第十七話 さあ(周りだけが)盛り上がって参りました!
イタリア人は広い骨盤に、アングロサクソン人はしっかり充実したたわわな乳房に、フランス人は脚線と高い位置にある乳房に、ドイツ人は肩と低い位置にある乳房に、アフリカ人は尻に、中国人は足に、そして日本人は小学生の股に、性的執着を持つらしい。
【『図説乳房全書』マルタン・モネスティエ著大塚宏子訳】
夜空に浮かんで高笑いを発する廉価版の魔刻動力甲冑をまとった自称・天才魔刻陣師であるところの、本職の私からみれば、ちょっと魔刻陣法の初歩の真似事のバッタモンを齧った魔術師の出来損ない〈鋼鉄のデューク〉。
「ふはははははははっ! 音に聞こえた太陽神殿の警備もこんなものか! まるで蟷螂の斧だな。いや、あまりにも強く優秀過ぎるわたしが精強過ぎたのか――フッ。食らえ、魔刻陣法第三階梯“幻想無限”!!」
聞いたこともない魔刻陣法に夜空を見上げていた私を筆頭に、太陽神殿の神官や神官戦士が警戒を最大限まで引き上げた瞬間――
ピカ~~~~~~~~~っ! シャララ~~~~~ン♪
〈鋼鉄のデューク〉を中心に虹色の光が乱舞して、さらには銀鈴の音が幾重にも木霊し、とどめとばかり色とりどりの薔薇の花が一杯に乱れ咲きました。
「……視覚と聴覚に作用する幻術の類いですね。直接的な脅威はありません」
呆気に取られる私へ《蜃朧杖》改めイリスが解説をしてくれます。
「――それって何の意味があるわけ?」
思わずタイミング的に〈鋼鉄のデューク〉の一味だと思われる、巫女服を着たケバい水商売風の女性に尋ねると、彼女はばつの悪い表情でそっと視線を逸らせました。
「意味だと? そんなもの、このわたしを美しく引き立てる以上の何があるというのだね!」
代わって答えたのは当の本人です。
この距離で聞き取れるのは、何らかの魔術を使っているのか、単に自分の評価に関することには地獄耳なのか(後者のほうだと私の勘が囁いていますが)、自明の理という風に痛い答えを返して寄越しました。
それから刃物を突きつけられている私達に改めて視界に納めて、軽く瞠目した後、満面の笑みで声高に宣言します。
「ふははははははははっ! そこにおわすはセラフィナ皇女殿下ではございませんか!! でかしたぞヒルダっ。こうも早く皇女の身柄を確保するとは」
その言葉に、神殿の建物からわらわらと現われ夜空を見上げていた人々が、一斉に〈鋼鉄のデューク〉の視線を追って――幸いというか、先ほどの“幻想無限”の影響で、夜なのに結構明るい――中庭で人質に取られているっぽい私達に気付いて、男性陣は驚愕の呻きを、女性陣は絹を引き裂くような悲鳴を上げました。
「セラ様っっっ! いつの間に!? 私がお傍についていながら……なんということだ!!」
とりわけ護衛騎士であるユリウスの悲嘆は傍目にも明らかで、自分の失態だと思い込んでこのまま自刎してしまいそうな勢いです。
「ふははははっ! 愚かなお前たちに教えてやろう。この騒ぎは陽動だったのだよ。私が騒ぎを起こしている間に、巫女に化けた同志がセラフィナ皇女殿下を誘導するフリをして、まんまと人質にとるという寸法であったのだ。どうだね、我らの鮮やかな作戦と手口は?」
「「「「「ぐうぬぬぬっ、この卑怯者がっ!!!」」」」」
ドヤ顔で調子こく〈鋼鉄のデューク〉に対して、結果的にまんまとしてやられた神殿関係者やユリウスが憤りをぶつけますが、図に乗った〈鋼鉄のデューク〉は蛙のツラになんとやらで、顔のデッサンを崩して大笑いです。
一方、〈鋼鉄のデューク〉に褒められた『ヒルダ』と呼ばれた彼女は、微妙に決まりの悪い表情で再度私たちから視線を逸らせました。
まあ、実際のところ彼女は何もしていないところへ、勝手に人質の方が飛び込んで来たわけですから……というか、このヒルダさん見た目と〈鋼鉄のデューク〉の仲間というフィルターさえなければ、案外、常識人で私とも話が合うような気がするのですが。
「なんとでも言うがいい! 所詮は負け犬の遠吠え。逆に心地よいわ!」
カラカラと台詞どおり痛快に笑う〈鋼鉄のデューク〉。
「さて、諸君。いささか月並みだが言わせていただこう。――セラフィナ皇女殿下の命が惜しくば、その場から一歩でも動かないでもらおうか!!」
「「「「「――ぐっ。ぐうぬぬぬっ……」」」」」
歯噛みする一同。
その様子を満足げに見下ろしていた〈鋼鉄のデューク〉の視線が動いて、中庭の一点、一際目立つ場所に向けられた。
「――あっ!」
と、私が気付いたのと同時に何人かの神殿関係者もそのことを察して騒然とし始めます。
「いけないっ! 私たちは平気です! 人質になったのも元はといえば自業自得、ですから私たちのことは気にしないで、何としてでも〈鋼鉄のデューク〉を止めてくださいっ!!」
〈鋼鉄のデューク〉の真の狙い。さきほどまで私たちが証拠隠滅を図っていた《奥津城》に秘匿させてあると言われる『魔刻帝国の秘宝』にあることに気付いて、私は自分の悪事がバレないように必死に周りの神官戦士やユリウスに呼びかけますが、誰もが感動したような面持ちで身を震わせるばかりで、さっさと〈鋼鉄のデューク〉の始末にかかりません。
なんというじれったい連中なのでしょう!? はっ! もしやこの機会に人質になった私を見殺しにして、不慮の事故として扱うつもりなのでは!?!
卒然とそのことに気付いた私がショックを受けて立ち竦んでしまうと、
「さすがは皇女殿下、立派なお覚悟でございます。ですが我々の邪魔はなさらないでいただきたいですわね」
嫣然と笑いながらナイフの刃先を私の喉元へ当てるヒルダ。
余裕があるように見せかけているけれど、帝国の皇女様に刃物を向けた――この事実だけで、ガチガチに表情が強張って顔色が青を通り越して土色になっているのが、すぐそばの私にだけは窺い見えました。
「…………」
まあ別にナイフなんて砂糖菓子突きつけられた程度の認識なんだけれど、だからといってこの場であからさまに魔刻陣法を使うわけにもいかず、二進も三進もいかなくなった私の様子に、ヒルダはほっと安堵の表情を浮かべて肩の力を抜く。
ドンマイ、気にするな、と言いたくなるほどの小市民さであった。
その間に魔刻動力甲冑のギミックを展開した〈鋼鉄のデューク〉は、やたら無駄な手間隙と詠唱を併せて、空中に攻撃型の魔法陣を描いた。
う~~ん、昼間に見たのと基本同じものだけれど、やっぱあちこち無駄や欠損が多いねえ。あれじゃあ魔力のロスが馬鹿にならないと思うんだけど、術者の能力と知識不足はいかんともし難いな。
そう私が胸中で辛口の評価をしている間に、臨界まで達した魔力を一気に解き放つ〈鋼鉄のデューク〉。
「食らうがいい、我が最強魔刻陣法第二階梯“絶対光咆”!」
刹那、真っ赤に夜空を染め上げる光の奔流が駆け抜け、《奥津城》を直撃しました。
「……プロセスの煩雑さと魔力量に反して、さほど見るべき威力はありませんね」
いちいち威力を計上するほどの価値もないと言わんばかりのイリスの的確な判断は、幸いにして続いて起こった爆音と閃光によって周囲には聞こえなかったようです。
やがて《奥津城》の崩落音とともに土煙が上がり、それが一段落すると、瓦礫を押し退けるようにして見慣れた黄金の鎖で雁字搦めにされた石棺が夜空に浮かび上がってきました。
「くくくくくっ、諸君はコレが何であるかご存知かな?」
〈鋼鉄のデューク〉の問い掛けに、神官戦士や若い神官の何人かが、
「あれが『魔刻帝国の秘宝』か……」
と、思わず口に出しましたが、
「『魔刻帝国の秘宝』? くくくっ、おためごかしにそんな風に呼んでいるらしいが、真実は違う」
続く〈鋼鉄のデューク〉の嘲笑に、神殿長を筆頭にした高位神官の何人かが顔を顰めます。
「これこそが栄えあるエグべリ大陸統一魔刻帝国の支配者、女帝シルヴァーナ陛下の遺骸――」
そこでもったいぶって一呼吸置く〈鋼鉄のデューク〉。
「――というのもお前たち神殿関係者を偽る仮の姿!!」
続くその言葉に今度こそ凝然と目を見張る神殿長たち。
「これこそが――」
「モップ入れ」
先回りして真実を告白した私を、気が変になったとでも言いたげな、可哀想なものを見る目で注目するヒルダ。
「これこそが伝説に謳われた魔刻杖《蜃朧杖》である!」
その言葉と同時に黄金の鎖が砕け散り――「「ああ、勿体ない!」」と、期せずして私とヒルダの悲痛な声が重なった――続いて亀裂が縦横に入ってバラバラになった石棺の中から現われたシルヴァーナの死体……の偽装が見る間に剥がれ落ち、その場には精緻な紋様が施された優美な意匠の魔刻杖(に偽装したモップ)だけが残された。
久々に更新しました。