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第十八話 守護獣VS鋼鉄のデューク

ふと、気が付いたら一年も放置していました。


「ふはははははははっ、驚いただろう! 盆暗どもめ。お前らが後生大事に『魔刻帝国の秘宝』などと謳い、伝説の〈妖女帝〉シルヴァーナの遺骸だと信じて封じていたものの正体が、魔刻帝国最高の魔刻杖《蜃朧杖(イリュジオン)》の擬態であったとは、なんとも間抜けな話だな! 愚かなお前らは想像だにしていなかっただろう!?」


 上空に位置どったまま《蜃朧杖(イリュジオン)》(モドキ)を手に、高らかに喧伝する〈鋼鉄のデューク〉。

 上手いこと事が運んでボルテージが上がりまくっているのだろう。

 対照的に、してやられた感の強い神殿関係者は、イマイチ事態の推移に理解が及ばないらしく、

「どういうことだ?」

「人が杖に変わったぞ?」

「いったい何が起こっているんだ?」

 ざわめいて右往左往するばかり――それを上空から文字通り見下して、〈鋼鉄のデューク〉が悦に耽っているのがありありと伺える。


 う~~ん、気持ちはわかるよ。

 圧倒的な規模と権力と名声を持った太陽神殿を相手どり、策略を持って出し抜いたんだ。これで調子に乗らなきゃテロリストじゃないわな。


 けれど……と、私は密かにため息をつきながら、〈鋼鉄のデューク(アレ)〉がドヤ顔で手に持っている正体(モップ)に思いを巡らせ、優越感に浸っている当人が、周りに輪をかけた道化だという事実に、笑っていいのか呆れたほうがいいか、微妙な表情になるしかなった。


 そんな私の懊悩をどう受け取ったのか、

「くううううぅ、不甲斐ない! セラフィナ姫様にあのような悲痛な表情をさせるなど……」

「くっ! あのように若年でありながら、ご自分の命を厭わぬ皇女様の目の前で、悪に屈するのか……!」

「太陽神よ! いと猛き正義の象徴よ! いまこそ乞い願います。邪悪を打ち倒す正義のお力を!!」

 ユリウスを筆頭とした騎士や神殿関係者が憤懣やるかたない表情で我が身を憂い、神に祈るのでした。


 あー……うん、場所が場所だけに、まかり間違って太陽神に祈りが通じた場合、おそらくは真っ先に私に天誅が下るから、即座にやめて欲しいところよね。

 いや、実は全部わかっていて、事故に見せかけて私を誅殺するつもりなんじゃないかとも、勘繰れる。


 ちなみに本物の《蜃朧杖(イリュジオン)》であるイリスは、ボケーと突っ立っているだけで――基本、道具だけに命令(コマンド)をしないと自発的になにかするという意識が薄いため――役には立たないし、それ以上に役に立たないのはひっくり返って気絶しているファニタと、藪の中にでも隠れていたのかそのファニタの下敷きになって「ふぎゃーっ!」と、もがいている逃げたはずの黒猫のタマです。

 う~~む……間抜けの巣窟か、太陽神殿(ここ)は。


 唯一、マトモそうなヒルダ(と、〈鋼鉄のデューク〉に呼ばれていた年増)は、私の首筋にナイフを当てたまま、

「あああぁ、もう! 口上はもういいから、さっさと金目の物を取って逃げなさいよ! あと、皇女様をこのあとどうするのか考えてるのかしら、あの〈鋼鉄のデューク〉(アホ)は。クリスティン王女あたりなら、まだ神殿や王家と交渉の余地はあるけど、帝国の皇女様とか大物過ぎて手に余るわよ」

 と、小声で〈鋼鉄のデューク〉へ毒づいていました。


 どーしたもんかなぁ……魔刻陣法を使えば逃げるのは簡単だけれど、こんな衆人環視の元、聖地(敵地)で魔刻陣法を使ったら、一発でバレるだろうしなぁ。


 人質を取った側と人質が同時に煩悶しながら、「「はぁ~~」」と、ため息をついた瞬間、思いがけずに事態は推移しました。それも思わぬ方向からの横槍で。


『ごもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』


 聖都ランヴィオアステュ全体を震わせるような咆哮とともに、崩れ去ったはずの奥津城から巨大な――目測で全長十メートルはありそうな、牡牛の頭部に人間に似た直立歩行に適した逞しい体と四肢。ただし足だけは蹄付で蛇のような尻尾と、蝙蝠のような翼を持った――魔物が現れ、翼をひと振りすると、瓦礫を跳ね飛ばして、勇躍〈鋼鉄のデューク〉が浮遊している夜空へと舞い上がったのだった。

 よく見るとその手には三つ又の巨大なフォークのような凶器が握られている。


 あ然となる〈鋼鉄のデューク〉目掛けて、ちょっとした破城槌(はじょうつい)ほども太さがあるフォークの先端を向け、

『ごもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』

 と、怒りの咆哮とともに一気呵成へ向かっていく魔物。


「う……うおっ。魔刻陣法第二階梯“断空”」

 咄嗟に身の危険を感じてか、例の光る盾を前面に幾つも展開して、さらにその場から及び腰で後退する〈鋼鉄のデューク〉。


 幾多もの矢を防いだ光の盾だけれど、そもそもの質量と運動エネルギーの総量が比較にならない。

 ゴミクズのように光の盾を蹴散らして、逃げた〈鋼鉄のデューク〉目掛けてフォークを振るう魔物。


 長くて黒くて太くて力強いそれに刺されるかと思った〈鋼鉄のデューク〉だけれど、

「回避! 回避だ!」

 危ういところで身を躱して、さらに大きく魔物から距離を置く。


「――な、なんなの、アレ……?」

 一連の攻防を前に、震える声で夜空を見上げるヒルダ。


「〝ベントー”の生き残りでしょうね」

「肯定。99.9パーセントの確率で捕食個体Bα63系統の量産型従魔獣。通称〝ベントー”と呼称される個体と推測されます」

 思わずその答えを口出した私に追随して、イリスもそう言って頷くのでした。


「はあ?! ベントーってどういうこと……?」

 怪訝な表情になるヒルダと、対照的に平仄(ひょうそく)がいった顔で、どこか満足げに頷く〈鋼鉄のデューク〉。

「……そうか、この強さ。この威圧感。この強大な魔力。ダンジョンに生息する『守護獣』という奴だな。秘宝を守る最終ライン。てっきり自壊したダンジョンとともに藻屑となったと思ったが、さすがにしぶといな」


「「いやいや」」

 密かに否定する私とイリス。

 連合軍側が『魔物』と呼んでいる生体兵器の中でも、拠点防御に適したタイプが『守護獣』などと分類されているらしいけれど、いま目の前で飛んでいるアレは『守護獣』どころか、『魔物』である生体兵器の餌として開発された消耗品。

 いわば大型熱帯魚の生餌として、金魚やメダカを水槽の中に放しているようなものである。

 ただの動き回る餌――だから私たち魔刻陣術師はアレを『生体兵器用の汎用食料(ベントー)』と適当に呼んでいただけで、魔物なんて上等な代物ではない(さらに、コレの繁殖用の餌が現代では『コボルト』『ゴブリン』『オーク』などと呼ばれているらしいけれど、魔刻陣術師にとってはミジンコ扱いだったので、専門家でもなければいちいち識別するという感覚すらなかった)。


 大方、本命である守護獣は奥津城のさらに深層――転移装置のある場所――にいたので、虚数空間崩壊のドタバタで一緒に亡き者になって、くたばってしまったのだろう。

 だが、その餌用のコレがたまたま生き延びて、これまた偶然に崩壊から免れて解き放たれたというわけだ。


 拠点防御用の生体兵器なら、そもそも拠点から動くということはないのだけれど、基本的に野生動物をちょっと弄った程度のベントー(コレ)に、明確な自意識は存在しない。我を忘れて飛び出してきた、その目の前にたまたまいた〈鋼鉄のデューク〉に、本能のままいきり立って突っかかっているだけだろう。


 とはいえそのへんの事情を知らない〈鋼鉄のデューク〉にしてみれば、このタイミングで自分目掛けて襲ってきた魔物にしか見えないのだから、なんらかの目的――偽《蜃朧杖(イリュジオン)》を手にした自分を、迷宮の防御機構が対応した――と判断しても、まあやむを得ない。どっちにしろ、降りかかる火の粉は払わねばならないのだから。


「くくくくくっ、いまさら出てきたところで遅きに失したな! この《蜃朧杖(イリュジオン)》を手に入れたいま、私は名実ともに魔刻術師の始祖シルヴァーナの遺志を受け継ぐ正当なる継承者にして、世界最高の魔刻陣術師と認められたのだ!」


 認めてないし、シルヴァーナ(わたくし)こうして健在だし、そもそもモップと魔刻杖の区別もつかん奴など魔刻陣術師と名乗るのも烏滸がましいわっ!


 そう言ってやりたいけれど、調子こいた〈鋼鉄のデューク〉は、偽《蜃朧杖(イリュジオン)》を手に空中でベントーと対峙しながら大見得を切った。


「行くぞ、守護獣! この最強の魔刻杖《蜃朧杖(イリュジオン)》の力を見せてやる! ――その力を解き放て、《蜃朧杖(イリュジオン)》よ!!」


〈鋼鉄のデューク〉の(げき)に応えるかのように、偽《蜃朧杖(イリュジオン)》は眩い輝きを放ったかと思うと、

「魔刻陣法第二階梯“絶対光咆”!」

 対峙するベントーへ目掛けて、さきほど見せた攻撃用の光術――まあ、本物の魔刻陣術師が見れば「イベント用の光線か?」くらいにしか思えない。そもそも攻撃とすら認識されないレベルの術ですけど――の威力の数倍、さらには発射された光線の数も倍以上という、明かに偽《蜃朧杖(イリュジオン)》の力で増幅された攻撃が、雨あられと放たれたのです。


『ぐもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?!』


 全身を光線に焼かれて、特に飛行用の翼をズタズタにされたベントーは苦悶の叫びとともに、空中から墜落し、神殿の屋根の一つを潰して地面に叩きつけられました。


「ふはああああああああああああああああああああっ!! 見たか、私とこの《蜃朧杖(イリュジオン)》の力を! かつて万の大軍を屠ったと言われる守護獣とて、この究極の力の前では野良犬も同然!」

 悦に耽って哄笑を放つ〈鋼鉄のデューク〉。ついでにその手にある偽《蜃朧杖(イリュジオン)》もまた、それに応じるかのように神秘的な光を放ったままです。


「……意外とモップも侮れないわね」

「……自分を魔刻杖と思い込んでいるだけなんですけどね。バカの思い込みは、時として計算外の力を発揮するという典型ですね」


 それを見上げながら、私とイリスとは忌憚のない感想を口にしました。

とりあえず一区切りつけられるまで、更新と修正を行います。

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