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第二話 やべえ、こいつ勇者じゃん

 と、そんな色々な意味で衝撃的だった『皇女様椰子の実強打事件』から三日後――。


 すっかり具合もよくなったと主治医からお墨付きをもらった――傷一つなかったんだけれど、万一に備えて様子見をしていたらしい――私は、騎士団が警護する馬車に揺られて住まい(離宮)から、ほんの目と鼻の先にある王宮を訪れていた。

 ぶっちゃけ歩いていける距離なのだけれど、皇族ともなるといろいろと勿体ぶった様式美が必要らしい。


 そんなわけで、やたら面倒な訪問の儀式を経て二時間後、私は王宮の中を歩いていた。

 目指す先は父であるアーレンダール王が待つ執務室である。


 まあ要するに快癒の報告に出向いた……というところなのだけれど、こちとら九歳の幼女だよ?! 普通、子供が怪我をしたと知ったら、親は心配して自分のほうから足を運ぶものじゃないのかなぁ……?


 ところがお見舞いはもちろん、手紙ひとつないというのはちょっとどころではなく、さすがに貴族や王族としても薄情過ぎるのではないかしら? と、首を傾げてしまう。

 多忙で都合がつかなかったという名目はさきほど侍従長から聞いたけど、あからさまに私を煙たがっているのが丸わかで失笑するしかなかった。


 ま、おおかたこちらから足を運ばせることで、皇女である娘(私)よりも国王である自分(親)のほうが立場が上と、周囲に喧伝したいのだろう。

 自己満足を満たすためだけの行為だけれど、ことの詳細が割と私を猫っ可愛がりしている現皇帝陛下(祖父で五十三歳。健康そのもの)や、皇太子殿下(伯父で三十五歳。息子がふたり)が知ったら激怒すると思うんだけどなあ(つーか、絶対に密偵から連絡を受けて、いまごろエキサイトしていると思う)。


 目先の事しか考えられない、まったくもって人間の器量が推し量れると思うけど、まあ過去世においても嫌な上司はいたわけだし、親子ではなくてあくまで公人同士、仕事のための人間関係と割り切ればどうということはない。


 以前はそれでも娘として父親を慕っていたり、希望を抱いていた……その記憶はあるけど、いろいろと目覚めたいまとなっては、私にもはや親子の情愛はない。

 このあたり、本来なら年頃になって前世の記憶を取り戻した後、グレる原因のひとつでもあるけど、いまとなってはもはや無関心……哀惜や憐憫すら湧かなかった。


 それにしても……と、やたら長い廊下を女官たちに傅かれて歩きながら、この三日でいろいろと判明した事実を頭の中で整理する。


 混乱していたとはいえ、人前で安易に魔刻陣法を使ったのは完全な自分の落ち度だった。

 幸い誰にもバレなかったことに安堵し、続いて皇族の姫である自分セラフィナに魔術が使える護衛や侍女のひとりすらいないことを知って唖然として、とどめにやってきた国家一級医療師である主治医でも、使える治癒魔術はせいぜいBランクの『快癒(ハイヒール)』が限度だと聞いて茫然となった。


 セラフィナ本人が魔術を習得していないのは仕方ないとはいえ、仮にも一流と呼ばれる魔術師がこのレベルとは……。信じられないほどの凋落ぶりである。


 そもそも『魔術』というのは、シルヴァーナが開発した『魔刻陣法』の劣化(ディグレード)版であり、『魔刻陣法』を覚えられなかったボンクラどもが、見よう見まねで模倣した技術全般を指すものだ。

 

 適応者が数千人から数万人にひとりしかおらず、初級を習得した者でも片手で魔竜や亜神程度なら捻り潰せる『魔刻陣法』とは違い、オケラ並みの素養があれば覚えられる(その代わりできることもかなり限定的で矮小である)『魔術』と『魔術師』ですら、いまでは限定され『選ばれた一部の人間しか使えない奇跡』となっているのだから、開いた口が塞がらないとは正にこのことである。

 もっとも先の大戦で大陸中の主だった魔術師はほぼ全滅したので、現在の魔術師のレベルがお話にならないほど低下している遠因は私にあるかも知れないけれど。


 とにかくも、黙って寝ているのも暇なので、その間に侍女にお願いして現在の各大陸の情勢やオレガノ帝国(この国)の内情について聞いたりして、今後の身の振り方についてシミュレーションしたりしていた。


「――姫様、急に勤勉になられたわね」

「それと女官長が不始末をしでかした庭師を処刑しようとしたのを、お止めになられたとか」

「ええ。『物が地面に落ちるのは自然の摂理。ならば椰子の実が落ちてくるなど誰にも予測できない不可抗力でしょう』とおっしゃって」

「さすがだけれど、ちょっと変わられたわねェー」


 三日目には侍女たちの怪訝な噂話が聞こえてきたので自粛したけど。

 危ない危ない。疑念を抱かれたら転落コース真っ逆さまの可能性が大なのだ。細心の注意をもって行動しなければ。


 廊下の窓に嵌められている、この世界では滅多にない曇りひとつ、気泡ひとつない硝子窓に映る自分の姿を確認しながらそう重ねて誓う。


 さらさらの銀色の髪、染みひとつないミルク色の肌、整った小作りの顔、通った鼻筋、大きな二重瞼の瞳、桜色のつややかな唇、そして特徴的な菫色の瞳。

 ロリコンが見たら即座に誘拐魔に変貌しそうな、天使や妖精もかくやというような、可憐な容姿の美少女(美幼女?)それがいまの私の見た目である。


 ただ問題は……と、瞬きを繰り返す。

 問題はこの菫色の瞳にあった。


 ため息をつく。他に類似点はないのに、なぜかこの瞳の色だけは私の前世・シルヴァーナと同じ色なのだ(ちなみにシルヴァーナは黒髪)。

 ま、設定といわれればそれまでだけど。


 ちなみに北大陸を除いた三大陸では、瞳の色と言えば青か茶、あとは緑か黄色くらいが主流で、紫という色は存在しないとされている。

 ただひとりシルヴァーナを除いて。


 もっとも長らく伝説と謎のヴェールに包まれていたシルヴァーナの瞳の色を知っているのは、直弟子か彼女を討った勇者一行(笑)くらいしかいない。あと当人の私ね。


 そんなわけで、私が生まれた時に父王であるアーレンダールはシルヴァーナの再来、もしくは呪いを疑ったらしい。

 ある意味正しい。


 とはいえ、相手は皇族の血を引くほとんど唯一の姫君である。迂闊なことを言えない。

 政治的判断で娘の婿にしたけれど、もともと舅である皇帝陛下はあまりアーレンダールのことを好いていなかったみたいだし、反対に私は目の色以外は母に生き写しだったため、それはもう目の中に入れても痛くないほど可愛がった。


 で、アーレンダール王はその後も悶々と疑念を抱いたまま、私の成長を眺めていた――というか隔意があるので、あまり係わらないようにしつつ、いつか尻尾を掴もうと画策していた――というのが、確か『幻想魔境ルーンブレイカー』のバックボーンだったと思う。

 そのため侍女や侍従、近衛兵の中にもアーレンダール王の手の者がかなりの数紛れ込んでいると見た方がいいだろう。

 今後は徐々に密偵をいぶりだして、自然とフェードアウトさせるよう手配しないとマズイわね。


 うん。いろいろとバレないようにしないと。


 ――と、思った三十分後。


「喜べ。今後のことを考えて、お前に護衛役をつけることにした。ユリウス・マシュー・デトワール。武門の名門であるデトワール伯爵家の嫡男で、十六歳以下の馬上試合では三年連続優勝を成し遂げた麒麟児だ」


 面白くもなさそうな顔で執務室の机に座ったまま、父であるアーレンダール王が顎をしゃくる先では、赤みがかかった金髪の少年が片膝を床に突いたまま謹厳実直な表情で畏まっていた。

 年齢は十五歳くらいでしょうか。育ちの良さを感じさせる整った顔立ちの美男子ですが、私が執務室に入ってきた一瞬だけまるで獲物を狙う猛獣のような鋭い瞳で一瞥をくれた彼の横顔を眺めながら、私は記憶の中の『彼』の面立ちと名前とを照らし合わせて、茫然とひとつの言葉を胸中で繰り返した。


(……なんでっ!? なんでここに勇者がいるわけ?!?)

2/23 修正しました。

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