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第十二話 なんでそんなもの取っておくんだ!?

 太陽神殿本山の街。聖都ランヴィオアステュ。


 出迎えてくれた……というか、襲撃から四時間後に援軍に来てくれた神殿騎士たち千五百人と合流した私たち。そのまま神殿騎士たちの先導で、可能な限り先を急いでどうにか夜になる前に聖都へと到着することができました。


 後始末も終えたタイミングでようやく到着した援軍とか、その割に数がショボいとか……なんだろなぁとか、少しは思いましたけれど、ユリウスに言わせればこれでも驚異的な速度と錬度で、彼らが駐留しているのは聖都という特殊な町であるため、もともと常備軍の数は少ないらしく、これでも恐らくは現在動員できるだけの兵力を可能な限り動かしただろう……ということです。


 聖都ヌルいわ。大戦からたかだか十五年程度で堕落したようです。平和ボケでどうやら『法の守護者』も脂肪がついたもようです。これならほとんど一瞬で壊滅させることができるわね。

「…………」

 と、一瞬だけ沸き起こった野望を、即座に理性で抑えつけます。


 危ねー危ねー、あまりにも無防備なので――例えるならおばちゃんから返された御釣りが明らかに多かったのを、思わず懐に入れて猫糞(ネコババ)するような。あるいは前を歩いていたミニスカートのおねーちゃんが、屈んだ拍子に見えたパンツを思わずガン見するような――本人の意思とは関わりない、棚ボタの状況での本能的な衝動と言えるでしょう。きっと……多分。

 つまり言いたいのは私は悪くないということで、ぶっちゃけ無防備になるほうが悪い。そんな無防備で誘ってやがるんだろう? へっへっへっ……っていうことなんですよ!


 そんな私の内心を斟酌したわけではないと思うのですが、

「とはいえ、聖都の高位神官にはいざとなれば信者を〈聖戦士〉に変える秘術があるそうなので、本当に土壇場になればこの町の住人全員が恐怖や疲れを知らない無敵の戦士になるというわけですね。もっとも無理やり人体の限界に至る禁じ手なので、一度発動すると死ぬか、死なないまでも五体満足では済まないそうですが」

「へえー」

 ユリウスの説明に、えらく効率が悪い魔術ねえと……思わず気のない返答をしてしまいました。


 つーか、一般ピープルを使い捨ての戦闘員に改造するとか、エゲツねー。完璧に悪の組織じゃん。

 自分の力に絶対の自信がある魔刻陣師なら絶対にやらないわ。


 そんなやり取りをしている間に、夕暮れ時の太陽神殿に到着した私たち。


「ようこそいらっしゃいました。セラフィナ皇女殿下、クリスティン王女殿下。ランヴィオアステュを代表して、お二方の来訪を歓迎いたします。また、道中でに災難も聞き及んでおります。幸いにして太陽神様のご加護と、護衛の方々のお力によりご無事であったこと、心よりお慶び申し上げます」


 出迎えてくれた初老でありながら姿勢の良い神官長の案内で、私たちは広大な敷地を持つ大神殿へと足を踏み入れました。


 ちなみに聖都はもともとこの神殿本山を中心とした都市国家であり、二重三重の壁によって守られています。

 私たちであっても最奥にある総大神殿へは馬車で乗り付けることはできないため(帝国の皇女である私だけならなんとか可能らしいですが)、手前の分殿からゾロゾロ歩いて向かうことになります。


「……? なんですか、あの厳重な警備を施してある建物は?」


 途中、明らかに他の建物とは趣きが違う、どこか禍々しい雰囲気のする小ぶりの砦のような建物――やたら厳重に鋼鉄の壁や鋲が打たれて、さらに太陽神の紋章が建物全体に、さながら耳なし芳一のように刻まれている――を目にしたユリウスが、同行の神官のひとりに尋ねました。


「あれは“試練の深淵”です」

 聞かれた中年の神官がにこりともせずに答えます。


「と言うと……?」


 いや、それ答えになってねーじゃん。というその場にいた全員のツッコミを代弁するかのように、重ねてユリウスが尋ねると、その神官の代わりに先頭に立っていた神官長がにこやかに答えました。


「神殿の聖職者――神殿騎士や僧兵、高位神官、場合によっては巫女が修行のために使用する……一般には“ダンジョン”と呼ばれるものですな」

『なんと……!?』

 事情を知らない近衛騎士たちから驚愕の声があがります。


 私もこれはちょっと意外でした。てっきり世間に対しては秘匿してあるものかと思っていたのですけれど、案外、あっさりとバラしたものだわ。


「まさか聖地にダンジョンがあるとは意外でした。ですがよろしいのですか、このことを我々に話してしまっても?」

 周囲を気遣って声を潜めるユリウス。


 一般的にダンジョンは邪悪なもの。放置すると魔物が溢れるものと考えられているので――実際は自動的に防衛獣の数を調節したり、新陳代謝をしているだけですが――この反応は当然なのですが、神官長は気にした風もなくにこやかな笑みで言い切りました。


「ご安心ください。あれなるものは二重三重の封印がなされ、発見された以降、一度たりと不浄な者たちの侵入を許したことはございません。最近では聖職者がどのレベルまで到達できたのか、その目安を測るために利用しているほどでございます」


 神官長の言葉に、いやあの施設はもともとこっちの大陸での兵站基地の役割も担っていたので、積極的に攻勢に出ない仕様になっていただけだけど……と、内心でツッコミを入れます。

 それよりも気になるのは聖職者たちの攻略状況です。

 いちおう二十階ごとにかなり強力な守護者を配置しておいた筈ですが、なにしろあれから十五年。最深部のある六十層まで攻略されている可能性もあります。

 そうなれば期待していたお宝も水の泡。


「……ちなみに、どの程度までダンジョンの階層は攻略済でしょうか?」


 そんな私の問いかけに、神官長は胸を張って誇らしげに答えました。


「我が神、太陽神様の御威光により、すでに最深部の直前――十九階まで踏破済でございます!」

「…………」


 やっぱ無能だわ太陽神とその下僕。滅ぼしたほうがいいんじゃね?


 ◆


「お~~っ、絶景かな絶景かな! やっぱり大きな風呂は気持ちがいいね~♪」


 広々とした大理石と太陽神の象徴でもある黄金で、これでもかとゴテゴテ飾られた悪趣味なお風呂……というか、もはや温水プールを前にして、私は素っ裸のままテンション高く歓声をあげます。


 そもそもこの世界、少なくともセクエンツィア王国では満杯の湯船に浸かって芯から温まる。じっくりとお湯の温もりと肌触りを堪能するという文化はありません。


 お風呂といえば週に三度、沐浴用の薄着に着替えさせられ、その上から侍女数人がお湯を流して、髪を洗ってオイルを塗って出来上がりという感じで、お風呂というよりも身体の洗濯か清掃です。

 なんか違う、コレじゃないという感じて、味気ないことこの上ないです。


 そんなわけでいい加減、憤懣が溜まっていたところ、

「まずは当神殿にございます大沐浴場で旅の疲れと、今回の厄を落とされてはいかがでしょう? 自慢の天然温泉でございます」

 神官長の申し出はまさに天佑、渡りに船でした。


 ちなみに異母姉に当たるクリスティン王女も、私との裸の付き合いを強く希望したのですが、これについては鼻水流して断固として拒否したため、渋々別々に入浴することで納得してもらいました。

 時折、六メートルほどもある隣の湯船とこことを隔てる大理石の壁の向こうから、「王女様、おやめください!」「壁を登るなんて無理です!!」「ぎゃああっ、落ちたわ! 誰か、治癒術師を呼んで、すぐに!」とかいう叫びが聞こえるような気がしますけれど、多分空耳でしょう。


「……師匠、なんでそんなに平気なんでやんすか? いくら幼女で女同士だからといっても、もうちょっと羞恥心を持ってもいいと思うんでがすが……」


 この期に及んでタオルで前を隠しているファニタが、もじもじと恥ずかしげに脱衣所の扉から顔だけ出して、そんなことを言っています。

 お前は修学旅行の女子中学生か!? 幼女らしくスッポンポンの裸族をなぜ恥ずかしがらなければならないの!

 とりあえず温泉のルールを守らない不肖の弟子のタオルは没収だわ。


「な、なんでやんすか、師匠? つーか、銀髪幼女が全裸で薄ら笑い浮かべながら、両手をワキワキさせて近づいてくるとか、なんかすげー怖いんですけど!」

「ふっふっふっ。怖くない、怖くないわ。最初は誰でも躊躇するけれど、この(温泉の)快楽を知ったら病みつきになるから」

「い、いや。自分、まだ九歳なんで、そーいうハードコアな大人の階段はいくらなんでも早いっすよ!」


 慌てふためくファニタのタオルに手をかけた。

 と、その瞬間――。


「皇女様、まずはこちらでお体を清浄にいたしますわ」


 流しっぱなしの温水――天然温泉らしいけど、さほど臭いは強くなくほぼ無色無臭――が、精緻な太陽神の娘のひとりである〈水神ミュティア〉を(かたど)った水瓶を抱えた女性像の水瓶の部分からコンコンと湧き出ているその前に、湯女さながらにスポンジと石鹸、オイルなどを手に手に陣取っている神殿の巫女たちから声がかかりました。


「――あら? そう。ではお言葉に甘えますわね」


 さすがは神殿の巫女様。全員が十代半ばほどの整った顔立ちの美人さんばかりである。

 それがほとんど透け透けの薄布一枚で輪になって待機しているのだから、これは行かないわけにはいかない。


 と、私の中の過去世のおっさんが叫んだ。


 途端、あからさまにほっと胸を撫で下ろすファニタ。

 だが、甘い! 私の魔の手……もとい、追及の手はそうそう簡単には収まらないことを、なぜ直弟子であった彼女は忘れているのでしょうね。


 やっぱ魔刻陣法の修行をさせていないから弛んでしまったのかも知れないなぁ。

 『星神の加護』の影響で魔刻陣法は使えなくなったと言っても、逆に考えれば魔術にはブーストが掛かった状態なわけなので、そっちの方を極めさせれば、どうにか魔刻陣法の初級レベルには到達できるはずだし、いまからでも死ぬ気で鍛えさせればどーにかなるかも知れないな。


 微笑みながら、時たま「お綺麗ですわ、皇女殿下」「なんて素敵な御髪(おぐし)でしょう」「こんなに透明で黒子ひとつない肌は初めて拝見いたしました」「さすがは皇女殿下でございます」と、控え目に追従の言葉を並べる巫女たちの台詞を聞き流しながら、いまだ愚図愚図しているファニタに視線を戻します。


「――な、なんすか? なんかその目付きはさっきよりも怖いんですけど……。それって『神殺しの太古竜が暴れておるそうじゃ、ちょっと行って退治して参れ』とか『無窮領域に月を造るんで、ちょっと手伝え……ああ、そうじゃ、せったくなので二個造ろうか』とか、とんでもねえ無茶振りした時の目付きっすよね?!」


 場所柄も考えずに涙目で絶叫するファニタの様子に、巫女たちは怪訝な表情を見合わせます。


「?……なんのお話ですの、皇女様?」

「――可哀想に、落ち着いた今になって襲撃の恐怖を思い出し、それで取り乱しているのですわ。ちょっと頭の弱い子ですから……」


 憂いの眼差しで(実際、憂いていますが)ファニタを一瞥して、私はそう『私困ってます……』という風にため息をつきながら答えました。

 途端、巫女たちは「まあ……」と、絶句してからお互いに顔を見合わせ、続いてそれはそれは生暖かいいたわりの視線をファニタへと向けます。


「なんすかなんすか?! なんか居たたまれない雰囲気なんですけど!?」


 アホの子の幼女がなにか叫んでいますが、さすがは高潔な巫女様がた、全員が慈愛の表情でウンウン頷いて、その発言をすべて聞き流すのでした。 さて、じっくり全身を洗って貰った私はその後、逃げようとしたファニタを風呂の中に放り込んで、

「ぎにゃああああああああああああああっ!!!」

 野良猫の子みたいに暴れるのを、巫女たちによってたかって洗浄してもらいました。


 その間に、私はさっさと反対側の湯船に入って手足を伸ばします。


「うお~~っ、生き返るわ~っ! 極楽極楽っ」


 我ながらおっさん臭い感想を漏らしながら、私は先ほど神官長の話に出てきた『魔刻帝国の秘宝』について、思いを巡らせました。


 ここのダンジョンが攻略されていない以上、秘宝とやらはダンジョン関係以外だと思って尋ねてみたのですが、その答えは思いがけないものでした。


「まさかここにシルヴァーナの遺骸があったなんて、ね」


誰だそんなもん取って置いたのは!?

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