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少女型嘘発見器  作者: 阿智工事
【一幕/六か月前/『少女型嘘発見器』】
3/25

(2)面接の日のこと

「ようこそいらっしゃいました。当主の蔵人がお待ちです」

 重々しい扉を開けて僕を出迎えてくれたのは、まだ子供というべき、中学生くらいの女の子だった。その姿に、僕はすこしだけ肩の力を抜くことが出来た。

 鉄柵と赤煉瓦で出来た大仰な門をくぐり、木々のうっそうと茂る広々とした前庭を通り抜け、威圧感のある二階建ての洋風建築に迎えられた僕は、自分がこれから採用試験を受ける相手を想像してすっかり緊張しきっていた。そんな僕を案内する少女は、妙に落ち着いた態度で無表情ながら、それでも確かにここが人の暮らす住宅であるということを実感させてくれるものだった。

 小ホールにある太々とした石造りの柱、時代を感じさせるシックな花柄の壁紙、趣き深く黒ずんだ木材の質感などに目を奪われながら、思ったよりも狭い幅二メートルほどの廊下を三十メートルほど進む。重々しい屋敷は発する沈黙さえも耳に厚く、歩くほどに落ち着かない気分に襲われていった。

 やがてある扉の前で少女が立ち止まった。振り向いて頷く。

「こちらです」

「……どうも」

 少女の可愛らしい声に応えることで、再び少し安堵する。

 でもそんな安堵なんて、扉を開けた瞬間、一気に吹き飛んでしまった。

「――貴様が白井か」

「は、はい」

 書斎らしい部屋の奥、執務机に腰掛けていた老人。彼が、求人の主である黒川蔵人らしかった。錆びた鉄のようなざらついた声、そしてそれ以上に冷たく厳しい印象の瞳。彼の前に立っただけで、僕は叱られる前の子供のような心境になっていた。

「求人条件は読んだな」

「……『善人を求む』、と書いてありました」

 そう、『善人を求む』。ハローワークで見つけた住み込みの家事手伝いの求人には、そんな奇妙な条件が記されていた。飲み屋で僕からその話を聞いた山本は「君は善人だから」と僕に応募を勧めてきた。それを間に受けて、僕はいまここに来ていた。

「では、お前は善人か?」

「……だと、思っています」

「新卒で入った会社を半年で辞めているな。理由はなんだ?」

「会社が、経費を不正利用していたのを内部告発しました。その二ヶ月後に、勤務態度を理由に解雇されました」

「何の得もないのになぜ告発なぞをした。あるいは保身の為に、犯罪への関わりを避けようとでも思ったか」

「いいえ――それが、お客様を裏切る行為だと思ったからです」

 はっきりと宣言する。それはこの数ヶ月の間、何度も自問自答をした末に得た、自分の本心だった。

 蔵人老人は鼻を鳴らしてから、思いがけない反応を見せた。

 彼は、僕の後ろに立っていた案内役の少女に向かって、こう尋ねたのだ。

「……リツ、この男の言っているのは本当か?」

 ……え?

 なぜ――僕は、老人がなぜ僕の言葉の真偽を少女に――リツというらしいこの少女に尋ねたのか、混乱したまま、思わず背後のリツを振り返った。

 するとリツは、僕とも老人とも目を合わせず、斜め向こう、どこか床の一点を見つめたまま、小さくこくりと頷いた。

「はい、白井さんは本当のことを言っています」

「⁉︎」

 僕はますます混乱した。なぜ彼女がそんなことを断言できるのか。まさか、あらかじめ僕の身辺調査を……? いや、だとしても内部告発の動機なんて至極内面的な問題、僕以外にそれを確かめられる人間なんているはずがない。

「では、質問を続ける」

「あ、は、はい」

 老人は僕の戸惑いには構うことなく、いくつかの無難な質問――というより個人情報と勤務条件の確認を行ってきた。それに僕が応えると、最後に老人が言った。

「いいだろう、お前を採用する。今日よりここに住め。仕事はリツが教える」

「え……あ、はい、ありがとう……ございます」

 急な展開に戸惑いつつも、頭を下げて礼を言う僕に、続けて老人が言ってきた。

「いちおう言っておく。そいつは孫娘のリツだ。他人の心を読むことが出来る」

「……は?」

 ――心を、読む?

 ……洞察力が凄い、ということなのだろうか? そう、きっとそうなのだろう。いやいや、まさか。一瞬脳裏に浮かんだオカルティックな考えを懸命に振り払う。

 改めて背後を振り返ると、リツは無表情に床を見つめたまま小さく頭を下げてきた。

 ……まさか、本当に言葉通りの意味で、心が読めるわけがない。そう思った。

 そう、そのときはまだそう思っていたのだ。

 でも実際に働き出して、折に触れての彼女の反応を見るにつけ、僕は再びその考えを抱かずにはいられなかった。

 まさか彼女は本当に――他人の心が、読めるのだろうか?

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