第三話 着々とフラグが迫ってくる
『幻想魔境ルーンブレイカー』の主役で、最期、復活した私=セラフィナ皇女=シルヴァーナの胸に神剣を突き立てる予定の勇者と、シナリオにないはずの邂逅にアドリブも効かず、私は食い入るように彼を眺めたまま絶望を覚えるしかなかった。
そんな私を推し量るような瞳で見据えるアーレンダール王。
護衛という名の監視と刺客ですね。いらねええええええええええええええっ。絶対にいらねええええええええええええ!!
と、全力でノーサンキューしたいのですが、勿論そんな我儘が通じるわけもなく、アウェーでそもそも私に選択権などありません。
「……ご配慮ありがとうございます」
ぐっと不満を堪えてそう答える以外はなく、アーレンダール王は当然という表情で軽く頷き、
「――以上だ。下がってよい」
すぐにこちらに背を向けて書類に目を通し始めました。取り付く島もないとはこのことです。
頑なに背を向ける血縁上の父親に、内心呆れながらもそこは礼儀として、どうせ見ていないのですが一応スカートを摘まんで軽く膝を曲げてお暇の挨拶をしました。
バカバカしいですが、やらなければやらないで叛意ありと決めつけられ、ないことないこと言い出すのは目に見えています。
初老の侍従長の先導で執務室を出た私。その背後を当然のように付いてくるのはいま紹介されたユリウスです。
そりゃまあ私の護衛騎士なのですから当然と言えば当然なのですけれど、いましも背後からバッサリやられそうで非常に精神衛生上よろしくありません。
「厄日だわ……」
小さく呻いてため息をつくと、目敏くそれを目に留めたユリウスが心配そうな声をかけてきました。
「どうされました? お加減がよろしくないのですか、皇女様?」
そういって脇に回ったストレスの原因が、顔を曇らせて私の顔を覗き込みます。
途端、先に歩いていた侍従長が軽く咳払いをして、「デトワール卿、皇女殿下に対して不敬ですぞ」と鋭い視線を向けました。
その言葉に、横っ面を張り倒されたような顔で、「も、申し訳ございません」と慌ててその場に膝を突くユリウス。
「……いえ、気にはしておりません。ユリウス様は私の護衛騎士……らしいので、もっと気軽に対応してくださっても結構ですよ。そのほうが私としても気が楽ですから」
にっこり微笑んでそうフォローを加える私。
表面上でも気さくな仲だと見せかけておいたほうがコントロールし易そうだし、相手のボロも出るかも。
それにもしかして、万が一に私の正体がバレた時も、仲よくしておけば多少の手心を加えてくれるかも……という下心満載での助け舟に他なりません。
「あ、ありがとうございます。皇女殿下のご寛容さに深く、深く感謝を捧げます。それと、私めのことはユリウスと呼び捨てでお願いいたします」
本心なのか演技なのかはわかりませんが、感無量という表情で深々と頭を下げるユリウス。
う~~ん、いまのところ私の個人的な感想ですが、あまり演技という感じは受けませんね。
それに確かこの人、主人公らしい裏表がない正義感バカというか、「虐げられた民を助けなくて、何が騎士か!」とか叫んで、中ボスとの戦いを後回しにして、盗賊に襲われた通りすがりの村の窮地に義憤に駆られ、止める仲間たちを放置して盗賊のアジトに猪突猛進したのよね。
で、結果、ゲーム序盤から一緒にいた親友の騎士仲間が討死するという(そしてなぜかその怒りの矛先がシルヴァーナに向けられるという理不尽さ)、よく言えば一本木。悪く言えば単純でウザい性格だった筈。
原作準拠としたら、多分この暑苦しい性格は地なんだろうなあと思いながら、
「わかりましたユリウス。今後ともよしなに。それといちいち堅苦しいので、私の事も皇女ではなく“セラ”と呼んでください」
そうフレンドリーさを前面に押し立てます。
私怖くないよ。怪しくないよ。平和が一番。ラブアンドピース。――と、微笑んで人畜無害をアピールするのに余念がありません。
「は、はい。その……善処いたします」
さすがに即座に愛称の呼び捨てはハードルが高いのか、微妙に困惑した表情でユリウスは玉虫色の返事をしました。
「――おふた方とも打ち解けらたようでなによりですが……デトワール卿、陛下から賜ったご自分のお立場を努々お忘れなきよう。よろしいですかな?」
「はっ。この剣にかけて王命は果たす所存でございます」
侍従長から釘を刺されたユリウスは、硬い表情で腰の剣――たしかゲーム中盤まで使う家宝の長剣――に手をやり一礼をしました。
その殊勝な態度を受けて鷹揚に頷く侍従長。
『表面上は馴れ合っても、アーレンダール王の命令があればセラフィナ皇女を斬れよ。わかっているな?』
『はい、承知しています。私の主は国王陛下です』
というような意味の猿芝居でしょうね。
九歳児にはわからないと思っているのでしょうけれど、甘いわ。勇者の性格もだいたい掴めたので、今後は折を見て人畜無害をアピールして、破滅フラグをへし折ってやるわ!
と、密かにほくそ笑んでいた私へ、不意に横合いから甘ったるいソプラノの声がかけられました。
「あっ、セラフィナ皇女様っ。もうお加減はよろしかったのですか!?」
と、明るい声とともに私よりも三~四歳ほど年長で、華やかな薄ピンク色のドレスを纏った金髪の少女が、満面の笑みとともに軽やかな足取りで小走りに駆けてきました。
癖のない髪質の私と違って綿菓子のようにフワフワにカールした髪型にリボンがよく似合う、砂糖菓子のような感じの少女です。