第一話 私は人類の敵でした
眠れなかったので一晩で書いてみました。
勢いだけで書いた分だけUPします。
評価がよければ、『ブタクサ姫』の片手間に続きを書くかもです。
「きゃあああああああああああああああああああっ!!」
と、すぐ傍らから響き渡る、絹を引き裂くどころか、杵でも引き裂けそうな侍女の絶叫。それをどこか遠くに聞きながら、
「――あ……っ?」
有り余る権力と財力とを惜しみなくつぎ込んだ、硝子張りの温室の一角を賑わせていたたわわに実った椰子の実。そのひとつが何の前触れもなく落ちてきて、ちょうどその真下を通っていた〝私”は避ける間もなく、まったくの死角からの不意打ちで頭を直撃され、無意識のうちに間抜けな悲鳴を漏らしていたのだった。
ぼんやりと思う。
午前中に予定されていた家庭教師による神学講座をサボって、最小限の随員とともに人気のない温室を散策したバチがあたったのか。
それとも運命の神の気まぐれか? 或いは悪魔の悪戯かも知れないけれど、とにかくこの日この時この瞬間、私の人生は劇的に変化したのだった。
……主に悪い方向に。
それはそれとして、文字通り蝶よ花よと育てられ、他人どころか親からも叩かれたことなどなかった私が、生涯初めて味わった手加減なし――まさに会心の一撃――は、想像以上の衝撃をもたらし、その瞬間、何かのチャンネルがあったか、私のオツムの中に“前世の記憶”と、さらには“過去世である異世界の記憶”とが、いきなり……それはもう鮮明に蘇りまくった。
いやいや、昭和のテレビじゃないんだから、叩いてどーにかなるとかあんまりじゃないの?!
もうちょっとドラマチックな復活を遂げろよ私の記憶!
と、一拍置いて、ころりと頭の上から転げ落ちた椰子の実を涙目で睨みながら、私は内心でツッコミを入れるが、そんな悠長な感想も長くは続かず、続いて襲ってきた猛烈な記憶の濁流の前に抗しきれず、
「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?!」
声にならない悲鳴を上げて、私は頭を押さえてその場にうずくまるしかなかった。
その姿勢でいること体感で五分ほど――。
実際は数秒で記憶の上書きはあっさりと終わった……らしい。
きゃーきゃー無意味に騒いでいる侍女たちの様子や、周囲の光景にさほど変化はないので、前世と過去世の追体験で前後不覚になっていたのはせいぜい十秒か、長くて一分程度の時間だったのだと思う。
けれどそのわずかの時間に“私”の世界はがらりと変わっていた。
言うなればこれまでの“私”が見ていた世界が曇り硝子越しに見ていた白黒テレビだったのに比べ、いきなり三百六十度ウルトラ・ハイビジョンになったほどの革命的変化である。
世界ってこんなに広くて輝いていたのね……って、ああ、椰子の実がぶつかった衝撃で目の奥に火花が飛んでるんだわ。
と、あわせて人格の方も多少は変わった気がする……けど、ま、人格というのは生まれ持っての気質プラス経験の蓄積による学習なので、いきなり現在の情報の数十倍からことによると数百倍の情報が上書きされたのなら、人格が変わるのも当然と言えば当然だろう。
問題は……と、頭を抱えてうずくまった姿勢で、冷静に思索を巡らせる私。
さっきまでの私といまの私がほとんど別物に変わったことを周りに知られるわけにはいかないってわけよね……。
深い深い嘆息を漏らす。
なにしろここの文化レベルはせいぜい中世程度。しかももろに魔法とか魔物とか、神とか邪神とかが実在して、なおかつ風を切って跋扈している世界なのだ。
突然、前世がどーの、異世界がこーのと変なことを喋る出せば、即刻悪魔憑きとか邪神の使徒とか――実はあながち間違いではないけど――糾弾されて、魔女裁判の後に火炙り、もしくは一生修道院とかに幽閉されるコースに強制連行されること請け合いである。
特に私など身内が嬉々として告発すること鉄板であった。
隠さなければ! ぜったいにバレないようにしなければ!!
そう心に強く決意する私。
ちなみにいまの私は複数の過去の人格と記憶が統合された、まったく別の自分ではあるのだけれど、イニシアチブは過去世>前世>現世の順で影響力が強い気がする。
こういう基本的な発想は、明らかに過去世の私――現代日本で普通に大学を卒業して、社畜をやっていた平凡な独身リーマン(男)だった当時の保身に近いわね……と、三つの記憶を比較してそう思うのだった。
その理由も簡単に推察できる。
まず現世の人格が及ぼす影響が一番少ない理由は、単純明瞭にいまの人生がもっとも短くかつ薄っぺらいからだろう。
なにしろいまの私の肉体年齢は若干九歳。
物心ついてせいぜい四~五年では、膨大な経験に裏打ちされた前世や過去世の人格に太刀打ちできるわけがないのは道理だ。
あと順当に考えれば、前世(ちなみに女。美女)の記憶がもっとも強く影響を及ぼすはずだが――過去世の記憶でも、この手の物語の定番では「前世」の記憶に翻弄される物語は山ほどあるが、そのさらに前に記憶の方が影響力が強いというのは、あまり聞いたことがない――今回は例外に当たるだろう。
なにしろその過去世のあった世界が、ある意味すべての元凶であり、この世界を俯瞰する立場であったからであるからだ。
いや、別に転生にあたり神様やそれに類するものの説明を聞いたわけではないけれど、さまざまな要因や材料からそう推測するのがもっとも妥当ではないかと思えた。
まあこのあたりについては、追々現在の立場も踏まえて改めて整理、検証する必要があろう。
それはともかく、いいかげん椰子の実がぶつかったところの治療しないとマズイわね。
あと悲鳴を上げて右往左往している侍女たちがいい加減五月蠅いし。
――あ、でっかいコブできてる。ヤバい。下手をすれば硬膜下出血で深刻なダメージを負ったかも。
衝撃が強すぎて痛覚は麻痺しているのか特に痛いとは思えないけど、過去世の医学的知識から危機感を覚えた私は、咄嗟に指先で陣を描いていま思い出したばかりの『魔刻陣法』で自己治療を行った。
形而下の現象、それも限定的にしか作用しない『魔術』と違って、『魔刻陣法』はあらゆる意味でほとんど制限がないので、この程度の怪我など一瞬で『なかった』ことにするなど朝飯前である。
もっとも、使い手の能力にかなり依存するので、使い勝手がとてつもなく悪いのだけれど……まあ、いまの私なら大丈夫だろう。
……よし、無事に治療完了。つーか、この手応えだと頭蓋骨が割れてたわね。反射的に治癒しなかったら死んでたかも。
あぶねーあぶねー。
前世と過去世を思い出した瞬間、同時に現世をおさらばする展開とか洒落にならないところだったわ。
と、そんな風にしみじみ感慨に耽る私。
ちなみにこの間、結構時間的余裕があったみたいだけれど、ほとんど一瞬の間だったようだ。
「ひ、姫様。ご無事ですか!?!」
「誰か~っ! 薬師か治癒術師を呼んで! 温室で散策中のセラ様が大変なことに!!」
「セラフィナ姫様、しっかりなさってください!」
いや、割としっかりしてるけどさ。侍女こそしっかりしろや。
と、他人が取り乱していると自分は落ち着く法則で、そう冷静になる私。
……にしても『セラフィナ姫様』か。あー、うん、この世界ではそうだったそうだった。
自分の銀色の髪を細い指先でくるくる丸めながら、改めてそのことを確認する私。
西部大陸とも呼ばれるアーンルンド大陸の半分を占める最大強国オレガノ帝国。
その血筋に連なる正統な皇族であるセラフィナ・ファウスタ・ルーナ・セクエンツァ皇女。ちなみに皇位継承権第四位。それがいまの私である。
でもって問題なのは、先ほどからあえて踏み込まないようにしている前世であった。
なにしろその当時の私は、この世界で現在呪われた大陸扱いされている不毛の地。北部大陸(といってもオーストラリアのように島か大陸か微妙な大きさだけど)とも呼ばれるエグべリ大陸全体を五百年に渡って支配していた《魔女王》、あるいは《妖女帝》とか呼ばれた支配者にして、現在各大陸で主流となっている『魔術』の源流である『魔刻陣法』を編み出した伝説的な魔刻術師の始祖シルヴァーナその人だったりするからだ。
なお、シルヴァーナは延べ三十年にも及ぶ世界大戦を引き起こした挙句、十五年前に北部を除いた西、東、南の三大陸諸国が編成した延べ三百六十万人にも及ぶ連合軍と勇者一行(笑)によって滅ぼされている。でなきゃ私がここに転生しているわけはないわね。
それにしたって、勇者一行(笑)はともかく、敵兵力百六十万人を向こうに回して、北部エグべリ大陸で動員できた総兵力は最高で十五万人であった。
通常指揮官は戦力差が一・五倍になれば逃げることをまず考えるというけれど、実質二十倍以上の戦力差があった戦を三十年も継続できたのはある意味奇跡だろう。
まあ、それができたのは、シルヴァーナ側に地の利があったことと、神や魔王をすら凌駕するという(実際、戦力の不足を補うために下級の神や魔族を使役した)シルヴァーナの実力と十二魔刻匠と呼ばれた彼女の高弟たちの圧倒的な技量があったに他ならない。
実際、シルヴァーナがその気になれば連合軍を壊滅させることも可能であっただろう。それくらいシルヴァーナは凄かった。いや凄すぎた。
あまりの凄さに味方からも恐れられ、土壇場で腹心の高弟に裏切られ、さらにはどこぞの馬鹿魔術師たちが苦し紛れに召喚した世界の外側の邪神との三つ巴の泥沼戦争へと突入するという泥沼も泥沼となってしまったのだ。
北部大陸全土を犠牲にする超絶魔刻陣法で、どうにか邪神を封印して力尽きたところで、待ってましたとばかり連合軍がエグべリ大陸で唯一無事であった首都へ雪崩れ込み、結局は城を枕に討死するという体たらく。
で、そのドサクサ紛れに裏切り者の手引きで、なおかつ最大奥義を使って疲弊したシルヴァーナの首を獲った連中が、世間では八英雄とか救国の使徒などと讃えられている勇者一行(笑)というわけである。
個人的な感想としては、英雄ぅ……? 単なる八人の火事場泥棒だよね、あれは。と、いまでもそう思える。
とはいえどこの世界でも歴史は勝者が綴るものだし、負けた者がグダグダ負け惜しみを語るのは見苦しいだけだろう。
そう思えること自体、いまの私の人格がシルヴァーナとは別個である証左なのだろうけど……そう説明しても、私がシルヴァーナの転生だと知れた時点で恐らくは人生詰むだろうなぁ。
なにしろ、いまだに北部大陸は邪神の放った瘴気の影響で不毛の地と化しているのだけれど、世間一般ではそれは、最悪の魔女にして歴史上最大の大罪人、諸悪の元凶シルヴァーナの呪いってことになっている……らしいから。
おまけに他でもない八英雄――具体的にはうちの父アーレンダール王など、いつかシルヴァーナが復活して寝首を掻かれるのではと戦々恐々、疑心暗鬼となってその恐怖を吹聴して回っているのだ。
ちなみに娘から見たアーレンダール王の実像だけれど、基本的に小心者で猜疑心が強い小物、そのくせ野心家で上昇志向が高いという、一番権力を与えちゃまずいタイプの役満といったところである。
もともと彼は皇族とも言い難い親王家の傍流の第六王子という、割とどーでもいい立場だった(ので決死隊に選ばれた)のだけれど、首尾よく救国の英雄となった上、皇族の直系が大戦でバタバタ死んだため、私の母である帝国で唯一生き延びた直系の皇女と結ばれ、それによってトントン拍子に帝国配下のセクエンツァ王国の国王を拝命できたという、ある意味お伽噺の勇者様そのものの人生をなぞった男なのだ。
けれど、いろいろと残念な男だと、いまの私なら客観的にそう判断できる。
なお、帝国の皇女であった母は、五年前に不慮の事故で泉下へ旅立っているけれど、アーレンダール王には私の知る限り現在五十人前後の側室がいて我が世の春を謳歌している。リアルにハーレムとか、マジ引くわ。
ついでに子供のほうも日々増殖中で、認知されているだけで腹違いの兄弟姉妹が七十人から――もっとも、私は正室の一粒種でなおかつ皇族の血を引く数少ない直系親族というわけで、別格扱いされているので――ほとんど交流はなく、顔を知っている異母兄弟姉妹は両手で数えても余る程度しか知らないが。
そんなわけで、私は帝国でも唯一『皇女』を名乗ることを許された立場であり、オレガノ帝国傘下の一国の王である父より身分は上という。面倒な立場にあった。
そのため住まいも国王とその親族などが住まう王宮とは別に、祖父である皇帝陛下から帝国の離宮を賜っているため、ほとんど父王や異母兄弟姉妹との親交はないという、孤独なんだか孤高なんだかよくわからないアンタッチャブルな存在と見られている。それが現在の私なのです。
……うむ。改めて自分の立場を再認識するととんでもないわ。
皇女様で英雄(笑)で国王の娘という立場は文句なしに勝ち組な気もするけれど、私の場合はいろいろとヤバいフラグが乱立しているのが透けて見えるので、このまま成り行きに任せるとエライことになるのは目に見えている。
そもそも設定では、シルヴァーナは討ち取られる直前に、念のために複製の肉体を用意して、時期が来れば復活を遂げられるようにしていた……まあ、それが失敗して、こうしてセラフィナ皇女として転生したということで、このあたりは想定内なのだが……。
というか、過去世の立場から見ればシナリオ通りの予定調和なのだが、変なのは失敗の仕方が想定と違うところなのよね~。と、私は首を捻った。
う~~ん、と腕を組んで呻吟するそんな私の様子に、腫れ物でも触るような調子でおっかなびっくり眺めていた侍女たちが、絶望的な表情で顔色を変えた。
「――っ!?! 姫様のご様子が変ですわ! 急いで寝室へ!」
「ああ、おいたわしい……」
問題なのは……と、私は周囲を慌ただしく走り回る侍女や衛兵の取り乱しようを眺めながら、さきほどの疑念をもう一度形にして頭の中で整理する。
この世界――私が過去世においてプレイしたゲーム『幻想魔境ルーンブレイカー』そのもの――の舞台では、本当なら私は七年後の十六歳の時に前世の記憶を取り戻し、そして前世の復讐に走って最終的に覚醒した新たな勇者様一行によって完膚なきまで滅ぼされる――。
そういうシナリオだったのよねえ。
おかしい。いろいろとおかしい。なにやら不測の事態が生じている。
やがておっとり刀で駆けつけてきた治癒術師の指示に従って、侍女たちに抱えられる形で寝室へ運ばれながら、私はさらにもう一歩進んで考察を重ねました。
そもそも固有名称や私の知る限りの歴史において共通点があるからといって、この世界がゲーム世界もしくはそれに準拠したものと考えるのが間違いなのか。
あるいは準拠したものとしても、そこから派生した『IF』世界なのか。
もしかすると、そもそも前世や過去世と思っているその記憶そのものが私の妄想なのか。
可能性は無限にあるけれど、それを実証することはおそらくは不可能よね。
この世界に神様はいるけれど、それは全知全能の存在ではなく、特定の事象や概念を司る自然霊に近いものであり、なおかつこの世界で完結しているために、外部に影響を及ぼすことはできない限定的なものなのだから(そのせいで外から邪神が襲来した際には、まったく役に立たずにシルヴァーナが弟子とともに孤軍奮闘するしかなかったのよね)。
とりあえず原因を究明するよりも、まずは現状を受け入れて齟齬に対応するほうが建設的よね。それに、これって逆に考えればチャンスだよね。
と、私は開き直った。
当初のシナリオ通り、このまま過去世の記憶を取り戻さなかったのなら、セラフィナは復讐の悪魔と化して、最終的に魂ごと滅ぼされていたわけだし。
過去世を思い出したいまとなっては、『なんで前世のことで、現世の幸せを捨ててまで復讐せにゃならないのよ?』という、しごく真っ当な感想しか出てこない。
……うん。やめよう。わざわざ破滅に向かって突き進むとか馬鹿だわ。
やがて運び込まれた豪奢な天蓋付きの寝台に寝かせられながら、私はそう心に強く誓うのだった。
2/23 修正しました。