第九話 お宝はダンジョンの底
なぜか私の意向を無視して、あれよあれよという間に休暇の申請がなされ、反論する間もなく気が付けば皇族用の専用馬車に乗せられていました。
向かう先は隣国神聖サーカイデス。同じ帝国に属する宗教国家であり、西大陸の太陽神殿の総本山、聖都ランヴィオが旅の目的地です。
「……よりによって太陽神殿なんて……」
直前まで目的地を知らされず、女官長のカサンドラも『有名な観光地でございます』とだけ口に出すだけでボカされていた私は、この騙まし討ちにも等しい所業に馬車の中で頭を抱えて呻きました。
ほとんど気分はドナドナです。
つーか、これ『騙まし討ちにも等しい』のではなく、実際に騙まし討ちそのものなのではないでしょうか?
太陽神殿の高位聖職者に鑑定をさせて、私がシルヴァーナの生まれ変わりかどうか精査する目的でアーレンダール王が横車を押したのでは? と勘ぐってしまいます。
聞いた話では太陽神殿の現法王って、アーレンダール王同様六英雄(笑)のひとりだったそうですから、当然、シルヴァーナとも間近に見えているはず。比較されたら一目瞭然だのではないでしょうか!?
「……いやぁ、まあ、大丈夫じゃないっすかね。いまの師匠って、瞳の色以外は霊光も魂魄の質もまるっきり別物ですから。――ああ、あたしに会ったひと月前はなんか不安定で、前世の色があったんでわかったんすけど、いまは安定した感じっすね。どんな裏技を使ったでやんすか?」
私の正体を一目で見破ったファニタに、いざとなれば夜逃げをするので準備するよう相談をしたところ、思いがけない答えが返ってきました。
「……それって、単にファニタの目が節穴ってだけじゃないの?」
「相変わらず辛辣っすね、師匠! いやいや、あたしは“星神の加護”の影響で、ほとんど魔刻陣法は使えないっすけど、前世から引き続き感知能力は高いっすよ。別名“魔眼”とも呼ばれてたのを忘れたっすか?!」
アカンベーをするように、自分の鳶色の瞳に手をやって誇示するファニタですけど、『魔眼』なんて別名初めて聞きましたよ私は。
「いやいや『たかだか霊光や霊質を霊視する程度、誇ることではないわ』と、けんもほろろで切って捨てて、『ふむ、今日はことのほか天気が悪くて吹雪であるか。おお、そういえばおぬしを拾った時も吹雪じゃったな! おぬしは雨女ならぬ吹雪女じゃのぅ。そうじゃ! いっそ“氷嵐”と名乗るがよいぞ』と言った師匠の鶴の一声で、あたしの別名は『氷嵐』になったすよ。別に氷系の魔刻陣法得意でもなかったのに」
微妙に恨みがましい目と口調で愚痴られたので、思わずすっ呆けました。
「……そうだったけ?」
「そうっすよ! お陰で周囲の期待に応えるためにどれだけ苦労したことか……。ま、とにかくあたしに見破れない以上、神殿の神官どもには絶対に無理っすね。断言してもいいです」
ということで、いささか頼りないですがファニタのお墨付きもあったので、半信半疑のおっかなびっくり神殿へと向かっているところです。
ちなみに皇女が旅行に行くことを行啓というらしく、なんやかんやでたかだか片道三日の旅行に動員された騎士や随員、護衛の数は三千人を数えるという、「なにこの大名行列?!」という華々しくも大仰なものとなってしまいました。
もっとも日本の大名行列と違って庶民には正座を強制するほど仰々しくなく、街道を行く人々もお祭り見学という風情で、立ち止まってこちらを眺めているだけの牧歌的な光景が広がっているだけです。
お姫様の旅行となると、盗賊や魔物に襲われて攫われて通りすがりのイケメンが助けにするまでがワンセットだとおもっていたんだけど、さすがにこの行列を襲う連中はいないでしょう。いたら逆にそいつらが勇者だわ。
で、同じ馬車の左隣には、この休暇の元凶その一ユリウスが当然のような顔で――ま、護衛騎士という名のお目付け役なのだから当然ですけれど――乗り合わせています。
「このあたりはセクエンツィア王国と神聖サーカイデスを繋ぐ主要街道になります。ご覧ください、街道沿いに等間隔に駅(馬車馬を休ませたり交換するところ)があり、宿場町が栄えているでしょう? 定期的に双方の国の騎士が街道の整備と魔物の討伐をしているので、これほど平和な光景が広がっているのです」
にこにこと上機嫌で窓ガラスとレースのカーテン越しに見える周囲の光景を説明してくれるユリアス。で、さらには……。
「ええ、天気も上々ですから予定通りあと二日後に聖都ランヴィオに到着できそうですわね。懐かしですわ。わたくしは五歳から九歳までかの神殿で育ちましたの。あそこは第二の故郷のようなものですから、ぜひセラフィナ皇女殿下をご案内させてくださいませ。楽しみですわっ」
弾む声で右隣に座ったクリスティン王女も相槌を打っています。
ランヴィオの街に精通しているので、ぜひご一緒させてくださいませ、と。これまた出発直前に捻じ込まれてきた王女の同行。
やたら話がとんとん拍子に進んでいるなぁと思っていたのですが、どうやらこの姉姫が元凶その二として、この件に深く係わっていたようです。
まあ、どうせユリウスと一緒に旅行して、同じ屋根の下で眠りたい、愛を語らいたいとかが目的の乙女心の発露なのでしょうけれど、なんで私をダシにするかなぁ。
私としては太陽神なんかよりもよほど天敵である、将来の勇者と聖女に挟まれた形で行き帰り合計六日過ごさなければならないという事実に、ストレスで押し潰されそうです。
これ本当に休暇なのでしょうか? こうして圧力をかけて、年単位で私を弱らせる壮大な暗殺なのではないのでしょうか? おねがい、休暇なんかいらないからもっと働かせてくれ~~っ!! この世界に児童の労働を抑制する法律なんてないはずじゃないの! と、声を大にして言いたかった。
ともあれ、皇族用の専用馬車という広さも調度も乗り心地も、あとついでに頑丈さも最高級という車内で、なぜか私を中心に据えてしっかりと寄り添うユリウスとクリスティン王女。
なぜこんなに詰める? 思いっきり左右に私なら寝転がるくらいの余裕があるんですけど……。
ああ、はいはい、本当はふたりで肩を寄せ合いたいんですね。立場上そうもいかないので、私をクッション代わりにしているんですね。
このふたりによって髪の毛一本ほどの隙間もなく挟まれた私は、鏡張りの箱に閉じ込められた筑波山の蝦蟇か、MIBに連行されるリトルグレイになった心持で、やたら躁状態のふたりに向かって「ええ、そうですね」と繰り返すだけです。いっそドラゴンでも巨人でも襲ってこないかしら。
ため息がでそうになるのを堪えて、ビジネススマイルで適当にふたりの話に合わせて、時間が経過するのを待つ私。
つーか、遅い! 遅すぎる! たかだかこの程度の距離になんで三日もかかるわけよ!?
魔刻法術師なら、どんな初心者でも移相空間移動で数分とかからずに移動できたし、一般向けに転移用の魔刻法陣も編み出していたはず。
大戦の末期エグベリ大陸の首都が陥落した時に、てっきりその手の便利な魔刻法陣も連合軍の手によって回収されたかと思っていたんだけれど、皇族でさえちんたら地面を這って進んでいるところをみると破壊されたか、あるいは扱いきれずに秘匿されているかのどちらかなのでしょう。
さっさと移相空間移動したいのを堪えて、
「そうなのですか、つつがなく聖都ランヴィオへたどり着けるのも、大戦で荒廃した国土と街道の整備を急務とされた国王陛下の辣腕と、日々街道の維持に心血を注ぐ騎士の皆様のおかげですね」
とりあえず、国と国王と騎士団に含むものがないことを折りつけてアピールしておきます。
「ええ、その通りですわ。さすがはセラ様、ご聡明でいらっしゃること」
すかさず追従を加えるクリスティン王女。きっとこののほほーんとした顔の下では、虎視眈々と私の言動を注目していることでしょう。
隠しているつもりでしょうが、時折、肉食獣が獲物を狙うような鋭い視線を感じますもの。
あああっ、早く早くっ、もっと早く!! こんなちんたら移動するなんて、人生の無駄遣いもいいところだわ。
で、私を挟んでクリスティン王女の反対側に座るユリウスは、私の言葉に素直に感激しているみたいで、
「ありがとうございます。皇女殿下からお褒めの言葉を賜ったと知れば、街道整備に携わる者たちもどれほど励みになるかわかりません!」
そう一息に喋ったところで、「ああ、そういえば」と前置きをして付け加えました。
「僕――いえ、私ごとになるのですが、騎士学校に在学中の二年前に、ここではありませんが別の街道沿いにゴブリンが大量発生した事件があり、私も退治に駆り出されたことがあったのですが、魔物を倒すことよりも移動と食料の確保に手間取った覚えがあります」
「ああ、伺ったことがございます。なんでも、近くの山にキマイラの番いが住み着いて、ゴブリンを狩っていたのを、事件を不審に思ったユリウスが逃げてきたゴブリンの痕跡を追って発見し、これを見事に打ち倒されたとか」
ゲーム『幻想魔境ルーンブレイカー』の中でクリスティン王女がそう言ってたよね! と、心の中で付け加えながらそう知ったかぶりで答える私。
なんかいかにも褒めて欲しそうなドヤ顔で話し始めたので、思わずその機先を制してしまいました。
「よく……そんなことを……」
そのエピソードを私が知っていたのがよほど意外なのか、揃って目を丸くするユリウスとクリスティン王女。
ただクリスティン王女の驚きは、若干、別な意味があったみたいです。
「そんなことがおありだったのですか、ユリウス様? 初めて伺いました」
へっ!? ゲーム中でこれ話してたのは貴女なのですけど……って、もしかしてやっちまった!? これから親しくなって聞く予定だったわけ?!
自分の知らないユリウスの側面を異母妹である私が知っていたことが不愉快なのか、クリスティン王女は若干拗ねたような咎めるような目で、私とユリウスとを交互に睨めつけます。
マズイマズイ、不審感を持たれている。ヤバい!
その話題の当事者であるユリウスといえば、
「――ええ、まあ。それに倒したと言っても友人とふたりがかり、しかも身重の雌の方は結局逃がしてしまいましたから、後顧の憂いを残した不本意な結果ですので……」
事の顛末を言葉少なにそう語るだけでる。
さきほどまでの浮かれた口調とは打って変わったその様子に、これ以上踏み込むのはさすがに憚られると察したのか、
「……そうでしたか」
空気を読んでクリスティン王女も、そう一言呟くだけにとどめるのでした。
よかった! なんとか有耶無耶になったか!? でも、確実にしこりは残ったろうなー。マズイな。
と、思いつつ最近はすっかり板についた愛想笑いを振り撒きつつ、話を変えようと別な話題を探して頭をフル回転させます。
もっともそう思えば思うだけ、いまさっきの話題に頭が占領されてしまうのは、後ろめたい人間の性でしょうか。
さっきちょっと話に出てきた、一緒にキマイラに立ち向かった友人というのは、将来、ユリウスとともに復活したシルヴァーナを倒す旅に同行し、彼の身勝手な正義感の犠牲になって途中脱落する不運の騎士なのよね~。
ついでに言えば、逃げたキマイラの雌はその後三匹の子供を産み、生まれた子供は人間に対する恨みつらみを子守唄代わりに成長して、結果、手の付けられない魔物と化して数年後にかなり離れた小国を滅ぼす勢いで暴れ回るので、ユリウスの懸念は的中するわけですけれど。
そういえば……と、またもや連想が広がります。
確かあの時は、聖都ランヴィオに秘匿されていた地下ダンジョンの最下層まで攻略したユリウスとその仲間たちは、膨大な財宝とともに隠されていた転移魔刻法陣を開放して、軍資金と足を手に入れたのよねー。
もっとも、開放した当時はもうすでにシルヴァーナの軍勢によって諸国に被害が出ていたので、ユリウスたちは必要最小限のお宝に手を付けて、残りは神殿へ寄付するという馬鹿なというか、これだから貴族のボンボンは……という真似をしくさりやがった。
私だったら無関係の他人になんてやらずに全部自分で回収するわ!
と、そこまで連想したところで、ふと思いつきました。
――あれ? いまなら私が先にダンジョンを攻略して、財宝を独り占めできるんじゃね?
そーよ! 私はもう世界征服とかそういうしち面倒なことはしないことに決めたんだから、ユリウスたちもお宝を使う必要ようなイベントはないはず。
なら、もっと切羽詰っている私が有効利用しても全然問題ないじゃないの!!
つーか、そもそも『ダンジョン』って呼んでる施設は、過去にシルヴァーナたちが他の大陸へ渡るために作った前線基地の成れの果てです。そうであれば、当人である私がどうしようと私の勝手です。は? 前世とは関係ない別人? それはそれ、これはこれというものです。
そうと決まれば、この道行きも非常に心躍る行啓に思えてきました。
「うふふふふふふっ♪」
「どうされましたの、セラ様。急に笑い出したりして?」
「いえいえ。天気も良いですし、人々も平和そうですので、こうした心和む光景を見ていると、自然と楽しくなってきただけですわ」
くっくっくっ、なにも知らない愚民どもが――。
「まあっ、そう見えるのはきっとセラ様が心清らかな証拠ですわ!」
「そのようなことはありませんわ、クリスお姉さまこそ素晴らしい王女様だと思っておりますもの」
「まあ……!」
リップサービスリップサービス。
そんな私たちの表面上は和やかな姉妹の語らいを、微笑ましそうに眺めるユリウスはどこまでも平和そうでした。
※ご指摘がありましたが、移相空間移動のルビを『ジョイント』にしていることについて、『ジョウント』だとそのものズバリになってしまうので、意図的に変更しました。テレポートというよりも、こことは別の高次空間を利用して、接続→移動→帰還という流れをとっています(ちなみにシルヴァーナが使う空間は他の魔刻陣法師が使用できるものよりさらに高位空間であり、速度も段違いです)。
このあたりの空間の接続に引っ掛けて『ジョイント』にしました(もちろん、元ネタにリスペクトされたものですが)。あとゼオ○イマーの次元連結システムのイメージもありです。