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第十四話 第三の幼女!?

 普段であれば森閑とした《奥津城》に、切迫した神官や神官戦士たちの声がこだましています。


「うおおおっ、猫が猫が!」

「大変だ、猫が逃げたぞーっ!」

「階段の扉を閉めろ。それで袋の鼠とすれば――」

「駄目です。警備の者が先ほど脱兎のごとく遁走する後ろ姿を見たそうです!」

「うぉのれぇ! 草の根分けても探すのだ!」


 階段の上から戻ってきた神官の報告に歯噛みする神官長。

 台詞だけ聞けばペットが逃げて慌てているようにも見えますが、実態は魔刻陣師の使い魔が疑われた黒猫(タマ)が逃げたことで、血眼になっているところでした。


 ま、タマはただの猫なのですが……。

 降りてきた階段をふたたびえっちらおっちら戻った私たちは、最後にタマが目撃されたというガサ藪に向かってアリバイ作りのために呼びかけました。


「えーと……タマちゃーん、ご飯ですよ~」

「タマ~、夜食は御馳走っすよ。ネギとチーズをたっぷり使ったパイだすよ」

「タマタマ~っ、食後には甘いケーキとチョコレート、珈琲もあるわよーっ」

「ちょっとお待ちくださいっ。それナチュラルに殺しにかかってます。間違っても猫に食べさせてはいけません!!」


 声を揃えてタマに呼びかける、順にクリスティン王女、ファニタ、私。

 途端、なぜか慌てた様子で待ったをかけるユリウス。


「……ぐううっ、どうやらこの場は逃げられたようですな。無念ですが、《奥津城》の最深部にたどり着く前に撃退できたのは僥倖と言えるかも知れません」


 と、そこで気を取り直した神官長は、集まってきた神殿関係者に指示を飛ばして、改めて私たちに向き直ると、深々と頭を下げられました。


「セラフィナ皇女様、クリスティン王女様、お見苦しい姿を晒し申し訳ございません」


 夜間にも関わらず魔術の明かりが煌々と輝き(さすがは太陽神殿、光系統の魔術の使い手を多数保有しているらしい)、寝ていた神官たちも叩き起こされたらしい最中、神官長は苦渋の表情で続けます。


「今宵、秘密裏に《魔骸》を御照覧していただく予定でしたが、このような仕儀になってはそれもままなりません。申し訳ございませんが、今宵は皆様方にはご寝所へお戻りいただきますよう、お願い申し上げます」


 そう言われてしまえば仕方ありません。

 騒ぎの元が猫が一匹逃げただけというのはアレですけど、これだけ大事になっては仕方ないでしょう。


「ええ、当然の措置だと思いますので、お気になさらないでください」


 お偉いさん(私とか王女とか)相手に苦悩する中間管理職の苦悩。

 目の当たりにした神官長の立場と、その原因(猫が怪しいと適当に口走った責任)を思って、ついつい労いの言葉をかけてまったけれど、その途端、初老の神官長の(まなこ)が『クワッ!』と、大きく見開かれた。

 しまった!! 幼女が口に出すには不自然な台詞だったか!


 と、臍を噛んだのはもう遅く、意味ありげに笑みを浮かべた神官長に、

「っ――さすがはアーレンダール国王陛下御自慢の皇女殿下。なんと聡明で慈悲深いことか。感服いたしました」

 思いっきり皮肉を言われてしまった。


 ついでに背後に目配せをされ、振り返って見ればクリスティン王女が鬼の首でも獲ったかのようなドヤ顔で私を見下ろしていた。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい。

 この目は確信を得た目だ。尻尾を握られた~~~っ!


 その後、私は極力クリスティン王女と目を合わせないようにして、挙動不審のまま寝室へ戻りました。

 これはまずいわ。非常時に備えて準備をしておいたほうがいいかも知れないわね。


 ◇ ◆ ◇ ◆


「……と、その晩に《奥津城》――つまり墓場で死人の棺桶暴きっすか?」


 げんなりしたファニタのぼやきに、「葬られた当人が自分で暴くんだから筋は通ってるでしょ!」と、我ながら無茶な理屈で対抗します。


「そういうもんですかねぇ」

「というか、なんだかやたら腰が引けてるわね。まさか夜中に棺桶開けて死体を見るのが怖いなんて言うんじゃないでしょうね?」

「いや、普通は嫌ですよ。オバケが出そうで! なんで師匠はそんな平然としてるんですか?」


 大体の目安がついていたので、割とあっさり移相空間移動(ジョイント)で進入できた《奥津城》の奥の間。

 途中までは見回りが巡回していましたけど、最後の扉から先は誰もいなかったので、そこでファニタを抱えたまま通常空間へ戻ってきた私ですが、なぜかこの期に及んでファニタは消極的です。


「別に死体がなんかするわけじゃないでしょう? アンデッドじゃないんだし。生きている人間の方がよっぽど怖いわよ」

「師匠は割り切り過ぎでやんすよ! 普通の人間は生や死に真摯なんでやんす。つーか、相手はあのおっそろしいシルヴァーナ様でやんすよ、絶っ対ぇに亡霊になっているに違いないっす!!」


 蒼白な顔で身を震わせるファニタですけど、それなら目の前にいる私はいったいなんだと……?

 必要以上に怯えまくるファニタをなだめすかしながら、どうにか陵墓である《奥津城》の最奥、最深部に当たる玄室に足を踏み入れたところ。

 五メートル四方ほどの部屋の中に、二メートル×一メートルほどの黄金の鎖で雁字搦めになっている石棺が安置してあるのが目に飛び込んくる。

 周囲を見回せば、これでもかと太陽神の聖印や経典が刻み込まれているのが見えた。


「どうやら、これが《魔骸》みたいね」

「そーっすね。つーか、本当に暴くんすか?」

「ここまできたら当然でしょう。それに私の考えが間違ってなければ、多分、中に入っているのは私の半身にして片割れの筈よ」

「はあ? 師匠の死体じゃないんすか?」

「多分違うわね。破れた場合、死体を残すようなヘマはしなかった筈だし……ま、仮に死体なら死体で見物ね。私も長いこと生きてるけど、自分の死体はまだ見たことないし」

「そりゃ普通は一生見ないもんですからねえ」


 普通なんて見果てぬ夢っすねー、と遠い目をするファニタを脇に置いて、とりあえず時間がないので指先に魔刻陣法を施して、黄金の鎖――このまま横領(ガメ)たい衝動を押さえ――を、ポイポイ千切って脇に置く。後で直せるように、時間経過で自動修復するように小細工するのも忘れない私。


「じゃあ開くわよ――よいしょ!」


 最後に石棺の脇を掴んで逆さにひっくり返すと、ごろん、と大きな音を立てて蓋と中身が零れ落ちた。


「ゴミ箱のゴミ捨てるみたいにポイ捨てっすか!? (ばち)があたるっす!」


 なぜかちりけだった、恐怖の表情で固まるファニタ。

 と、蓋と中身を放り出した石棺を元の位置に戻したところ、うつ伏せになった姿勢で転がり落ちていた中身のやたら長い黒髪の女が、両手で体を支えながらゆっくりと身を起こす。

 長い髪がカーテンのようになって横顔は見えないけれど、年代物の黒いドレスを纏ったその肢体は豊満で、肌は透き通るように綺麗だった。


『う、うぬぅぅぅ……何者であるか、(わらわ)の眠りを妨げし愚か者は?』


 大仰な口調で呻きながら顔を上げる彼女。


「こいつ、こいつっすよ、師匠! あたしは止めたんでやんす!」


 その声を聴いた瞬間、「ぎゃあああああああああ、生きてる師匠の亡霊っす!」と、飛び退いたファニタが速攻で私を指さして保身に走ります。


『ぬ? 貴様は――?』

 のろのろと顔を上げた彼女の黒髪の隙間から覗いた紫の双眸と、同色の私の瞳が公差した瞬間、『カチリ☆』と感覚的に何かが繋がった気配がした。

『ぬ……ぬああああああああっ!?!』


 刹那、彼女の全身がポン! という安っぽい音と煙に包まれ、

『疑問。――なんじゃ、こりゃああああああああ?!?』

 煙が晴れたそこには、私やファニタとほぼ変わらない年頃の幼女が飾り気のない白のワンピースを着てひっくり返っていた。


 虹色の髪に瞳をした、なかなかの器量よしだけれど、隙がなさ過ぎて逆にどこか人工的な作り物めいた印象の幼女である。

 ま、それもその筈――。


「や、久しぶり《蜃朧杖(イリュジオン)》。息災そうでなによりね」

「《蜃朧杖(イリュジオン)》!? 師匠の使っていた意志ある魔刻杖のあの《蜃朧杖(イリュジオン)》っすか!!」


 素っ頓狂な叫びをあげるファニタと、私の顔を交互に見比べ不可解そうな表情をする幼女。


「ま、わからないのも無理はないと思うけど、私はシルヴァーナ……の転生体よ」

「あ、あっしは〈氷嵐のレアンドラ〉っす」


 その言葉に対して、

『笑止。我が主やレアンドラ卿がかようなチンチクリンなわけなし。虚言と判断』

 思いっきり鼻で笑う《蜃朧杖(イリュジオン)》。


「――あ……っ」


 どうやら改めて上下関係を教えないと駄目のようね。

 そう思って、笑顔のまま空っぽの石棺を片手に抱えて、私はゆらりと《蜃朧杖(イリュジオン)》に向き直ります。


 なぜか怯えたファニタが玄室の隅まで退避したのを視界の隅にとどめながら、小馬鹿にした表情のままやれやれと肩をすくめる小娘に向かって、思いっきり石棺を振り下ろしたのでした。


 泣いて、私に再度服従を誓うまでさほど時間はかからなかったことを念のために付け加えます。

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