳裏をグルグルと行き場をなくして堂々巡りをするのでした。


「なるほど。頼みましたよ、アルバーン卿」

「はっ。一命に代えましても!」

 

 カサンドラの言葉にユリウスは腰に佩いた宝剣に手をやり、いかにも謹厳な表情で大きく頷きました。

 途端、ひゅんと鋭利な冷気が通り過ぎて行ったような気がして、思わず自分の細い首が繋がっているかどうか確認してしまいます。


 ちなみにユリウスは私の護衛騎士となったことで、このたび正式に帝国から男爵位と『アルバーン』の姓を賜ったので、公式な場ではユリウス・マシュー・アルバーン男爵と呼ぶのが習わしだとか。

 セクエンツィア王国なら黙っていても伯爵になれたのに、男爵とか爵位が下がったのでは? と疑問に思いましたけれど、こちらの爵位は領地を持たない名誉職らしく、また他国というか宗主国の爵位を得ても特にいまの爵位がなくなるというわけではないないそうなので、いまのところ帝国では男爵、王国では伯爵の嫡子という立場のままで問題ないとのこと。


 ま、遠い将来の事をいえば、伯爵どころか私を斃してクリスティン王女と結婚して国王になるというルートが非常に濃厚なのだけれど……。


 ちらりとユリウスの様子を窺えば、軽く剣の柄を叩いてから無言で頷きを返してよこしました。


『――とりあえずおかしな真似をすればどうなるのか。この距離なら魔刻陣法より私の剣の方が早いのはご理解いただいているでしょう?』


 私の耳に幻聴が聞こえてきました。

 これは警告。アーレンダール王の臣下であるユリウスの無言の警告に他ならない。


 そう理解した私は、

「…………」

 小心者の愛想笑いとともに頷き返して、抵抗する気持ちがないことを伝えました。


「――っ!?」


 途端、思いがけず眩しものでも見たような表情になったユリウスが、今度ははっきりとご機嫌な笑みを浮かべます。

 くっ、私を弄んで笑っているのね!


 そんなやり取りをしているところへ合図があり、廊下側から侍従が扉を開けると、いかにもお仕着せらしい紺色のメイド服を着た痩せぎすの幼女が、ガチガチに強張った表情でブリキのロボットのように、カクカクとした動作で広間の中央まで進んできます。


 あまりにも緊張した彼女の様子に、思わずその一挙一動に注視する私たち。


 見るからに顔面蒼白。そして、明らかに視線が定まっていない――漫画だったら目が渦巻き模様でグルグル回っていそうな――おぼつか無い足取りで、真っ直ぐ部屋に入ってきた彼女。


 いまにもすッ転びそうなその様子に、カサンドラがため息をつき、ミセス・キャメロンは前に出て、私の前を行き過ぎかけたファニタの肩を掴んで、所定の場所へ誘導してその場所に立つように指示を出します。


「は、は、はじめまして。お、セラフィナ皇女殿下におかれましては、お初にお目もじかないます。わ、わたしはワーズワース伯爵家前当主の娘、ファ、ファ、ファニタ・イネス・ワ、ワーズワースと申します。このたびはわたしめのためにお骨折りいただきましたこと、ちゅ、衷心より感謝いたします」


 スカートを摘まんで膝を曲げて挨拶をする。それから項垂れたかのように下を向くファニタ。

 その仕草に、「……五点」と、一言辛口の採点をするカサンドラ。

 おそらくは十点満点の評価ではないでしょうね。私も毎日「六十五点。ぎりぎり赤点は免れた成績です」と絞られていますから。


 それにしても――と、改めて彼女の様子を上から下まで観察します。


 九歳のいまとゲーム画面での十六歳時とは当然容姿が違うのは予想していましたが、そもそもの印象がまったく違います。

 ゲーム中では怜悧な印象で、特にその目付きの鋭さは『氷嵐のレアンドラ』そのものでしたけれど、貧相な見かけでおどおどしたこの様子からは、かつての面影はどこにもないなぁ、というのが私の第一印象でした。


 髪は栗色で貴族の子女としては珍しくショートカットでばっさり切っています。

 貴族の女性にとっては髪は財産なので、普通なら長く伸ばしておくのが常なのですが(後で確認したところ、もともと長かったのを借金のカタに切って売られたとか)、そのせいもあってゲームともまったく共通点がありません。


 これはもしかすると、前世とは無関係で上手く立ち回れるかも! と、まずは掴みで手応えを感じました。


「顔を上げなさい」

 凛としたカサンドラの声に、弾かれたように顔を上げるファニタ。

「ここで働く以上、私は貴女を大人と同じように扱います。そのことをしっかりと肝に銘じ、仕事に対する責任と誇りを持ちなさい。ゆえにそのように卑屈な格好で下を向くなど言語道断っ。貴方はこのお方――偉大なるオレガノ帝国の皇女、セラフィナ殿下の家臣となったのです。失敗など許されません。貴女の失態は皇女殿下の失態であるのですよ」


「は、はいっ! 申し訳ございません、皇女殿下!!」

 息を飲んだファニタが、しっかりと前を向いて椅子に座ったままの私の姿を正面から見据えます。


 覚悟を決めた幼女のハシバミ色の瞳が私の菫色の瞳を捉えた瞬間、信じられないモノを見た表情でこぼれんばかりに見開かられ――。

「――えっ!? まさかシル」

「あああっ。こんなに怯えて可哀想に! もう大丈夫よ。私がきっと護ってみせるわ!」


 激情のままに椅子から立ち上がった私は、感極まった表情で――うっかり『シルヴァーナ』と口走りそうになった――ファニタを両手で抱擁して、周囲へ聞こえよがしに言い放ちます。

 それからファニタの耳元へ口を寄せて、

「……喋ったら殺す。前世のぜの字でも口に出したら殺す。魂も残さず滅する。私はやると言ったらやる。忘れたわけじゃないわよね、“レーネ”?」

 そう平坦な声でかつての愛称とともに、彼女のわき腹の辺りで『消滅』の魔刻陣を描いて言い聞かせました。


「~~~~~~~~~~~~~~~!?!!」


 途端、ガクガクと震えだしたファニタは、傍目には感極まったかのように滂沱と涙を流し始めたのでした。

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