第五話 奴隷を買おう!
一時間ほどで書いてみました。
「奴隷……ですか?」
「ええ、身の回りの細々とした雑用をさせるのに何人か雇用したいのですけれど」
あえて気楽な口調でそう提案すると、案の定、女官長のカサンドラは難しい顔をします。
ちなみにカサンドラは元は帝国の伯爵家の出身で、さらに帝国の名門女学校の教授を勤め、そしてそして公爵夫人として五人の子供を育て上げたという、どこに出しても恥ずかしくない華々しい経歴を持った女傑です。
年齢はたぶん四十歳半ばほど。やや痩身で見るからに有能な女学校の教頭先生のようなタイプで、実際、非常に厳粛でやや頭の固いところが玉に瑕という絵に描いたような女官長の鑑のような婦人だった。
「必要ございません。そもそも皇女様の身の回りの世話をする者は、最低でも子爵家以上の家柄の者としておりますので、それ以下の身分の者、まして奴隷など論外でございます」
案の定、はい、論破という感じで、あっさりとダメ出しをするカサンドラ。
更には、
「多少は不慣れな者のおりますが、いずれもわたくしの眼鏡に適った教養と礼儀作法を備えた者たちと自負しておりましたが、なにかあの者たちにご不満がおありでしょうか?」
眼鏡を反射させて、赤点を取った生徒を呼び出す生活指導の教師の顔になって、侍女たちの不始末の心当たりを探る表情になるカサンドラ。
その静かな怒りをたたえた表情を前に、私の背筋に悪寒が走りました。
やばっ。このままでは無実の罪で私の周囲の侍女たちが、カサンドラの『再教育』という名のブートキャンプに叩き込まれてしまいます。
実際、私も一日に二時間ほど礼儀作法をカサンドラに習っているのですが、その時間はスプーンの上げ下ろし、何気ない足運び、呼吸のしかた、瞬きの回数までチェックされて毎度生きた心地がしないものです。
それでもまだしも私は立場上手加減されているとのことで、一度掃除の時にカーテンを破って、国宝級の青磁の花瓶を割った侍女は、十日ほど姿を見せなくなった後、復活した後はキビキビと仕事をするように変貌していました。ついでに人格もドジっ娘から百戦錬磨の戦闘メイドにジョブチェンジしていて、しばらく同一人物と気がつかなかったほどでした。
その悲劇を繰り返すわけにはいかないので、私は慌てて首を横に振ります。
「そういうわけではありません。ただ、この離宮にいる侍女や女官はいまカサンドラが口に出したとおり、すべて良家の子弟、子女ばかりで優秀ではあるのですが、私を『皇女』という括りでしか見ていないように感じられて、それがいささか物足りないと思えるのです」
「……つまりは友人が欲しいということですか?」
私の脇に直立不動で立っていたユリウスがおずおずと口を開いて、そう私に尋ねます。
聞かれもしないのに勝手に口を開いて、まして質問をするという不敬にカサンドラが眉を吊り上げて文句を言いかけたのを、私は軽く右手を上げて制止しました。
「そうですね。それに近いと思います。とはいえどこの誰とも知らぬ者を友とするわけには参りませんので、その代わりと言っては失礼ですが、奴隷……それもなるべく私の年齢に近い幼子を雇用することで、時間をかけて私個人への忠誠や親近感を刷り込み……いえ、友誼を深められればと思っての奴隷の雇用です」
「「ふ~~む……」」
私が述べた表向きの理由に、カサンドラとユリウスが揃って考え込みます。
とはいえ先ほどの取り付く島もない返答と違って、今度は一考の余地はあるというような雰囲気が漂っていました。
厳しいといってもなにしろ私はオレガノ帝国で唯一『王女』ではなく『皇女』と名乗ることが許された、つまりは帝国の後継者と目されている姫です。多少の我儘は利く立場ですし、母親は病没、父王は育児放棄をして一人暮らしという可哀想な立場。そこへもってきて「友達が欲しい」という子供らしい真摯な願いを口に出されては、いかな難攻不落の女官長とはいえ陥落するのは目に見えています。
あと、勿論私の真の目論見は「寂しいから友達が欲しい」などという甘いものではなく。将来に向けて味方を増やす布石を打って置こうと、この間から考えていた作戦のひとつです。
なにしろ現状では周りは敵ばかり。将来、私のお命頂戴と手に手に武器を持って大挙してくる人材ばかりなのですから、おちおち夜も眠れません(いや、子供の体なので夜になるとパッタリと電池が切れたように眠れますけど)。
枕を高くして眠るためには気を許せる腹心が必要。ですが、普通に人を雇用していたのでは、まず間違いなく父であるアーレンダール王の息がかかった者が送られてくるのは間違いありません。
ならばまず父の手の届かない場所にいる人材を、そして可能な限り裏切りのない相手、あと可能であれば私の手で洗脳……もとい教育できる幼い子供。
この条件に該当する相手となると、奴隷という選択肢しか浮かばなかったのです。
何より奴隷なら、魔術的な制約である奴隷紋が肌に刻まれているので、主人を裏切ったり攻撃したりしないのが確定しているところが一番の安心材料だし。
まあそういう縛りと上下関係でしか仲間を作れない。対等な人間同士の信頼関係を築けないのは、人間として終わっているような気もするけれど……そもそも皇女の時点で、一般的な人間関係からは逸脱しているので、友情や恋愛などという幻想は捨てたほうがいいでしょう。
外道と呼ばれても、私は生き延びるために出来る限りを頑張る!
「……まあ、うちにも奴隷上がりの戦士や従者がいないわけではありませんが」
「ですがその場合は解放奴隷として、奴隷紋を消して平民としてから雇用するのでしょう?」
「ええ、当然そうなります。大抵は借金奴隷ですから、こちらが借金を前倒しで貸す形ですね」
一応は前向きに話し合っているらしいカサンドラとユリウスですが、何か私が思っていたのと風向きが違ってきました。
え? 貴族が奴隷を買うときは平民にしてから買うのが普通なの……?
「まあ、皇女様と同年代の奴隷などであれば金額も高が知れていると思いますが、それにしても奴隷上がりなど……」
「それについては私に心当たりがあります」
「と言うと?」
「国の恥部を晒すようでお恥ずかしいのですが、ほんの半月ほど前にワーズワース子爵家が実質的におとり潰しになったのはご存知ですか?」
「ああ、聞いております。現当主が心の臓の病で亡くなられて、家督を譲られた……というか、遺言状がないことを盾に、幼い一人娘の後見人になった叔父である新当主が放蕩三昧。挙句に国に収める予定の小麦を誤魔化したとか――ああ、なるほど」
合点がいった顔で目を細めるカサンドラと、その通りとばかり頷くユリウス。
「まだ幼い前当主の一人娘、ファニタ・イネス・ワーズワースは確かセラ様と同い年であったはず。そして多額の借財を抱えて明日をも知れない身の上のはず。ならば――」
「……なるほど。それならば」
意見の一致を見たカサンドラとユリウス。ですが、私は思いがけなく名前が出てきた“ファニタ”の名前に、愕然と息が止まるほどの衝撃を受けていました。
ファニタ・イネス・ワーズワース。
覚えがあるなんて名前ではありません。それは間違いなく『幻想魔境ルーンブレイカー』において、セラフィナが実の姉妹のように信頼して常に傍にいた腹心の侍女のことです。
ですが、それは仮の姿でその正体はセラフィナの前世、シルヴァーナの高弟で十二魔刻匠のひとりであった『氷嵐のレアンドラ』。その生まれ変わりに他ならないのでした。
彼女はセラフィナと違って生まれた時から前世の記憶を保持していて、一目で私がシルヴァーナの生まれ変わりだと見抜いて、密かにセラフィナの中のシルヴァーナを覚醒させようと暗躍するスパイです。
シルヴァーナにとっては味方かも知れませんが、いまの私にとっては敵です。
いまのところ侍女にファニタの姿がなかったので、今後、彼女を雇用するような話があれば全力で阻止しようと思っていたのに、なんで私の我儘が発端で、逆に敵を呼び込むことになったのよ!
拒否したい! やっぱやーめた! と言いたいのに、
「いい提案ですわね。子爵家にも恩を売ることになりますし、これを逃せば皇女様の示した条件に合う者等おいそれと見つからないでしょう」
「ええ。それになにより、気の毒な子供をひとり救うことになるのですから、素晴らしいことです。これも総てセラ様のお優しい心が生んだ巡り合わせでしょう」
とっても良い笑顔のふたりを前に、そういうことは後ろめたさもあって、とても言い出せるものではありませんでした。
ど、どーしよう……。
この上は、いっそ事故に見せかけてファニタを始末するしかないか、そう微笑みながら私は画策するのでした。
誤字脱字につきましては、後日、まとめて修正させていただきますネムィ…(σω-)。о゜ゴシゴシ