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side:ユリウス

とりあえずここまで書きました。

 僕の名はユリウス・マシュー・デトワール。

 セクエンツァ王国の軍人伯爵であるデトワール家の嫡男にあたる。それが僕だ。


 もともとデトワール家はさほど家格の高くない、四代前までは地方の騎士爵家であったのだが、曽祖父と祖父とが僕が生まれる前に北の魔女シルヴァーナが起こした世界大戦の際に華々し戦果をあげたことで、現在の伯爵家を叙爵されたという経緯がある。

 その関係で父であるダイモン・グロリアール・デトワールは王室武術指南役として、セクエンツァ王国とアーレンダール王を支えていたのだが、三年前に祖父が病没したことで、父が伯爵家を継ぐことになり、現在は領主貴族として領地の繁栄のために日夜尽力している。


 そんな父祖の名誉を汚さないために、僕も常日頃から必死に武芸を鍛え、学問を修めるようにしている。

 幸いにして武芸に関しては、およそ同年輩では並ぶものなし。訓練に参加させてもらっている近衛騎士団でも、団長と副団長を除いて負けなしと言う成績で、それなりの評価を得ていると言ってもいいだろう。


 まあ父に言わせれば、まだまだ未熟もいいところだそうで、実際父との手合せではまだ遊ばれている感があるが、最近は三本に一本は取れるくらいになっていた。


 おそらくはこのまま近衛騎士団に入団をして、その後は父に家督を譲られるまで、この国の剣としてまた王家の盾としてこの身を尽くすのだろう――そうこの日までは思っていた。

 だが、そんな予想は呆気なく覆された。


 この日、まさに青天の霹靂ともいうべき事態が、僕のこの身に降りかかったのだ。


「汝にセラフィナ・ファウスタ・ルーナ・セクエンツァ皇女の護衛騎士に任ずる」


 登宮せよとの命を受け、急ぎ支度を整えて王宮へ出向いてみれば、普通であれば入口のところで預けなければならない剣を佩いたままでよいとのお達しがあり、困惑しながら通された先は、なんとこの国の王、アーレンダール陛下の執務室だった。


 そして初老の侍従長――確かポロー侯爵だったはず――から端的に伝えられたその内容に、片膝を突いてその場にうずくまった姿勢のまま、危うく僕は「へ?」と間抜けな声をあげそうになった。

 唖然として言葉もない僕の顔を見て、さもありなんと頷くポロー侯爵の態度に、僕は自分の不敬を恥じて慌てて頭を床につけんばかりに下げる。


「も、申し訳ございません!」


 国王陛下の御前でとんでもない礼儀知らずな真似をしてしまった。

 普通であればこの場で衛兵に引き立てられても文句は言えない態度である。


「よい。そなたが不審に思うのも当然であろう」


 と、シックな樫の執務机と革張りの椅子に腰を下ろしていた三十代半ばほどの金髪の男性――人目を引く煌びやかな美男子でありながら、同時に周囲を圧倒する重厚さを漂わせたまさに王者の風格を持つ人物――国王アーレンダール陛下が気だるげにそう口を開いた。


「…………」

「直答を許す。こたびの下知――いや、儂の我儘だが、そなたにとっては寝耳に水であろう。だが、これは国王としてではなく、父として個人の願いとして聞き入れてくれぬか?」

「へ、陛下!?」


 下を向いているために見えなかったけれど、この気配はまさか僕に――たかだか伯爵家の嫡男にしかない僕に、国王陛下が頭を下げたのか!? まさか!!


「こちらを見よ、デトワール……いや、ユリウス」


 しっかりと僕という個人に向けられた声音に、僕も応えるべく片膝を突いたまま顔を上げた。


「儂はな、あの子が不憫でならぬのだ」


 僕の目をしっかり見ながらアーレンダール陛下が苦悩の表情を浮かべてそう語る。

 あの子というのは当然セラフィナ皇女のことだろう。


 セラフィナ・ファウスタ・ルーナ・セクエンツァ皇女。

 この国、いや帝国に住むならその名を知らない者はいない至上の姫君の名前だ。


 セクエンツァ王国の盟主である世界屈指の大国オレガノ帝国の唯一直系である皇女殿下。そして、アーレンダール陛下の愛娘に当たるこの国で最も高貴な女性。それがセラフィナ皇女殿下である。


「あれの母であるオーレリア妃は我が主君帝国皇帝陛下の最愛の姫君であった。長らく続いた大戦で多くの血族を亡くされた皇帝陛下が掌中の珠のように大切にしていた姫君。儂は誰よりも彼女を幸せにすると誓った……だというのに、儂は……」

「しかし陛下、あの当時は三日咳に効く特効薬がなく、帝国内でも五万人からの死者が――」


 侍従長のポロー侯爵が慰めの言葉をかけるが、アーレンダール陛下は小さくかぶりを振って沈痛な表情を崩さない。

 そして苦しげな口調で続けるのだった。


「儂は国王としても父親としても失格だ。むざむざオーレリアを亡くしたことで口にこそ出さないが皇帝陛下の不興を買ってしまい、さらには日々成長するにつれてオーレリアに生き写しになってくるセラを見ることが苦痛で、九歳の娘をひとり離宮に隔離して由としている。どうしようもない愚物なのだ」


 そう胸中の苦悩を打ち明けたアーレンダール陛下のお姿は、最初に見た時に感じた重圧が消え、一気に十歳も年を取ったように見えた。


「勇者よ、英雄よと呼ばれた男の体たらく。無様だと思うであろう、ユリウスよ」


 自嘲するアーレンダール陛下に向かって、僕ははっきりと首を横に振る。


「いえ、陛下の苦悩は故オーレリア妃殿下、そしてセラフィナ皇女殿下を愛するがゆえ。まことに仁愛の心をお持ちになられたお方だと、心より感じ入りました」


 嘘偽りのない僕の心情の吐露に、アーレンダール陛下は目を閉じ、ポロー侯爵は大きく頷いて同意を示した。


「……そうか。そうであればよいのだが」

 自らに言い聞かせるようにそう呟く陛下。

 そうして見開いた陛下の両目には、先ほどまでと同様の覇気が戻っていた。

「――して、ユリウスよ。儂の代わりにセラフィナを護ってやってくれぬか? あれはどうも不幸な星回りの下に生まれたようでな。つい先日も不慮の事故で大怪我をするところであったと聞いて目の前が真っ暗になったところじゃ」


「当然おおやけにはしておらんが、実際に陛下も心労でお倒れになられ、この三日ほど寝込んでおられたのだ。おぬしも他言無用であるぞ」


 ポロー侯爵がぼそっと呟き、僕は慌てて頷いて同意を示すとともに、皇女殿下の護衛騎士という大任を引き受けることを誓った。


「はっ! 非才非力の我が身ですが、皇女殿下のためにこの剣とこの身を捧げることを誓います」


「うむ。頼んだぞ。本来であれば近衛騎士から選ぶべきであろうが、形式としては帝国直属の護衛であるからの。儂の近衛騎士出となると帝国といらん軋轢を生む可能性がある。それに年の近いほうが良いだろうと思ってな。ま、セラは九歳だが将来絶世の美女となること間違いなしの見目麗しさで、さらに親の欲目なしに優秀であるのでそなたとも話が合うであろう。実際、つい先日も儂が手配した侍女から報告が上がってきたのだが、普通なら事故の原因である庭師を処分するところ――」


 ほとんどストーカー並みに仔細漏らさず報告を受け、暗記しているらしいセラフィナ皇女のエピソードを嬉しげに得々と話すアーレンダール陛下。

 そんな陛下を僕とポロー侯爵は生暖かい目で見つめていた。


 そしておよそ一時間後――。

 アーレンダール陛下が一息ついたところで、ちょうどセラフィナ皇女殿下が執務室へ到着したとの知らせがあり、我に返った陛下は決まり悪げに椅子に座ったまま、照れ隠しにぶっきらぼうな口調で「入れ」と一言入室の許可を出した。


「――失礼いたします」


 そして、幼いながらも銀鈴を鳴らすような美声とともに、しずしずと入ってきた銀髪の幼女のあまりの美しさに、僕は思わず目を奪われまじまじと不躾な視線を向けてしまい、それに気付いた皇女様の驚いたような表情に気付いて、慌てて下を向いた。


 それにしても……。と、胸中で唸る。

 正直舐めていた。陛下の娘自慢は子煩悩な父親特有の色眼鏡もあるのだろうと、失礼ながら軽く考えていた部分もあったのだが、まさに陛下の仰るとおり、いや、それ以上のお方であった。

 

 僕も伯爵家の嫡男として、様々なパーティや催しに参加し、武術指南であった父のお供で王宮にも日参する毎日だったから、様々な美姫や貴族のご令嬢。そして毎年王都で開催されるフェスティバルで選ばれた美女などを見てきたが、『国一番の美女』『三国一の美姫』とか呼ばれる女性たちでさえ、まったく比較にならない。美しさの基準がレベルどころか次元が違うという感じである。


 いまだ九歳でありながらこの美しさ。これは陛下が護衛騎士を置かなければならないと心配するのも当然だろう。


 知らない人間である僕がいるためか、どこかオドオドとした態度の皇女様。

 まさに深窓の令嬢ともいうべき可憐な姫君を安心させるべく、僕は王が許可してくださった自慢の家宝の宝剣を示し、何度も何度も皇女様に真摯に伝えた。


「この剣にかけて、必ずや務めを果たしてご覧に入れます!」


 そんな僕の心が伝わったのか、皇女様は柔らかく微笑んだ下さった。


「ええ、よろしくお願いします」


 はいっ! この身が砕け散ろうとも、常に皇女様の傍に仕えて、国王陛下の代わりに御身を護ることを誓います!!


 そう、この日僕は己の運命に出会ったのだった。

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