(3)少女の能力について
「――そうです、私は本当に人の心を読むことができるんです」
……こちらが質問をするより前に、答えが貰えるとは思っていなかった。
昼食の片付けを終え、少し余裕が出来る時間帯。僕は、この屋敷に来て生まれて初めて目にした本物の銀食器をリツと一緒に磨きながら――日々の洗浄の他に、定期的にシルバークロスというもので磨くことになっているらしい――リツの能力について考えていた。
するとリツは、右斜め前に頭を傾けて何もない空間をそっと見つめるような独特の表情で、まだ口に出す前の僕の疑問に答えてくれたのだった。
しかし……人の心が読めるというのは実際、どういう感じなのだろう?
「一人称小説の地の文を読むような感じというか……説明しても、わからないと思います」
彼女はやはり、口にしていない僕の疑問に的確に答えてきた。
地の文を読むような、って……確かに、いまいち想像しづらい。
「とりあえず、そのとき相手が思っていること、思い浮かべていることを共有する感じだと思います」
なるほど、じゃあそのとき頭に浮かんでいない深層心理や、過去の記憶とかは……
「読み取れません」
どうしてそんな能力が?
「……わかりません。子供の頃に私を検査したお医者は、この力を『万能鍵症候群』と呼んでいましたが……結局、詳しいことはなにも分からずじまいでした」
万能鍵……? 他にも、そういう能力を持ってる人っているのかな?
「私が知る限りでは、私だけです」
へえ。
……なにはともあれ、もう信じる他は無かった。彼女は口に出していない僕の考えを読み、的確に会話を繰り広げている。彼女は本当に、他人の心が読めるのだろう。
……しかし、口にする前の疑問に応えて貰うというのは、なんだか面白い。
「面白い……ですか?」
リツが、銀食器を磨く手を止めた。
斜めを向いたまま眉をひそめている。かすかだが、感情を――不安をうかがわせる表情で彼女は言った。
「……怖く、ないんですか?」
「怖く……? 確かに理屈がわからないところがすこし怖い気もするけど……リツちゃん自身は怖くないからね。やっぱり、面白いっていうのが本心かな」
「……本当ですか?」
そりゃあ――僕が嘘を言ってないって、君ならわかるだろう?
僕が胸の内でそう応えると、リツは――深刻な表情で俯いた。
「……本当なんですね……いまは、まだ」
……いまは、まだ?
僕は疑問を抱いたが、その疑問を読み取っているはずの彼女がそれに答えることはなかった。




