(21)おじいさま
原因はセックスかもしれない、と思った。
私は、白井さんに犯された。
そう、犯されたと表現するべきその行いを、私はすすんで受け入れた。
それこそがまさに私の望みで、私の計画だった。
――私は昨日の夜、半分は本気で泣いていた。でももう半分は、白井さんを煽るために、意識的に泣こうとしていた。
私は、あの人の心を読み取りながら、あの人の皮を剥くために、立ち回ったのだ。
我ながら、うまく誘導できたと思う。
でも、具体的な行為を境に、白井さんの心の声が聞こえなくなってしまった。
じゃあやっぱり、私の力は、セックスで失われる性質のものだったのかも知れない。
心の声が聞こえない状態で、白井さんの前に立つのは、とても怖いことだった。
私は、白井さんが何を考えているのかが、わからなかった。
相手がある日突然、表情のないマスクをかぶってしまったかのようだった。
それはとても、恐ろしいことだった。
私がそのまま二日間、部屋に引きこもっていると、おじいさまから呼び出しを受けた。
おじいさまは私に、来客の心を読んで欲しいといった。
私は、仕方が無いので、おじいさまの書斎に行った。
書斎にはおじいさまと、大人の男の人がいた。
私は、白井さん以外の人の心も読めないのか、そのときまでわからなかったけれど、試しにそこに立ってみたら、やっぱり誰の心の声も聞こえては来なかった。
私は、絶望した。
もう隠せない。
おじいさまが私に訊いてきた。
「リツ、こやつの言っておることは本当か?」
「…………」
「……リツ?」
わからない、だから適当に答えるしかない、けど……もし間違ったら。
おじいさまは、私を怒るに違いない。
家から追い出すくらいなら、まだいい。
私は売り飛ばされるかもしれない。実験動物として、ひどいことをされるかも知れない。
……いや、それもやっぱり、どうでもいい。
大事なことはそこじゃなかった。
大事なのは、そう、おじいさまにバレたら……必然的に、白井さんにもバレてしまう。
そうしたら……白井さんは、私を、どうするだろう。
バレたら、白井さんは、私を……私を、騙すかも知れない。
いや、もしかしたら……もう既に、白井さんは私に嘘を吐いているかも知れな――
私は、想像しただけで、怖くて怖くて、呼吸が出来なくなってしまった。
「……リツ!?」
「……ハッ、ハ……ァ、ハ……」
息が出来なかった。苦しくて、胸元を押さえて、うずくまった。
「リツ!? リツッ!! 大丈夫か、リ――」
おじいさまの激しい声が聞こえた。
続いて、ガタン! という、椅子が倒れる大きな音が聞こえた。
それから、「黒川様!」という来客の叫び声が聞こえた。
私は、苦しくて、涙目になりながら、顔を上げて、おじいさまを見た。
おじいさまは、私と同じように胸元を押さえながら、顔を紫色にして、泡を吐いていた。
身体はぴくぴくと痙攣していたけれど、白井さんが駆けつけたときには、もう、動かなくなっていた。
おじいさまが死んだ。
私が倒れたことに動顛しての、心臓発作だと、お医者は言っていた。
白井さんは、
「蔵人さんも心の底では、リツちゃんのことを大事に思ってたんだね。いまにして思えば、根は優しい人だったんだ」
と言った。それが白井さんの本心かは、わからなかった。本当はおじいさまのことを憎んでいるのだけど、死んでしまったから、こう言ってるだけなのかも知れないと思った。
それに私は、心の声が聞こえなくなっていたから、あのときおじいさまが私のことを心配してたのかどうかもわからなかった。それはもう、永遠にわからないことだった。
おじいさまの死後の様々な処理は、専属の弁護士がやってくれた。
私はただ言われた通りにサインと判子をするだけで、このお屋敷と、その他の全て、おじいさまの所有する莫大な資産というものを、貰うことができた。
お葬式は、おじいさまの遺言に従って、なにもしなかった。
今更に、第三幕はあまり小分けにするものではなかったな、と思い始めたので、ここから最後までは、数時間おきの連続更新にいたします。
よろしくおねがいいたします。




